第二話 銃と少女
センジュが家に来てから、数日が経った。相変わらずオヤジとは仲がいいようで、オヤジの武勇伝とやらを飽きもせずにほうほう、と頷きながら聞いてやっている。
オヤジが出かけている間は少し退屈そうにしていて、お袋の家事を手伝ったり、薪割りのような力仕事をしたりしている。
外に出られない雪の日、試しに自分の衣服の裾上げをやらせてみたが、この異人は針と糸というものとひどく相性が悪いようだった。どうも勝手が違いもす、とぼそぼそ嘆き節を呟く姿は、本人には悪いけど微笑ましかった。
晴れた日となれば外で変な大声をあげながら剣の素振りをし、オヤジと狩りに出かけて行くのが常だった。センジュの弓の腕はあまり大したものではないようで、もっぱら罠の手入れと獲物の運搬が仕事らしい。
家ではアタシと特に会話をすることもなく、こちらが話しかけても短く言葉を返すだけだった。居候のくせに、ずいぶんと態度が悪い。
そんなセンジュのことは気になるといえば気になるものの、いつのまにか家にいることが当たり前になってしまい、四人分の食事が並ぶことも、なんとも思わなくなっていた。
◇ ◇ ◇
珍しく雪のない快晴の日。庭の隅で、センジュが何やら作業をしている。鼻と口を布で覆い、マスケット銃を片手に、棒を突っ込んでみたり、筒の中を覗いてみたりと何やら楽しそうだ。
自分の服が煤で黒く汚れていくこともお構いなしに、せっせと作業に勤しんでいる。真っ黒に汚れた服を見たら、お袋はどんな顔をするだろうか。
「ね、センジュ。何してるの」
「こいは、種子島ん手入れじゃ。やらんと、
どうやら、銃とやらの掃除をしていたらしい。見たこともないその奇妙な銃なるものには、アタシも興味があった。
「それ、アタシにも使えるかな」
「そいは、
無表情のまま、興味なさげに返すセンジュの態度に少しムッときて、アタシも言い返してやった。
「これでも弓なら結構、使えるんだけど。狩りの腕ならオヤジにも負けちゃいないんだよ」
「弓とは勝手が、違いもす。そいに、危険じゃ」
「危険って、何がさ」
「危険は危険じゃ。議を
取り付く島もない。今度は袋から縄のようなものを取り出して、手のひらで転がして何かを確認している。覗き込むアタシをひと睨みし、作業を続けながらぶっきらぼうに告げる。
「そいに、ニクラスさぁから、言い付けられちょる」
「オヤジが? 何て?」
「銃には、触ってはならんと」
「でもさ、センジュはこうして触ってるじゃない」
「……。とにかく、いかんもんはいかん」
「へー。だったら、オヤジが許可を出しさえすれば、いいんだよね」
「……」
センジュは、肯定も否定もせず無言のまま手入れを続けていた。いいさ、そっちがそんな態度なら、こっちにも考えがある。オヤジとの交渉であれば、こっちには切り札があるのだ。
◇
その夜遅く、オヤジはいつにもまして酒臭く家に帰ってきた。顔を赤らめてすっかり上機嫌に見える。また、例の酒場とやらにでも行ってきたんだろう。
お袋とセンジュはとっくに眠りについている。お願い事をするには、絶好の機会だった。
「おかえり、遅かったね」
「……! アンジェか。起きておったんか」
「まあね。また、酒場にでも行ってたの?」
「そ、そうだ。今日はもう遅い、お前も早く寝なさい」
「にしては香水の匂いがプンプンすんだけどな。今時の酒場ってのは、洒落たもんだね」
「……余計な詮索を、するもんじゃあない」
「お袋は怒るだろうなぁ。稼いだ金とはいえ、夜遊びとはねぇ」
「ま、待て待てアンジェ、早まってはいかん」
「どうしよっかなぁ。うっかり口が滑っちゃうかもしれないなぁ」
「わかった、何でも聞いてやるから。頼む、頼む」
かかった。単純なオヤジで、本当に助かる。
「何でも? 本当に何でも聞いてくれんの?」
「何でも、何でも聞く。だから頼むから、マーサにだけは、言わんでくれい。頼むっ」
「そうだなぁ、それじゃあね--」
◇ ◇ ◇
「でのぉ、サツマ殿。心苦しいんじゃが、うちの娘にその銃とやらの使い方を教えてやってほしんだが」
「よう、ごわす。がの」
怪訝な顔を向けるセンジュの目線の先には、バツの悪い顔をして頭を掻いているオヤジの姿があった。
傭兵団長ニクラスといえど、娘には甘いのだ。ましてや、その娘に秘密を握られているとなれば--。
「じゃあセンジュ。よろしくね」
「……。心得もした」
少しばかり不満げな顔を見せるセンジュ。最近、無愛想なこの異人の表情の変化が、わかるようになってきた気がする。
センジュの指導は、その表情とは裏腹に丁寧だった。ひとつひとつ、手順を見せながら解説をしてくれる。
「まずは、火縄にば火を点けておく」
「ふむふむ」
「火薬ば使うからの。火ば移らんように、用心じゃ」
以前に危険だと言っていたのは、この火薬の扱いだろうか。
「次に、こん火薬ば、筒に入れもす」
パラパラと、センジュは黒色のそれを銃の先端から注ぎ入れた。
「そいから、筒の先に布ばあてて、弾をば入れる」
「なんだか料理してるみたいだね」
「……。弾を、こん、
「この棒みたいなやつ、カルカっていうんだ」
「さっきん火薬を、今度はこん
パチリ、と筒の側部についた蓋を開け、手際よく火薬を詰めて閉じる。
「あとは火縄じゃな。こっ
ほれ、とアタシに準備の完了した銃を見せると、火縄を取り外してその火を消してしまった。
「あれ、やってくれないの? あのバァン、てやつ」
「弾も火薬も、限りがありもす。無駄撃ちは、御法度ぞ」
「そっか、仕方ないな。また狩りに行こうよ、センジュ」
「それはできん。狩りをせい、とは聞いておらん」
指導せいとは言われたがの、とため息を吐きながらも、センジュは銃の手入れまで親切に教えてくれた。無愛想な見た目とは裏腹に、なかなか面倒見のいいやつなのかもしれない。
「火薬ば、こぼしてはいかんぞ」
「う、うん。気をつける」
「弾ば詰めるんは、上からでごわ。斜めんしては、奥まで入らん」
「こう、かな。結構力がいるね」
何度も教えてもらった操作と掃除を繰り返すうちに、アタシも随分手際が良くなってきた。
「ほう、器用なもんじゃの。こうまで手早っできるもんは、そうおらん」
「えへへ。ちなみに持ち方は、どうすんのさ」
「立ち撃ち、座り撃ち、寝撃ちと
センジュは、弾の篭っていない銃を右手に持つと、左の手を添え、右目の前に構えてみせる。その姿がとても様になっていて、思わず息を呑んでしまった。
「とりあえずは、こんなもんでごわ」
「うん。ありがと、センジュ」
「礼はいらん。おいは居候じゃからの」
「早く狩りに行けるといいね」
その問いに、センジュはそっぽを向いて知らん顔をしていた。最初は喜んでついてきていたのに、そんなにアタシと狩りに行くのが嫌なんだろうか。
すぐにでも狩りに連れ出してやる、と心に決めたところで、本日の指導はお開きとなった。
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