第三話 甲冑談義

「こん、白いんは、何でごわすかの」

「それはチーズさね。牛の乳をその胃袋に入れて、固めたものさ」

「ほう、乳を」

「この辺りはよく牛を飼っていてね、うちでも何頭か育ててるよ。あんたの国では、あまりいないのかい?」

「牛はもっぱら、耕すタスん用ぞ」

「異国はやっぱり違うもんだねえ」


 朝食を食べながら、お袋とセンジュが何やら話している。テロルランドの食事は珍しいのか、毎日不思議そうに食卓を見つめるセンジュに対して、お袋は得意気に解説している。


 頬いっぱいに食べ物を詰め込むその様子は、リスが頬に木の実を詰め込んでいるようで、少し可愛らしい。センジュは何を出しても美味しそうに完食するので、お袋は今日もご満悦だった。


 ◇


 センジュは珍しく、困った顔で腰に下げた異国の長剣を抜いて眺めている。黒色の作りに、片刃の、少し反った長剣。思わず見入ってしまうような、光を放っていた。


 ニクラスさぁに頼むしかないのう、と呟き、オヤジを探しに庭へと歩いて行くセンジュを、アタシも追いかけることにした。


「のう、ニクラスさぁ」

「おう、どうしました、サツマ殿」

カッナば、研ぎに出したいんでごわすがの」

「ああ、例のカタナとやらですか。うちの団員に器用なのがいますんで、そいつに見せてみましょうかのう」

「おお、それは助かりもすなあ」

「ミスラロフ、つうんですが。ちいとクセのある男ですが、案内させましょうぞい」


 オヤジはそう言うと、目ざとくアタシを見つけて、ほれ、と首をやった。


 正直、このミスラロフという青年が、アタシは少し苦手だった。


「みすらろふ、ちゅうお人は、どんな方でごわすか」

「うーん。団員の中では、変わってるね。いっつも武器を見て、ニヤニヤしてるよ」


 そういえば、センジュも武器を前にするとえらく機嫌がいい。もしかしたら似た物同士、気が合うかもしれない。


 道中、数人の子どもが、センジュの奇妙な格好と顔かたちを見て、もの珍しげに後をつけて来ている。センジュはそういった目線に慣れているのか、嫌な顔ひとつせず、彼らの不躾な質問に答えてやっていた。


「ねえねえ、どこから来たの」

「生まれは、薩摩にごわ」

「サツマって、どこー?」

「こっからは、遠か遠か国じゃな」

「その剣、触ってもいいー?」

「よう、ごわす。危なかで、抜いてはいかんぞ」


 センジュの予想外の愛想の良さに驚きつつも、子どもたちの相手をしながら歩いている間に、目的地の、ミスラロフの怪しげな--自称工房とやらに着いてしまった。


 ◇


「ミスラロフ、いる?」

「これはお嬢。珍しいです、ね」

「おんしがミスラロフさぁ、でごわすか。ちと、頼まれごとば、ありもしての」

「……? ああ、あなたが例の異人です、か」

「こんカッナば、研いでほしか」

「カタナ? とりあえず、中へどう、ぞ」


 工房とやらの中は、相変わらず鼻にツンとくる妙な匂いで溢れている。武器やら甲冑やらが、所狭しと乱雑に置かれていて、なんとも埃っぽい。


 センジュが腰のカタナとやらを取り出して机に置くと、ミスラロフは手に取ってあれこれいじくり回していた。その重そうな目が、輝き始める。


 まずい、スイッチが入った。


「素晴らしい、これは異国の剣ですか、こんな上質な鉄は見たことがありません! そしてこの曲線美、黒い刀身、まさに一つの芸術品ですね、ああ、一晩中撫でまわしていたいっ!」


