第四章 ステッフェルン平原決戦編

第一話 再会①

 照りしきる日差しの中、アタシたちニクラス傭兵団の一行は西方のアルレーンへ向けて歩みを進めていた。


 次の依頼のことを聞いてからどこか様子のおかしいセンジュも、手綱を引いてその後ろを付いて行っている。


「ね、センジュ。エンミュールってさ、センジュと何か関係あるの?」

「……。知り合いが、数人おるだけじゃ」

「えー、ぜったいそれだけじゃないよね。変な反応してたじゃない」

「……」


 問い詰めてみようとするものの、すぐにいつものだんまりに戻ってしまった。この気まずい空気は、初めて会ったばかりのころを思い出す。


 そういえば、もう一緒にいて長いというのに、センジュは自分の過去についてちっとも話してくれなかった。オヤジもその大雑把な性格も相まって、無理に事情を聞こうとはしない。


 アタシが知っているのは、サツマという遠い国の出身であることと、オヤジと一緒にアルレーンで戦っていたということ。確か騎兵部隊にいたとも言っていた気がする。


 銃の扱いに異様に詳しかったり、城壁を見慣れていなかったりと、思い返してみれば今更ながら不審な点だらけだった。そもそも、その変わった見た目と訛りだけでも、不審が服を着て歩いているようなものではあるけれど。


 センジュは少し伸びた黒髪を後ろに結び、相変わらず楽しくもなさそうにアタシの前を歩いている。馬の尾と揃いのその髪が、生暖かい風に左右に揺れる。


 いつの日か、昔話をしてくれることがあるかもしれない。そう期待して、アタシはこの異人にこれ以上質問するのは止めにすることにした。


 ◇ ◇ ◇


 山道を歩くことが減り、いつしか街道の左右には麦畑が広がるようになった。初めて見るテロルランドの外の風景に、アタシは少しばかり興奮していた。一部の団員も似たような反応を見せている。街道の先、ずっと先に青い穂の地平線が見える。


 集落の近くでは馬の姿を見ることもあった。時折地方の貴族かその部下だろうか、騎乗して駆けて行く光景を目にすることもある。これがアルレーン地方、と実感する瞬間でもあった。


「おうし、野郎ども。目的地のケンプトはもうすぐじゃ。今日は城内で自由にして良いぞい」


 オヤジの言葉に団員たちがどっと湧く。野宿続きで華やかな空気に飢えていた団員たちにとって、その知らせは待ちに待ったものだった。幸い路銀は十分にある。皆こぞって夜の町に繰り出すに違いなかった。


 そんな中、センジュは嬉しそうな顔一つしていない。何を考えているのか、ぼうっと空を見上げたまま騒ぐ団員たちの後ろを歩いていく。


 同じく興味なさげなミスラロフと一言二言言葉を交わしているけれども、どうせまた武器の話でもしているのだろう。


「のう、ミスラロフさぁ、種子島ん弾が、足らんのでごわすが」

「鉄と鍛冶場さえあれば、どうにでもなり、ます」

「こっでどうにかなればよいがの。ユッサ前に備えば無いのは、危うか」

「親父殿にもかけあってみましょう、か」


 前方の団員たちは何やら声を上げて話し合いを始めている。年若の者が荷物番を命じられたのか、がっくりと肩を下ろしているのが見えた。


 ◇


 ケンプトの町は、初めてアルレーンを訪れるアタシにとってはとても華やかなものだった。町中を歩いていても、身なりの良い者が多い。といってもテロルランドと比べてというだけで、この程度は取り立てて感心するものでもないのかもしれない。


 それから、背の高い者が多い。髪の色も色素が薄いのが目立つ。せめて言語が同じなのが救いだけれども、同じプロシアント帝国だとはとても思えなかった。


「お嬢、あんまりキョロキョロしてるとはぐれちまうっすよ」

「う、うん。気を付けるね。マルコはアルレーンに来たことあるんだっけ」

「昔、一度だけ。つっても戦場だったんで、こうして町を歩くのは初めてっすけど」


 団員たちもアルレーンの町は珍しいのか、アタシと一緒にほーう、と感嘆の声を上げながら町中を歩いている。


 物珍しげに周りを見回しながら歩く傭兵団一行は、慣れた様子のオヤジとジャマルに先導されてようやく外れの一角に腰を落ち着けることができた。


 それからさっそく町に繰り出す団員たちを横目に、オヤジは適当な宿を探しに行くようだった。もしかすると、野宿疲れのアタシに気を遣ってくれているのかもしれない。ああ見えてなかなか気の利くオヤジだった。


