第五話 首問答
砦での戦闘が始まって数日が経ちました。戦況は、依然として芳しくありません。幾重にも築いた防御施設のおかげで、アルレーン軍は何とか持ち堪えているといったところです。
わたしも魔法部隊の一員として、必死に防御魔法を展開する日々が続いています。その甲斐あってか、魔法部隊には一人の負傷者も出ていません。わたしもマナ切れになることが日に日に少なくなってきました。
今日もリガリア軍の兵士が、隊列を揃えて突撃してきました。ローターさんの号令に合わせて、弓の間合いの外から魔法攻撃を放ちます。
しかし、戦いが始まった当初ほどの効果はありません。こう何度も戦闘が続くと、リガリア軍も大楯を構えた兵士を前に出し、火球を必死に弾き返すようになってきていました。そして次に魔法攻撃が行われるまでの間で、全線を押し上げてくるのです。
これを何度か繰り返されると、今度はこちらの魔法部隊が敵弓兵の間合いに入ってしまいます。敵方もこちらの強みである魔法部隊を重点的に狙ってくるため、防御魔法を展開する羽目になり、火力が出なくなってしまうのです。
そうして弓兵同士の撃ち合いになる内に、砦にとりつく敵兵が目立ち始めます。ここまで入り込まれてしまうと、もう魔法兵の出番は少なくなってしまいます。砦の兵が長槍を出して、必死に引き剥がそうとしますが、敵兵もなんとか喰らい付いていました。
そこに颯爽と騎馬部隊が砦を飛び出して行きました。弓の雨を潜り抜け、砦の前の敵兵を蹴散らすように蹂躙していきます。蟻の子を散らすように砦を駆け回ると、その勢いのまま敵陣を真っ二つに切り裂いていきました。砦からも、一際大きな歓声が上がります。
結局、それから今日は夕暮れまでガラリア兵が攻勢に出てくることはありませんでした。引き上げていく敵兵を見て、安堵のため息が砦を覆います。
◇ ◇ ◇
そんな劣勢の中、突然の嵐が戦場を襲いました。あまりの雨足と風の強さに、立っているのがやっとのほどです。一部の防柵も、強風で倒壊してしまったとのことで、兵たちが慌てて復旧作業にあたっています。
この悪天候では、とても戦闘行為など続けられそうにありません。リガリア軍も一時的に撤退していったとの報告を受け、砦の兵士は交代で束の間の休息をとっていました。
魔法部隊も少しはゆっくり休める、ということはなく、わたしは医療部隊に加わり負傷兵の治療にあたっているのでした。どこもかしこも人材難なのです。
「おう、ここだここだ」
珍しくゲルトさんが病棟に姿を現しました。兵の中でも一際大きなその体は、人混みにあってもすぐに目に付きます。
そしてその横には小さな姿が一つ。
「ゲルトさん、どこかお怪我でもされたのですか?」
「いや、この通り俺はピンピンしてるぞ」
自慢げに腕を捲り上げる姿を見せつけられると、この人が戦場で傷つく姿が想像できません。
「今日は兵士の見舞いだな。それと、こいつがね」
ほれ、とキーレの方に首をやります。
「嬢ちゃんを心配してたんでな。連れてきてやった」
「そうなんですか、ありがとう、キーレ」
「む。礼には及ばんこっでごわ」
言葉を交わしたのはそれだけでしたが、元気な顔を見られて少しホッとした気分になります。二人はそのまま、仲間のいる病室の方に向かって歩いて行きました。
◇
わたしが
「ゲルトさぁ。こっでは、首ば持ち帰らんでよかでごわすか」
「首? この首か? 何を言ってるんだ、お前」
ゲルトさんは驚いた様子で手を首に当てています。
「首ばなければ、手柄がわからんではないかの」
「おいおいおい、いくら何でもそんな野蛮なことはしねえよ。戦場とはいえ、やっちゃいけねえ倫理ってもんがある」
「そいじゃの、
「それは、一緒の部隊の誰かが報告してくれるだろうよ」
「ああ、
「ブンドリ……? まあとにかく、そんなこと、やっちゃならんからな。大体首なんて重くて持てたもんじゃないぞ」
「じゃかい、朝鮮ん時は耳にしちょった」
「耳ぃ? 待て待て、そういう問題じゃねえんだよ」
「薩摩んも、耳ば葬った塚がありもす」
「只者じゃねえとは思ってたが、ここまで戦闘民族だったとはな……。正直お前が味方で良かったと思うぞ、すごく」
なんとも物騒な話のようです。日頃ぼーっとしているキーレを見ているわたしには、こういった血生臭い話題で生き生きとしている姿は想像できませんでした。
……いえ、振り返ってみると意外とそうでもないのかも。
そこに、歩兵部隊の負傷兵を見にきていたフィリップさんも話に加わってきました。
「どうやら面白い話をしてるみたいだな」
「おう、フィリップ。俺のかわりに騎士道とやらをこいつに教えてやってくれ。サツマの文化は、俺には理解できん」
フィリップさんはコホン、と咳払いをしてキーレに語り始めます。
「いいか、キーレ。騎士の殊勲は相手を打ち倒すことだ。間違っても辱めることではない」
「む」
「俺らが誇りを大事にするように、相手の誇りも尊重しなければならない、ってことだ」
「尊重、でごわすか」
「それに、俗な話になるが、捕えれば身代金の交渉もできるしな。お互いにとって利があるのさ」
「そいは、
「指揮官を務める大貴族ともなれば、かなりの額が動くんだぜ」
ふむふむ、と納得した様子のキーレ。
「大将ば捕えれば、こん
「そうしたいのは山々だが、そううまくいかねえのが戦いってもんだ」
「敵ん大将ば、どん辺りにおるもんかの」
「そりゃあよ、名のある貴族となれば一族の紋章の入った紋章旗を掲げてるもんだ」
「もんしょうき、とな」
「学校の対抗試合と同じだ。豪華な旗を立ててる部隊は大物と思ってくれていいぞ」
紋章旗と聞いて、キーレは何やら思い出したようでした。
「おいも、いつかそん旗とやらを持ちたいもんじゃの」
「おう、見上げた心意気だ」
「そういえば、キーレの一族はどうなってるんだ? 紋章旗があるような家系なのか?」
「あるにはあるが、旗印と言えば島津の大殿のもんでごわすな」
「こいつのような戦馬鹿がごろごろしてる国の親玉か、ゾッとしねえや」
それからしばらく、病室のその一帯は賑やかな雰囲気に包まれていました。
誰も、悲壮な顔をしようとしません。まるで今すぐにでも戦闘が始まるかもしれないことを、忘れたいかのように。
「マリア=アンヌさん、こちらの方の手当をお願いします」
こんな時間がいつまでも続けば、と思った瞬間、医療兵に呼ばれたわたしは患者の手当へとまた向かわねばなりませんでした。
◇
それから、病棟での勤務が終わって戦闘配備につく途中、偶然キーレと出くわしました。彼と一対一で話すのは、本当に久しぶりな気がします。
「キーレはゲルトさんと随分仲が良さそうですね」
「ゲルトさぁは、よか
キーレが多弁になる相手は、そう多くありません。よっぽど馬が合うのでしょう。騎兵だけに。
「そう言えば、先ほど話していましたが、あなたの国にも紋章があるそうですね」
「島津御家んは、丸に十の字でごわ」
こう、と指でわたしに宙で書いて見せてきます。
「随分と、不思議な紋章ですね」
「こん御旗のもとば、いっそう
珍しくほんの少しだけ、キーレが懐かしそうな表情を見せた気がしました。
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