 困惑した表情でこちらを見るセンジュに、アタシも首を振って返す。これだから、ここには来たくなかったんだ。


「この細さでこの強度、おそらく刺突、斬撃の両方に対応することができるでしょう、この刃の付き方もまた美しい、乱れつつも吸い込まれるような、朝霧を思わせますっ!」

「研ぎをば、お頼みしたいんじゃが」

「研ぎ、研ぎですか、任せてください、この美しさを損なわないよう、このミスラロフ、全力を尽くして見せましょう! それにしてもああ、素敵だ、さあ、おいで、私が君を輝かせてあげますっ!」


 ミスラロフは勝手に一人で満足すると、工房の奥に、アタシたち二人を置いて去ってしまった。


「変わったお人にごわすな」


 どの口が言うんだ、との言葉をすんでのところで飲み込んで、アタシは一応彼の擁護をしてやる。


「けど、腕は確かだよ。傭兵団の装備は、全部ミスラロフが担当してるんだ」

「ほう、そいはなかなかのもんじゃ」

「フルプレートの鎧なんかも作れるからね。ほら、これとか」

「おお、こいは騎兵ん鎧でありもすな。おいの隊長も、こっを着てごわした」


 センジュのとこの隊長は、どうやら名のある貴族様だったらしい。フルプレートの全身鎧なんて、平民には到底手の届かない高級品なのだ。


 あれこれ鎧を触ったり眺めていると、ミスラロフが慌ただしく戻って来た。


「異人殿、異人殿、あの長剣、一晩お預かりしてもよろしいでしょうか、いえいえもちろん、きちんと研いでお返ししますので、少しばかりあの剣と語らいたいだけでして」

「よう、ごわす。じゃっども、見事な甲冑でごわすなあ」

「これはお目が高い! 私の自信作です、やれ意匠が気に食わないだの、高すぎるだの難癖つけられて返品されましたが、彼ら貴族様は何にもわかっちゃいない」

「うむ。こげな鎧、そうそう作れるもんではなか」

「そうです、ああこのヘルムも自信作でしてね、ハウンスカルと申しまして騎兵用に軽めに設計した物です、見てくださいこの流線型の先端を、これを再現するのには骨が折れました」


 しまった、この異人も武器オタクだったか。


「弓も、色々なんがありもすの」

「はい、引き手の力に合わせて一つ一つ整えるのが腕の見せどころでして、大きければ威力が高ければ良いというものではありません、戦場で長時間使えるものでなければ」

「こん、板についた弓はなんでごわすか」

「これはクロスボウといって、板ばねの力で矢を射る兵器になります、引くのに力が要りますがその分破壊力は絶大で、この地方ではよく使われておりますよ」

「ほう、おいも試してみたいもんじゃ」

「ぜひぜひ、傭兵団の連中は何もわかっちゃいない、ほら、ここに足をかけて装填できるようになっているのですがね、奴ら力任せに引いてしまうのでせっかくの工夫が台無しに--」


 どうやらミスラロフは、センジュのことをひどく気に入ったようだ。相変わらず捲し立てる早口に対して、センジュは嫌な顔もせず会話を続けていく。


「異人殿の鎧も、よければ新調いたしましょうか」

有難いアイガタイがの、金が、なか」

「お代なんて結構です、あのカタナとやらにお目にかかれただけでも私にとっては十分すぎるほどの報酬です、なんなら今すぐにでも寸法をとりますよ、さあ、さあ、さあ」

「ねえ、そろそろお開きにしていいかな。こっちも都合ってのがあるんだよね」


 これ以上は付き合っていられない。アタシは強引に会話を止めて、名残惜し気なセンジュをミスラロフのもとから引き離した。


 ◇


「そうだ、ミスラロフ。カタナのついでにこれも頼まれてくんない?」

「なんでしょう、お嬢」

「これ、マスケット銃ってやつの弾らしいんだけどさ」

「一見したところ、何の変哲もない鉄の弾です、ね。この程度であればすぐ、できます」

「ほんとに!? ありがと、またセンジュを連れて来てあげるよ」

「それは有難い、です」


 また例の気だるげな表情に戻ったミスラロフにうまいこと弾丸の補充を頼んで、アタシは工房の外で待つセンジュのもとに向かうのだった。

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