第七話 夜襲
「大将どん、大将どん。今日ん
「……! キーレか、入れ」
再び雨が降りしきる中、簡素な幕舎でバスティアン様は気難しそうに机に向かっていました。頬が痩け、眼光は鋭くとがり、普段の快活な印象はまったくありません。
「ゲルトのことは、残念だった」
「あれは、おいの慢心が故じゃ。もう、繰り返しもさん」
バスティアン様も沈痛な表情を浮かべています。
「そうか……。ところで、報告があると言ったな。話せ」
「うむ。あん兵器は、おいが国では種子島とば呼んじょりもす」
「タネガシマ、か」
「間合いは、三百歩ほどにごわ。離れておれば、そうそう当たらん」
「弓以上、魔法未満の射程というところだな」
「威力ば、ご覧じた通りじゃ。当たれば、やられもす。あと、
キーレの新兵器の説明を、バスティアン様は苦虫を噛み潰したような顔で聞いていました。
「……。何か欠点は、ないのか」
「続けて放つんは、
「なるほど。対策は」
「大楯ば持っちょる兵は、そいでよか。ないんは、枝ば束ねて、弾除けにばしもす」
「わかった。報告、ご苦労だった」
キーレは、リガリア軍の新兵器について随分と詳しいようでした。そういえば、初めて遺跡で出会った時の彼には豆粒大の貫通傷がありましたが、あれはこの兵器で受けたものだったのでしょうか。キーレのいる異国の技術は、プロシアントよりもだいぶ進んでいるようです。こと、戦闘面に関しては。
報告を聞いて何か考え事をしているバスティアン様に、キーレはまだ何か伝えたいことがあるようでした。
「大将どん。夜襲ば、させてほしか」
「……! 夜襲、か」
「勝算ば、ありもす。この雨と霧じゃ。種子島ば、使えん」
「確かそう、言っていたな」
「そいに、敵ば、油断しちょる。
「……」
「今ば、攻め時ぞ」
キーレの瞳が、静かに燃えています。もう、敵を倒すことしか、戦闘に勝つことしか考えていない、そんな瞳です。
バスティアン様はしばらく目を閉じて考えた後、こう、指令を下しました。
「伝令、騎兵部隊と歩兵小隊二つを準備させろ。至急だ。それと、魔法部隊からローターを呼んでこい。騎兵に入れる」
「はっ、直ちに」
「キーレ、騎兵部隊はお前が見ろ。ゲルトの後を任せる」
「光栄じゃ。
こうして、ガラル砦での戦いの戦況を大きく変えることになる、雨中の夜襲が始まったのでした。
◇ ◇ ◇
キーレは松明の明かりを背に、黙って虚空を見つめています。闇夜の中、人影が一つゆらゆらと炎に揺れていました。集まった兵たちも、何かを感じ取ったように、静寂を守っています。
集まった兵は、合わせて千に満たないほどでしょうか。先ほどの戦いで手痛い敗北を喫した騎兵部隊も、馬首を揃えています。
「これより、敵軍に夜襲ば、かける」
「あん新兵器は、雨で使えん。臆すな」
「奴らは、
「新兵器があれば、奪えい。火薬があれば、燃やせい」
「ゲルトさぁの弔い合戦じゃ。気張れい!」
集合した兵たちの目が、らんらんと燃え始めていました。まるで、炎を背にしたキーレの魂が乗り移ったよう。先刻あれほど手痛い敗北をくらったというのに、その気配をまったく感じさせません。
「目ばよいやつは、おるかの」
「はっ、自分は、夜目が効きます」
「よし、おんしが先導じゃ。皆、馬に板を噛ませい。音を立てっな」
「キーレ、私は何をすればいいだろうか」
「ローターさぁ、でごわしたの。敵陣に火ば、着けてたもんせ。糧食や火薬ばあれば、なお良か」
「了解した。期待していてくれ」
「では、参るか。皆、駆けるぞ、蹂躙せい!」
雨中、馬蹄と衣擦れの音だけが静かに響きわたりました。
◇
キーレたちが砦を出てから、数十分が経ったでしょうか。
わたしは、バスティアン様と幕舎から地平の彼方を眺めていました。雨で遠くは見えませんが、そこには敵の陣地があるはずです。
