閑話 料理の鉄人

 それは、わたしたちがガラル砦に到着した、翌日のこと。砦で用意された朝食に、士官学校生たちは不満を漏らしていました。


「こう、固いパンばかりだとどうも味気ないな」

「塩漬け肉も悪くはないが、やはり焼きたての肉が欲しいね」


 学校の美食に慣れた貴族子弟には、戦場の食事は不評なようです。かくいうわたしも、この味には少し抵抗があります。


「まあ、戦場の味って感じですかねえ」

「ガハハ。奴らも直に慣れてくるさ」


 戦地での経験もある年長組は、彼らの様子を暖かく見守っていました。


 一方キーレはというと。黙々と、テーブルに並んだ料理を口に詰め込んでいます。


「お前はよくそんなに食えるよなあ、口がパサパサにならないか?」

「はふぁがふぇっふぇはふぃふはふぁでふぃん」

「キーレ、口に物を入れて喋るのは、お行儀が悪いですよ」

「腹が減っては戦はできん、と言うからの。腹ば膨れれば、そいでよか」


 相変わらずの思考回路のようです。


 そんな学生たちの様子を見て、バスティアン様が呟いた一言が、全ての始まりでした。


「そんなに不満があるなら、お前ら、作ってみるか--?」


◇ ◇ ◇


「第一回、料理の鉄人、イン、ガラルゥーー!」


 騒ぎを聞きつけたのか、兵士たちがぞろぞろと見物に集まってきました。勝手に司会を始めたのは、フィリップさんです。同級生なので少し話したことはありますが、こんなに陽気な人だったでしょうか。


