第十一話 東へ
「おーい、まだ息のある奴は、おるかぁー」
数歩先も見えぬ暗がりの中、何とも呑気な大声が響く。傭兵団長ニクラスは、生き残りの団員を探していた。右手には馬車馬の手綱を、左手には松明を握っている。
ガラガラと車輪の転がる音と、馬蹄の音とが響く。つい先刻まで、この地は戦場であった。いたるところに矢が落ちている。ところどころに、もう動かない人間の体も見える。
「おお、親父殿、生きてたんで」
「なんとか、のう。金だけ持って死んだんじゃ、もったいなかろう」
「はは、ちげえねえや。おーい、他に生きてる奴はいねえかー」
「こっちだこっち、はは、親父殿も無事だったかあ」
相当の激戦であった。その声に応えるものは、そう多くない。数人が呼びかけに応じ、わらわらと明かりを頼りに彼のもとに集まり始めた。
誰も彼も、どこかしらに傷を抱えている。痛みに鈍いのか、そういったことは気にせず団員たちは互いの背中を叩き合って無事を喜び合っていた。
そしてどこに隠し持っていたのだろうか、酒らしきものを配りながら歩いていく。その光景を見る限り、この集団が、先ほどまで命のやり取りをしていたとはとても思えなかった。
そんな中、ガサッ、と、近くの茂みが動くのが目に入った。団員たちの間にも緊張が走る。森の獣か、はたまた敵兵かと、剣を抜き用心深く音の出所を確認していく。
茂みの先には、大木に体を預けている小柄な兵士の姿があった。長剣を片手に、座るような格好で虚空を見つめている。右足の大腿部から、出血していた。遠目に見ても、なかなかの深手である。
松明の明かりでこちらの目線に気づいたのか、その兵士が知った顔に向かってのんびりと呟く。
「ニクラスさぁ、おんしも、死にぞこなってごわしたか」
「おお、サツマ殿。ワシもなんとか、死にぞこなっております」
ニカリと二人は頬を緩め合った。ともに戦場を駆けた者同士でしか分かり得ない、不思議な感情が二人を包んでいた。
「それよりサツマ殿、負傷しておるようだが」
「足をば、やられた。動けんと、腹ば、切ろうとしちょったとこじゃ」
「ははあ、腹を」
「ニクラスさぁも、ずいぶんとやられもしたの」
「なに、これぐらいかすり傷ですわい」
よく見ればニクラスも、鎧の隙間にいくつかの裂傷を負っている。鎧兜にも、幾つもの傷跡があった。そんなことは気にもせず、ニクラスは集まっていた団員の一人に声をかける。
「サツマ殿に、手を貸してやれ。それと、手当を。深手じゃ」
「はい、親父殿」
体格の良い団員が、兵士の小さな体を軽々と担ぎ上げた。兵士は抵抗する気がないのか、それとも抵抗する力が残っていないのか、されるがままに運ばれている。
団員は担いだその兵士を、ドサッという音とともに、荷車へと放り込んだ。荷車の中にはいくつかの剣や槍、防具、驚くことに銃らしきものまである。どれも血で赤く染まっており、激しい戦場で遺棄されたことが容易にわかるものであった。
それから団員は雑多に積まれた武具を脇へ押しやり、荷物の中から包帯を取り出すと、手際よく兵士の治療を始めた。団員は頑強な見た目にそぐわず、器用なたちであるらしかった。
「サツマ殿、意識はありますか」
「うむ、聞こえておりもす」
「大変な、戦いでしたね」
「大将どんは、追手を振り切れたでごわすかの」
「確認はできませんが、あの速さならおそらく無事に辿り着けたと思いますよ」
「それは、よか、ごわす……な」
自分が任務を達成したことに安心したのか、はたまた大事な主の無事を知ってホッとしたのか、兵士はようやく安堵の表情を浮かべた。
それを見て安心したようで、大柄な団員は包帯を巻き終えると荷車のもとを離れていった。いつの間にやら、集まった団員は数十人を数えるほどになっている。
荷馬車は集まってきた団員を引き連れてなおも先へと進んでいく。その行先を、小さな兵士は知らなかった。
◇
荷車の前方から、傭兵団長ニクラスが大声で小さな兵士を呼んでいる。別の者に手綱を預けて近くで呼べば良さそうなものだが、この長い顎鬚の男には、そういう配慮が回らないようであった。
「サツマ殿は、これからどうするんで」
「帰れ、とは言われておるが、方角が、わからん」
こちらも怒鳴るように大声で応える。それにこの足でごわ、と包帯の巻かれた右足を手で示して見せたが、その声が届いたかどうかは、わからない。
快活に聞こえる声色とは裏腹に、その表情はどこか、寂しげであった。
しかしその表情を見る者はここには誰もいない。皆、月と星々のか細い灯りを頼りに、荷馬車の進む先を見つめている。
ようやく近くで会話をした方が都合が良いことに気がついたのか、顎鬚の男が手綱を団員に任せて兵士の側へと歩み寄って来た。
「帰るあてがないのならの、ワシらとしばらく傭兵をやりませんか」
サツマ殿の腕前はよおく知っておる、と相変わらずの大声で兵士に語りかける。どうやらこの髭の男は、小さな兵士をいたく気に入っているようだった。
兵士は、拒否しようにも、歩けない自分にその選択肢がないことを悟ったのか、沈黙を保っている。
「ここに集まってるのは、ワシの傭兵団でしてな。ま、そうでないのも拾って帰るつもりではありますがの」
どうやらこういった事態に、この男はひどく慣れているらしい。荷車に積まれた武具の山が、それを雄弁に物語っている。
「ワシらは、これから本拠地のテロルランドの方へ向かいます。それで、構いませんかな」
「てろるらんど、とは、どの辺りかの」
「ここからだと、だいぶ東になりますのう」
「……東か。そいも、よか、ごわすなあ」
最後に受けた命令をそっと思い出して、兵士は諦めたように目を閉じた。時折揺れる荷車が、積まれた荷物とともに兵士の体を揺らす。
一行は小さな兵士を荷馬車に載せて、車輪を軋ませながら進んで行く。東へ、東へ--。
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