鬨の声が敵陣から聞こえました。そして、ぼうっと遥か彼方で炎が上がるのが見えます。一つ、また一つと炎は大きくなっていきます。
わたしたちがその光景の意味を理解したのは、伝令の兵士が慌てて駆け込んで来てからでした。
「バスティアン侯爵代理、やりました! 奇襲に成功、敵軍は混乱して潰走しています!」
「やったか! よくぞ、よくぞっ……!」
「はい、追って詳細な報告が届くはずです」
「わかった、下がっていいぞ」
「はっ、失礼します」
伝令の兵士が去っていった後、バスティアン様は拳を握りしめて、力強く引き寄せました。わたしがいることに今更気付いたのか、慌てて冷静な様子を取り繕っています。
「これで明日から、戦闘はぐっと有利になるはずだ」
「はい、そう思います」
「キーレは、本当によくやってくれた」
「そう、ですね。本当によくやってくれています」
「あまり、驚いていないようだが」
「どちらかというと、無事に帰って来てくれる安心の方が強くて。それに、彼ならこれぐらいはやってくれそうな気がしていたのです」
「これぐらい、ときたか。今回の奇襲は武功第一勲ものなのだがな。さて、俺たちも英雄たちを出迎える準備にかかるとするか」
まだ興奮の収まらないバスティアン様としばらく談笑しているうちに、続々と兵士たちが帰還して来ました。
◇
「キーレ、ローター、よくやってくれた」
「ローターさぁは、強かのう。杖と槍とば、ああも器用に使いこなすとは、たまげもした」
「いや、これしきのこと。兵たちもよく戦ってくれました」
「これで戦況は大きくこちら側に傾くはずだ。あとはオルレンラントからの援軍が来れば、まず守り抜ける」
「はい、リガリア軍もこれでしばらくは攻勢に出れないでしょう」
戦勝に湧く幕舎に、また一人伝令が駆け込んできます。
「バスティアン様、よろしいでしょうか。鹵獲した敵方の新兵器をお持ちしました」
「おお、でかした! ここに持って来い。すぐ、見たい」
「これが、話に聞いていたリガリアの新兵器ですか」
「なんとも不思議な形状だな。キーレ、説明を頼む」
「む。承知じゃ」
それから主だった隊長たちを集め、キーレを囲んで新兵器の解説が始まりました。わたしもこっそりと、幕舎の隅で聞き耳を立てています。
「ここに火薬ば入れもす。そいから、弾をば棒で詰めての」
「ほう。随分と手間がかかるな」
「火縄に火ば点けて、頃合いを見てこの引き金をば、こう」
「なるほど。これなら訓練すれば、誰でも使えそうだ」
「しかし若。火薬に火縄に弾にと、色々と物がいりようですぜ」
「確かに、こいつはとんだ金食い虫かもしれん」
「新兵器の備品らしきものを鹵獲した兵がいたはずですので、探させてみましょうか」
「頼む、男爵」
「まったく、こんなのが出回ってしまえば、弓兵は商売上がったりでさあ」
もう自分は弓が引けませんがね、とギドさんはおどけてみせますが、バスティアン様はそれを寂しそうに見つめています。
「ここでこの新兵器を手に入れられたのは大きいぞ。急ぎアルレーンでも開発させよう。早く、父上に伝えねばな」
「……」
「一つは帝都に献上することにする。フランツ殿、こちらを差し上げよう。貴殿の手柄にしておくといい」
「……! わかって、いらしたのですか」
「こう見えて、宮廷の政治闘争は経験済みでね。心配召されるな。アルレーンで新兵器を独占するつもりはない」
「……ご配慮、感謝いたします」
「流民のお目付けに、戦場での間諜にと、貴殿も大変だな。同情するよ」
戦勝に湧く兵たちの中、何やらきな臭い二人の会話を聞きながら、わたしはバスティアン様の幕舎を後にしたのでした。
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