第五話 春風と硝煙

 テロルランドの冬はひどく長い。草木は花葉を落とし、一面の雪景色が村全体を覆う。


 そんな中、アタシとセンジュは何度も銃を片手に狩りに出かけ、お袋を喜ばせていた。豪勢な食卓に喜ぶお袋を前に、オヤジは文句の一つも言えず、アタシたちを黙って狩りへと送り出すようになった。


 アタシは銃の扱いにも慣れ、狙った獲物を仕留めることが増えた。最近はセンジュの命中率を超えているかもしれない。今日の戦果は水鳥が二羽。干し肉とチーズ、固いパンに飽き飽きしていたオヤジもきっと喜ぶだろう。


 これまでちょろちょろと流れていた川の水かさが一気に増えている。今は膝の上あたりまであるだろうか。上流から雪解けの水が流れて来ているに違いなかった。


 よく見ると白い雪の間から、草木の芽がいくつか顔を出し始めている。テロルランドにも、春がやってきていた。


「やっと暖かくなってきたね」

「相変わらず凍えるコイチッようでごわすがの」


 センジュの故郷は、だいぶ暖かい地域だったらしい。初めのうちは軽装で出かけて霜焼けになり、家でお袋に怒られていたものだ。


「じゃっども、おんしは獲物ば見つけるんが早いの」

「ずっとこの辺りで狩りしてきたからね、経験が違うのさ」

「大したもんじゃ。おいには、雪しか見えん」


 狩りに出かけるようになってから、センジュと話す機会が増えた。この異人が口を開く相手は本当に少ない。自分のことも最低限しか話さないので、村人にはセンジュのことを気味悪がっている者までいる。


 それでも本人はいたって気にしていないようで、相変わらずの仏頂面で銃と獲物を肩に担いて村を歩いている。どういうわけか、子どもたちにはとても愛想が良くて懐かれていた。


「ねーサツマ、今日は何を獲ったの」

「今日は兎じゃな。おいは外してしもうたがの」

「この鉄の棒でやったの?」

「こいは銃といっての。火薬ば使って撃つ兵器でごわ」

「弓より強い?」

「ああ、強かぞ。ちと面倒でありもすが」


 子どもたちの白い吐息が南風に運ばれていく。センジュにとっては初めてのテロルランドの春だ。


 ◇ ◇ ◇


 オヤジが荷車を引きずって帰ってきた。しばらく家を空けると言っていたが、どうやら遠方まで武器の買い出しに行っていたらしい。ミスラロフに頼めばいいのにと思ったが、大事な取引だとか言って聞かなかった。こんなオヤジでも、いなかったらいなかったで寂しいのだ。


「サツマ殿はおるかの」


 相変わらずの大声で庭先からセンジュを呼んでいる。家に入って呼べばいいのに、つくづく頭の回らないオヤジだ。


 声に気づいたセンジュが、のそのそと庭へと出てきた。二人でボソボソと話しているが、何やら興奮した様子だった。


「例のマスケット銃なるものをガラリアから仕入れて来ましての」

「おお、種子島がありもしたか」

「なかなか値が張りましたんで、また稼ぎに出んといけませんな」

「して、何丁ほどありもすか」

「三十、といったところですなあ。この金で家が一軒、建ってしまいますがな」

「ほう、三十」


 どうやら傭兵のコネとやらを使って、敵国ガラリア産の銃を仕入れてきたらしい。相変わらず武器となるとこのオヤジは人外の行動力を見せつけてくる。


「それでのう。サツマ殿には傭兵団のやつらに銃の扱いを教えて欲しいんだが」

「ようごわす。がの、今はおいより娘っ子ん方が腕は上じゃ」

「なんと、アンジェが?」

「あれは相当の上手ジョッでごわ。指導ば、任せてもよか」

「うーむ、だがのう」

「上手か者に頼むのが、道理ぞ」

「それはそうなんだが、うーむ」


 ◇ ◇ ◇


 裏山に、白い煙が上がっている。センジュの構えた銃の先から、火薬の燃えた燻んだ匂いが漂ってくる。召集された団員たちは、銃のあまりの威力に言葉を失っていた。


 新兵器の訓練と聞いて、難色を示す者も多かったと聞いている。とりわけ弓の腕に自信がある者ほど拒否感を露骨に出していたそうだ。


 百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、たった一発の銃弾に団員たちは心を奪われてしまったらしい。