「さっそく料理人の紹介だーっ! まずはこの人、全ての料理は俺の筋肉にひれ伏すのみっ、西方寮一の肉体自慢、ゲルト=フォルクラン!」

「うおおおおーーっ!」

「その僧帽筋、マフラーでも巻いてるのかいっ!」


 ゲルトさんは得意気にポーズをとり、肉体美を披露しています。というより、どうしてこの人は上半身裸なのでしょうか。


「続いての料理人はーーっ! 若のためならなんのその、作って見せます戦場の味。西方寮のいぶし銀、ギド=ツィッカ!」

「キャリアの違いってのを、見せてやりまさぁ」

「ギド、負けたら承知せんからな!」


 バスティアン様も随分とはしゃいでいます。そういえば、ギドさんのフルネームなんて初めて聞きました。


「そして最後にーーっ、ガラル砦の紅一点、西方寮の魔女こと、マリア=アンヌ=エンミュール嬢だっ!」

「どうしてわたしまで……」

「いいぞっ、嬢ちゃん、負けるなーーっ!」


 一際大きな声援にも、あまりに恥ずかしくて応える気になれません。


「そして審査員はこの方々っ! 女性の扱いはお手のものっ! 料理の方から俺を口説いてくる、バスティアン=オルレンラント侯爵代理!」

「ははっ、期待しているぞ」

「静穏篤実、だが料理に関してはこと手厳しいっ、マルク=ギーセンベルク男爵!」

「一応、ここは戦場なのですがねえ……」

「自慢の槍と魔法は食卓でも健在っ、ローター=ヴィルマゼン!」

「恐縮ですが、しっかり審査に望ませてもらいます」

「そして異国から来た謎の少年、キーレ=サツマ!」

「む。食えりゃ、なんでもよか」


 なぜか審査員席の端にキーレもちょこんと腰掛けていました。彼に料理の審査なんてやらせてしまっていいのでしょうか。不安です。


「では、食材の調達からスタートです! 制限時間は三時間。始めっ!」


 料理人席の二人が走り出したのを見て、わたしも慌てて後を追うのでした。


◇ ◇ ◇


「どうやら料理の方が出揃ったようです! それではいざ、実食!」


 まずはゲルトさんの料理が運ばれていきました。どうやら肉のようですが、どこから調達したのでしょう。


「ゲルトさん、この料理は?」

「鹿肉のステーキだ。裏の森で捕まえてきた。味付けは簡素だが、この世に肉に勝る美食などねえ」


 それは人によると思いますが、この短時間で獲物を捕らえてきたのは、流石です。せめて服は着て欲しいものですが。


「いかがでしょう、審査員の皆様?」

「一見豪快に見えるが、火の通し方は繊細だ。素材の味を引き立てる絶妙な焼き加減だな」

「おーっと、侯爵代理からは絶賛の声が! これは早くも決まってしまったかー?」

「くそー、俺たちにも食べさせろお!」

「そうだそうだ、肉を、肉をよこせ!」


 観客と化した兵士たちも、好き放題に叫んでいます。


「続いての料理は……。 これは何と、スープのようです!」


 ギドさんが出したのは、スープでした。温かないい香りが、こちらにも漂ってきます。


「こう寒いと、暖かいものが欲しいだろうと思いましてねえ」

「審査員への配慮も光る逸品! さて、反応は?」

「確かにこう冷えると、温かいものが欲しくなりますな。野草もえぐみがなく煮込まれていて、食べると活力が湧いてくるようです」

「ギーセンベルク男爵の胃袋をがっちり掴んだようです! 他の審査員も頷いています!」

「なんちゅういい香りだ、たまんねえぜ」

「匂いだけって、俺たちを飢え死にさせる気かよ!」


 会場はますます白熱してきました。


「そして最後にマリア=アンヌ嬢の料理は……。おーっと、これはビスケットだ!」

「余分にあった麦とドライフルーツで作ってみました。甘さは控えめで、お口に合えばいいのですけど」


 お菓子作りが好きなクリスと、こっそり学校の調理場に忍び込んできた経験が生きました。


「ここにきてまさかのお菓子ですが、審査員の反応はどうだっ?」

「非常に上品な甘さで、サクサクとした歯応えも悪くない。我が家にも持ち帰りたいぐらいですね」

「西方寮最強のローター=ヴィルマゼンから好反応です! 貴族の味は貴族が知るといったところか!」

「いいなあ、女子の手料理か……」

「故郷のあの子、元気にしてるかなあ……」


 先ほどまでの大歓声はどこへやら、しんみりとした雰囲気になってしまいました。なぜか、啜り泣く声まで聞こえてきます。



「それではっ、審査員の皆様、一番美味しいと思った料理人の札を上げて下さいっ!」


 次々と審査の札が上がっていきます。バスティアン様は、ゲルトさんの。ギーセンベルク男爵は、ギドさんの。そしてローターさんは、わたしの札を上げてくれました。


「おっと、審査は大荒れのようです! 果たして最後の一票は? 優勝は誰の手に?」


 最後にキーレが上げた札は、わたしの札でした。


「意外や意外! キーレ審査員が選んだのはマリア=アンヌ嬢のビスケットだっ! 優勝は、マリア=アンヌ=エンミュール嬢に決定!」

「ワアァァーーーーーーッ!」

「嬢ちゃん、よくやった!」

「俺たちにも食わせろー!」

「そうだそうだ、審査員だけずりいぞ!」


「ええーっ、会場席はずいぶん興奮しているようですが、よければキーレ審査員、一言お願いします」

「生肉や汁物ば戦場ユッサバに持ち込むのは、難儀じゃからの。こん甘味なら、便利じゃ」

「なるほどっ、勝敗を分けたのは、まさかの戦場での利便性でしたっ!」


 わたしのビスケットが美味しかったわけでは、なかったようです。彼らしいといえば彼らしいのですが、釈然としません。


「これにて、第一回、料理の鉄人っ、閉幕!」


 波乱万丈の料理大会は、こうして終わりを告げたのでした。



 その後、片付けをしながら、キーレと少しお喋りをしました。


「キーレはあまり食に関心がないのですね」

「そげなことは、なか。おいも、甘味は好きじゃ」

「え、そうだったのですか」

「あん、とやらも、よう頂戴しておったからのう」


 どうやらキーレは、学校でクリスにすっかり餌付けされていたようです。


「やはり、食い慣れちょるもんが、一番じゃな」


 キーレの満足気な顔を見て、わたしも少し笑顔になれたのでした。

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