 気がつけばマルコもどこかに出かけてしまったようで、所在なさげにしているセンジュを引っ張ってアタシも宿に向かうことにした。さすがにこの見知らぬ町で一人にされてはかなわない。


 ◇


 宿の主人に金を渡したあと、オヤジは珍しくいそいそと身なりを整えている。


「どうも貴族様に会うのは肩が凝っていかんわい」

「まあまあ、そう言わず。これも団長の務めですよ、親父殿」


 ジャマルの言葉に、やれやれと肩をすくめてオヤジが呟く。


「普通は取り次ぎのもんに任せるのが貴族様なんじゃが。どうも変わったお人かもしれんなあ」

「そうですね。で、今回の依頼主の伯爵様はどちらにいらっしゃるので」

「それが、どうやら城下に宿を取っているらしくてのう」

「それは、随分と変わり者かもしれませんね」


 依頼主のもとに向かおうとする二人のところへ、センジュが駆け寄って行く。何か用事でもあるのだろうか。


「ニクラスさぁ、おいも付いて行ツイジってもよかごわすか」

「サツマ殿もか? まあ、良いとは思うが。いったいどうしたんで」

「……。特に理由ヂュッはなか」


 そう答えると、ぷいと横を向いて何事もない顔をしている。オヤジは気にもしていないようだが、その様子はあからさまに怪しい。大した理由もなく、あの戦闘民族が行動を起こすはずがないのだ。


 何やら事情がありそうなセンジュが気になって、アタシも三人の後をつけることにした。


 ◇


 伯爵様が滞在しているという宿は、町の中心部にはあるもののこじんまりとしていて、貴族様の宿というにはあまりに庶民じみたものだった。


 思い返してみると、オヤジと違ってアタシは貴族様とやらにお目にかかったことはなかった。どんな煌びやかな生活をしているのかと想像していたけれども、案外質素な生活を送っているのかもしれない。

 

 そんな取り留めのない考え事をしているうちに、前を行く三人は宿屋の中へと入って行ってしまった。アタシも慌ててその後をつける。


 どうやら伯爵様は宿の中でも数人泊まれそうな大部屋を、一人で貸し切っているらしい。そこはさすが貴族様、といったところだろうか。使用人に部屋の前まで案内されたオヤジたちに見つからないよう、距離をとりながらこっそりと宿の中を忍び足で歩いて行く。


「こちらに、エンミュール伯爵様がおられると伺ったんですがのう」


 扉の前にいるのは、護衛の兵だろうか。オヤジの風貌に怪訝な目を向けつつも、傭兵団の長と聞いて取り次ぎを行ってくれるようだった。


「伯爵様。依頼を見た傭兵団のものが、来ております。お通ししても良いでしょうか」

「構わない。通してくれ」


 部屋の中から聞こえてきたのは、存外若い男、いや青年の声だった。新しい伯爵様とオヤジは言っていたが、声を聞く限りアタシとそこまで変わらない年頃なんじゃないかと思ってしまう。


 三人が室内へと通されると、アタシは扉の前で聞き耳をたてることにした。幸いなことに、護衛兵も来客とともに部屋の中へと入って行く。


「テロルランドで傭兵団をやっております、ニクラスと申します」

「ああ、遠路はるばるご苦労だったろう。遠慮はいらない、かけてくれ」


 オヤジが改まった口調で話すのを聞くのは初めてだった。緊張しているのか、いつもの大声がやけにか細い。


「後ろのは傭兵団のもんでして、交渉やら、戦闘の指揮やらをやらしております。こっちがジャマル、そしてもう一人--」

「待て、お前、お前っ……。キーレ、キーレじゃないか! キーレだよな? 生きてたのか!」


 突然、若い伯爵様が興奮した調子で喋り出した。その相手は、消去法でセンジュ、なんだろうか。キーレという耳慣れない名前を呼ぶ、そのやけに親しげな口調にアタシも驚きを隠せない。