「とまあ、こんな具合でごわ」

「サツマ殿、その銃とやら、触ってもええですか」

「待て待て、俺にも触らせてくれ」

「そう焦らんでも、銃は相当な数用意しとるわい、順番にな」

「ヤー、親父殿」


 荷台に積まれた銃に群がる団員たちに対して、オヤジはなんだか複雑そうな表情をしていた。


「これから、サツマ殿に銃の指導を行ってもらう」

「ヤー、サツマ殿」

「それから、アンジェもその指導に加わることになった」

「え、お嬢がですか」

「驚くのは分かるがな、ジャマル。銃を扱えるのは、この二人しかおらんのよ」

「いやはや、いつの間に。驚きです、まさかお嬢に教わることになるとは」


 それからセンジュとアタシは、細かな操作に慣れないガサツな団員たちの指導にてんてこ舞いだった。


「それから、筒の先から火薬を入れる」

「こうですか、お嬢」

「あー! それじゃ入れすぎだってば」

「お嬢、この横の火蓋ってのはどう開けるんで」

「それは金具の先に手をかけて、こう開けば。ちょっと、火縄を踏まないでよね」


 物覚えの悪い団員たちになんとか操作を叩き込んでいる間に、センジュはオヤジと何やら話をしている。


「ニクラスさぁは、銃ば使わないんでごわすか」

「いや、必要だとは思っとるんですがね、何とも」

「ほう」

「あれは簡単に人を殺しすぎますな」 

「……」

「傭兵仕事には、最適ですわい。皆、それを説明せんでも理解しておる」

「うむ」

「まあ、好奇心もあるんでしょうがね。あの銃が自分の命を守ることになると、本能的にわかっておるんですよ」

「団長いうんは、難儀なもんじゃの」

「違えねえ。今もこうやって、娘に指導をさせにゃならん」


 ◇


 これまで弓と剣に生きてきた男たちにとって、銃の操作はいささか複雑だったようだ。それでも繰り返し繰り返し操作をさせるうちに、扱いに慣れるものが出始めた。


「そいではの。一人一発ずつ撃って、終いにしもす」

「おお、やっと撃っていいのか」

「見てろよ、俺は一発であの的に当てて見せるぜ」


 俄然やる気になった団員たちは列を作って的のもとに集まってきた。一人一人、センジュの指導に従って火縄に火を点けて引き金を引いていく。けれども、的に当てることができたのは一人としていなかった。


「最後はアタシだね」


 銃声と同時に、的にしていた立板が二つに割れる。見ていた団員から、おおっ、という歓声が上がった。


 ◇


 団員たちは皆名残惜しそうに帰って行った。アタシとセンジュは銃の手入れをして、そのまま荷台に載せて家へと向かう。


「これで、みんなちょっとはアタシを見直したかな」

「かも、しれんの」

「オヤジも、これでアタシを戦場に連れて行ってくれるかな」

「……。行きたか、でごわすか」

「うん。早くオヤジの助けになってあげたいんだ」

「……」

「銃をこれだけ扱えたらさ、連れて行かないわけにはいかないと思うんだよね」

「……」


 センジュは帰り道、アタシの話を聞いてずっと黙っていた。無表情はいつものことだが、今はとりわけ何を考えているかわからない。


 それでも今日のアタシはなんだか気分がよかった。春の日差しが、心地よく二人の顔を照らしている。

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