第三章 傭兵稼業編

第一話 邂逅、冬

 その異人がうちにやってきたのは、外も吹雪の、寒い冬の日のことだったと思う。


 オヤジが久しぶりに傭兵の出稼ぎから帰ってきた日。いつものようにお酒の匂いを漂わせながらお袋とハグをした後、大量のとやらと一緒に、凍えながら鼻水を垂らしている小柄な異人を紹介してきた。


 どうやら遥か西方の戦場で出会って、怪我をしていたので遠路はるばる連れて帰ってきたらしい。まったく、この馬鹿オヤジは考えなしに何でもかんでも拾って帰って来る。


 この前は敵からぶん取った大楯。そのまた前は帰りの道中で見つけたという魔法杖。乗れもしないのに、戦場から馬を連れて帰ってきたこともあった。しかも、二頭も。


 そして今度はどこぞの異人ときたもんだ。お袋も、予想外の来客に目を丸くしている。傍目には奴隷商人とその商品に見えなくもない。


 オヤジが帰って来る度に我が家にはガラクタばかりが増えていく。我が家はオヤジのオモチャ箱か何かなんだろうか。


「して、サツマ殿。これがうちの家族だ」

喜入きいれ銑十郎せんじゅうろうと申す。こん度は、ニクラスさぁに命ば、助けられもした」

「なぬ? お前さん、サツマというんではなかったのか」


 このオヤジは、なんと名前も知らない異人を我が家に招待してきたらしい。


「もう、慣れもした。薩摩は、おいが国の名じゃ」

「そうだったか、いやすまんすまん。皆がサツマ殿、サツマ殿と呼ぶんでつい、の」


 不機嫌、というわけではなさそうだけれども、どうもこの異人は表情の変化に乏しそうだった。


「で、何だったかの。名前」

喜入きいれ銑十郎せんじゅうろう、でごわ」


 異国の名前はどうも耳慣れず、なかなか聞き取れない。とりあえずこの異人が言うのをそのまま真似してみることにした。


「キレ、センジュ、ロ? 変な名だね。とりあえず、センジュでいいか」


 はあ、と本人も諦めたような顔をしているので、とりあえずこの異人を、センジュと呼ぶことに決めた。


 ◇ ◇ ◇


 異人、もといセンジュの朝は早い。日がまだ昇らないうちに目覚め、寒い中、庭で何やら素っ頓狂な声を上げながら剣を振り回している。


 その叫び声のおかげで今朝は早くに目が覚めてしまった。こう毎日安眠妨害されてはたまらないので、あとできつく言っておくとしよう。


 ようやくお袋が起き出す時間になると、薪割り、火起こし、水汲みと、指示された通りに力仕事をテキパキとこなしていく。以前は貴族の小間使いでもやっていたんだろうか、とにかくよく働く。


 その小さな体に合う服がないので、仕方なくオヤジの使い古しをお袋が強引に整えたものを着ている。裾余りの服を引き摺りながらキビキビと動く様は少し可笑しかった。


 今日は戦利品の検分、と称して、オヤジと二人、庭でガラクタ整理をしている。荷車からは甲冑や盾、剣に槍と、武器とよべるものはあらかた出てきた。どれも血だらけなので、二人して一生懸命に磨いている。


 何でもマスケット銃なる新兵器が手に入ったらしく、センジュはオヤジ相手にその新兵器とやらの説明をしていた。普段と較べて、やたら饒舌になっている。


 時折早口になるその言葉は、奇妙な訛りも合わさって耳の遠いオヤジには聞き取れないようだった。


 ◇ ◇ ◇


 ある晴れた日、狩りに行くというセンジュに、暇なので付いていくことにした。オヤジは酒場帰りの体を横たえて、大きないびきをかいて眠りについている。


 センジュは弓と矢ではなく、例のマスケット銃とやらを携えている。何やら小さな袋も背中に担いでいた。


 狩りに行くと行っても道もろくすっぽ知らないので、適当に獲物がいそうな場所をうろうろしている。しょうがなく助け舟を出してやると、意外にも丁寧にお礼を言われた。


 どうもテロルランドの寒さには慣れていないようで、時々手を擦り合わせて息を吹きかけている。いつのまにか顔も耳も真っ赤になっている。後でお袋に叱られてしまうに違いない。


 センジュは驚くことに、そのマスケット銃を使えるらしい。背負っていた小袋から何かを取り出して、なんとも不思議な操作をしている。


 そして右目の前にそのマスケット銃を構えると、パァン、と轟音を発した。湖畔に遊んでいた水鳥たちが飛び去っていく。近寄ってみると、一羽、胸に傷を受けて動けないものがいる。どうやら、今の動作で仕留めてしまったらしい。


 原理はよく分からないが、とんでもない兵器であることに間違いはなさそうだった。


「種子島ば撃つんは久しぶりサッドブイじゃが、訛っちらんようじゃ」


 訛っているのは嬉しそうに語るその言葉の方だと思うが、この異人は武器を持つとやけに上機嫌になる。


 やはり、どこか遠くの国の戦闘民族なのかもしれない。うちの馬鹿オヤジが気に入って連れて帰ってくるのも、分かる気がする。


 ◇


 家に帰ると、お袋はセンジュの獲ってきた戦果に大喜びだった。今日はご馳走ね、と浮かれながらセンジュに頬ずりをしている。


 センジュは恥ずかしいのか不慣れなのか、黙ってお袋のされるがままだ。霜焼けで真っ赤な顔が、さらに赤くなったように見える。


 それでもお袋は、マスケット銃を勝手に持ち出して二人で狩りに出かけたことにはご立腹のようで、親父に何やら報告していた。


 どうもまた長いお説教になりそうな予感がするので、夕食の時間まで二階の自分の部屋に隠れておくことにする。


 ◇


 階下から、オヤジとセンジュの話す声が聞こえる。


「サツマ殿、お前さん、その新兵器を使えたのか」

「種子島んことか。居候ゆえ、これぐらいはせんとの」

「いやいや驚いた。まさか使い手がこんなところにいるとはのう」

「慣れれば、弓より容易タヤスかぞ」

「しかしこの雪の中、大変だったじゃろう」

「なに、こん程度は屁でもなか」

「すまんなあ、うちの娘が。年頃なんだし、大人しくするよう言っておるんだがな」


 相変わらずの大声だ。こっちまで聞こえているのを気にも留めていない。


 --そう、アタシはアンジェリカ。そこの馬鹿オヤジ、傭兵団長をやってるニクラスの、だ。

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