「覚えてないか? 俺だよ、ヨーゼフだよ! ほら、よく一緒にジゲンの特訓をしたろっ」

「ヨーゼフさぁ、久しぶりサッカブイでごわすなあ。よか青年ニセになりもしたの」

「お前、生きてたならどうして頼りの一つも寄こさなかった! 姉さんだって、ずっとずっと……。いや。良かったなあ、本当に。本当に、良かった……」


 最後の方はどこか涙まじりで、鼻を啜る音が扉の向こうから聞こえてくる。なんだかいけない会話を盗み聞きしてしまったようで、いたたまれなくなってしまった。


 それでも、好奇心の方が遥かに上なのは間違いない。伯爵様には申し訳ないが、もうしばらく扉の向こうに耳をすませることにする。


「しばらく傭兵ばしとっての。運よくこっまで来ることができもした」

「待て、こうしちゃいられない。すぐに姉さんに連絡しないと。伝令だな。早馬を出さなくては--」

「あのう。失礼ですが、伯爵様とサツマ殿は、お知り合い、なんで?」


 オヤジもなかなか状況が掴めないのか、困惑した調子で問いかけている。それじゃ、アタシも一番気になっている。まさかあのセンジュが伯爵様と面識があるなんて、信じられなかった。


「知り合いも何も、こいつは姉さん、俺のいとこの従者をしてたんだよ。士官学校にも一緒に通っていたんだ、な?」

「なんと……! サツマ殿、お前さん、なぜそれを言わん」

「……聞かれておらんもんには、答えようがなか」


 センジュの返答はいかにも歯切れが悪い。ここからは見えないけども、きっとバツの悪い顔をしているに違いなかった。


「積もる話は後ほどしていただくとして、依頼の件を進めていただけないでしょうか。伯爵様」

「あ、ああ。そうだったな。キーレ、あとでしばらく残ってもらうからな。で、今回の依頼なんだが--」


 冷ややかな言葉に落ち着きを取り戻したのか、話は事務的なものになってしまった。まったくジャマルのやつ、余計なことをしてくれる。


 どうやら今回の依頼とは、伯爵様の領地の奪還らしい。なんでも昨秋のリガリア軍の侵攻を受け、占領されたままになっているそうだ。傭兵団だけでなく西方都の軍勢も駆けつけて、大規模な奪還作戦をするとのことだった。


 オヤジは大戦さと聞いて緊張が解けたのか、いつもの大声に戻ってしまっている。それをジャマルがたしなめながら、傭兵団への依頼の説明は続いていった。


「で、傭兵団の諸君にもこの戦闘に参加してもらいたい。報酬は弾む」

「あいわかりました。ニクラス傭兵団、お力になりましょうぞ」

「オルレンラントからの軍勢が到着次第、行軍を開始する予定だ。追って使いの者を寄越すが、宿はどちらに」

「ここからは私が。もういいでしょう、親父殿。外のネズミをなんとかしてきてください」

「ネズミ?」

「いや、こちらの話です、伯爵様。お話をどうぞ」


 しまった、ジャマルにはとっくにバレていたらしい。


 失礼しましたのう、と扉を開けて出てきたオヤジは、逃げ出そうとしたアタシを見つけてなんとも困った顔をしている。


「なあアンジェ。気になるのはわかるがのう」


 あまり詮索せんでやれんか、と諭すような口調でアタシに語りかけるのだった。


 ◇


 ジャマルのお叱りを受けながら、アタシたちは伯爵様の宿の前でセンジュを待っている。積もる話があるのか、センジュはなかなか宿から出てこない。


「しかし、驚きましたね。サツマ殿がまさか伯爵様とお知り合いだとは」

「ワシもまったく聞いておらんかったよ。てっきり一兵士とばかり思っておったわい」

「ですが、どうします」

「どうします、とはなんじゃ」

「サツマ殿の処遇ですよ」


 貴族様の従者だということは、それはつまり傭兵団を抜けてしまうことを意味するわけで。オヤジもジャマルも、今となっては欠かせない人材になってしまったセンジュを、そうやすやすと手放したくはないのは分かっている。


「伯爵様が返せとおっしゃったら、返さないわけにはいかないでしょう」

「……。そう、じゃのう」


 もうセンジュと出会って、何ヶ月が経つだろうか。銃の操作を習ったり、一緒に戦いも経験した。野宿の度に、何度あの無愛想な顔と隣になっただろう。今はあのぶっきらぼうな異人がいないのが、ひどく物寂しい。


 センジュはまだ、宿から姿を現さなかった。

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