第七話 常在戦場
「おい、そこの蛮族! さっきはよくも恥をかかせてくれたな」
「卑怯な戦法を使いやがって」
合同訓練の終了後、生徒たちが何やら揉めているようです。気になって覗いて見ると、因縁をつけられているのはキーレでした。
怒り心頭とばかりに叫んでいるのは、煌びやかな服装から察するに帝都貴族のご子息なのでしょうか。その横に控えている従者は、先ほどキーレに倒されていた兵士のようです。複数の取り巻きを従えて、口々に挑発的な言葉をぶつけています。
一方のキーレはどこ吹く風、といった調子で無視を決め込んでいますが、そんなキーレを彼らは取り囲んで離そうとしません。流石に止めに入らないと騒動になってしまいそうです。
「申し訳ありません、この少年はわたしの従者です。何か不始末があったのであれば--」
「うるさい、辺境の田舎娘の謝罪なんぞいらないんだよ」
「それでも何か、ご奉仕でもしてくれるってか?」
ぞっと、その場の空気が凍りつくような気配がしました。キーレが後ろから、殺気だった目を向けています。
「わかりもした。喧嘩ば、売っておられるのじゃな」
◇
その一言を皮切りに、取り巻きたちがまた騒ぎ始めました。決闘だ、決闘だと捲し立て、キーレを逃さないように輪を作り始めます。
「キーレ、やめなさい。こんなところで騒ぎを起こしては--」
「まあマリアンヌ。やらせてあげたまえ。決闘の真似事なんて珍しいことじゃない」
「バスティアン様、見てないで止めてあげてください。魔法科と決闘だなんて、大怪我なんてしたら大変です」
「その心配はないと思うがね。なあ、ギド」
「はい、若。お言葉ですがマリア=アンヌ嬢。あいつ、かなりできますよ」
わたしの懇願も虚しく、この場を納められそうな二人までキーレをけしかけるつもりのようです。
「よし、決闘となれば、俺に仕切らせてもらおうか」
バスティアン様はずかずかと取り巻きの輪に入っていき、場をまとめ上げてしまいました。アルレーン地方を取り仕切る侯爵家のご子息となれば、帝都の貴族子弟であっても難癖をつけられません。
そして彼に言われるがまま、訓練場で決闘の舞台が整えられてしまいました。
「あんまりです、バスティアン様。どうしてこんなことを」
「実際に俺はキーレとやらの戦う姿を見たことがないからな。半分はお手並み拝見と言ったところか」
「半分、ですか?」
「あとは、帝都のボンボンの鼻っ柱が折られるところを見てやろうと思ってね」
そう言って、見届け人と称して二人の間へと去っていってしまいました。
◇
「我が名はフェルディナンド=シュタイナー! 帝国貴族の名にかけて、堂々たる決闘を所望する!」
杖を掲げ堂々と名乗りを挙げる相手に対して、キーレはどこか冷ややかです。
「まるで源平の合戦じゃな…」
ボソボソと呟いたかと思うと、学校中に響き渡るような大声で叫びました。
「薩摩が
決闘が、始まってしまいました。杖を向けるお相手に対して、キーレは訓練用の木剣を高々と右頬に構える、あの独特な構えをしています。
お相手の杖は訓練用で増幅機がないため威力こそ出ませんが、連射がききます。普通であれば攻撃魔法の弾幕の前に、歩兵は逃げ回るしかできないのですが--。
「
そう、普通の歩兵であれば。
当たれば火傷は免れないであろう魔法の弾幕の中を、キーレは顔色一つ変えず突っ込んでいきました。体を掠めた火球がいくつも裂傷を作りますが、意にも介さずどんどん距離を縮めていきます。
五十歩、三十歩、と両者を隔てる距離が短くなっていくにつれ、お相手の動揺が見て取れました。
「キィエエエエエエィィーーーッ!」
数歩の間合いから絶叫とともにキーレが剣を振り下ろそうとした瞬間、お相手は咄嗟に後ろに飛び退がって防御の姿勢をとりました。
そして--。
「
瞬時に展開された魔法障壁の前に、キーレの木剣は根本からボキリと折れてしまいました。
たとえ傲慢であっても、そこは選ばれた帝国貴族の子弟。そして訓練を受けた魔法兵です。さすがに木剣では強度が足りなかったようです。
しかし。誰もが決着を信じたその刹那。
キーレは躊躇わず魔法障壁を掻い潜ると、勝利の笑みを浮かべたお相手の足を払い上げ、その勢いのままに組み伏せて折れた木剣を首元に突きつけたのでした。
見届け人のバスティアン様も唖然としている中、カラン、と折れた木剣の先が地面に落ちる音が響きます。
「ふん。終いじゃの」
『サツマ』の名が、学校中に轟いた瞬間でした。
◇
「この勝負、キーレ=サツマの勝利とする!」
「うわあああーー!」
「あのちっこいの、やりやがった!」
「魔法科に剣で勝つなんて信じられねえ!」
「にしても何だあの剣術、見たことないぞ!」
大歓声とともに、キーレの元に大勢の生徒が群がってきます。敗れたお相手の取り巻きたちは、呆気にとられたようにそれを黙って眺めていました。
しかし当のキーレはどこかつまらなさそうにしたまま、すたすたと訓練場を後にしていきました。
「ね、言ったでしょう」
ギドさんがわたしに上機嫌でウインクしてきます。
「ですが正直なところ、ここまでやるたあ思ってもみませんでした。いい従者を捕まえましたねえ」
賭けておけば儲かったろうになあ、と楽しそうに語るギドさんの声もそぞろに、わたしはこの、安堵と興奮が入り混ざった奇妙な感情を胸に、呆然と立ち尽くしていたのでした。
◇
西方寮に帰ると、談話室はお祭り騒ぎでした。
これまでキーレを遠巻きにしているだけだった寮生たちが、英雄を出迎えるように彼を待っていたのです。
アルレーンでは身分はもとより、強い者を尊重する傾向があります。戦闘で武勲を挙げたものは平民であっても傭兵であっても讃えられるという、なんとも荒っぽい風土なのです。
彼らがこうしてキーレを歓待しているのは、彼の強さが認められたということ。そして、いつも威張り散らしている帝都貴族の子弟に一泡吹かせた、というのが彼らを一層爽快にさせているのでしょう。
「おい、サツマ。今日は特別だ。こいつをくれてやるよ」
どこに隠してあったのか、葡萄酒を注いでやるものまでいます。
止める間もなく、キーレはぐいっと一息でそれを飲み干してしまいました。
「ほう、変わった酒じゃの」
「お前いける口だなあ! ほれもう一杯」
「うむ、かたじけのう、ごわす」
その一杯を皮切りに、談話室は宴会場へと一変してしまいました。
「それよりよお、あの剣術はどこで習ったんだ?」
「そうだ、盾もなしに突っ込むとか正気じゃないぜ」
「おいは、
「ほー。ジゲンっつうのか」
「他んもんは、
キーレも珍しく顔を赤らめて饒舌になっています。
「薩摩じゃ、あの程度、自慢にもなりもさん」
「お前みたいなバケモンがごろごろいるってか、冗談みたいな国だなあ」
「薩摩の
どんちゃん騒ぎは夜遅くまで続きました。遺跡の出会いからずっと一人でいたキーレに何か居場所ができたようで、わたしも少しクリスとはしゃいでしまいました。
「……よかったですね、キーレ」
そういえば、飲みなれていたようですが、キーレはいったいいくつなのでしょう。まだまだ彼のことは、知らないことだらけです。
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