第九話 三寮対抗合同試合
早いもので、学校に戻ってから一ヶ月ほどが経ちました。士官学校では、毎年恒例となる寮対抗の合同試合の日が近づいています。
合同試合は魔法兵と一般兵が陣形を組み、騎兵まで揃えてぶつかり合うもので、実戦さながらです。もちろん、武器と防具は訓練用のものを使用するのですが。
毎年多くの怪我人が出るほど白熱することでも有名で、血気盛んなものは鼻息荒く、荒事が苦手なものはぶつくさと文句を言いながら各寮訓練に励んでいます。
三寮対抗とは言うものの、勝つのは決まって帝都寮になっており、今年もアルレーン西方寮の面々は雪辱に燃えているのでした。
「ようやく
といっても模擬戦なのですが、キーレは随分と張り切っているようです。
「そろそろ西方寮でも、放課後に合同訓練をするようになると思いますよ」
待ちきれない、といった表情のキーレを連れて、わたしは授業へと向かうことにしました。
◇
アルレーン地方の強みは迅速強靭な騎兵です。そしてその伝統は、ここ西方寮の学生たちにも色濃く受け継がれています。
「キーレ、お前は騎兵だな。ゲルトの部隊に入れ」
そして今回の合同試合の総大将役はバスティアン様です。家格や経験からみても妥当な人選でしょう。
「ゲルトさぁ、でごわすか」
「引き合わせてやる。面識はあるはずだがな」
そういって連れて来たのは、いつぞやの葡萄酒をキーレに振舞った筋骨隆々の大男でした。
「ゲルト=フォルクランだ、改めてよろしく頼む」
「ああ、おんしがゲルトさぁでごわしたか、よろしく頼みもそ」
「ゲルトは強いぞ。何せ武勇で鳴らしたフォルクラン家の出だからな。戦場にも何度も出たことがある」
「そいは頼もしゅうごわすなあ」
キーレは戦の話題と聞いて、どこか楽しそうです。
「キーレ、といったな。お前、騎兵での戦闘経験はあるのか」
「ほどほどにごわ」
「ほう。ようし、来い。馬を選んでやる」
「む。ここん
「そうだろう、そうだろう。アルレーンの騎馬はいいぞお」
ゲルトさんとキーレは何度か言葉を交わしながら、仲良さげに厩舎へと向かって行きました。
◇
「それでは一斉に、放て!」
号令とともに、幾つもの火球が放たれました。魔法兵は防御の歩兵に守られるように陣形を組んで、攻撃魔法の訓練です。
「マリア=アンヌ嬢もなかなかやりますねえ」
「あら、ギドさん。ギドさんは防御兵なのですね」
「合同試合は弓が使えませんからねえ。まあ、精一杯お守りしまさあ」
まだ魔法の訓練が十分でない下級生は、防御魔法の担当です。クリスの指導のもと、一生懸命に魔法障壁を展開しています。
その横では騎兵部隊が突撃の練習をしていました。キーレも槍を片手に、労せず付いて行っているようです。
「十歩先で反転、遅れるな」
「そこ、ちんたら回ってるんじゃない! 戦場じゃいい的だぞ!」
「しがみついてるだけじゃただの人形だ、槍をふるえ、槍を!」
魔法部隊よりも随分と苛烈な指導ですが、こういった訓練が一糸乱れぬ統率に繋がっていくのでしょう。
◇ ◇ ◇
数日間の訓練を終え、いよいよ合同試合の日を迎えることになりました。学生の保護者も多く観戦に訪れ、出店も並ぶ学校はさながらお祭りのような雰囲気です。
父も観に来ているかと期待しましたが、西方寮からの参観は残念ながら一人としていないようでした。
初戦の相手は、帝都寮です。豪華な魔法部隊を揃え、強力な魔法攻撃を得意としています。
毎年魔法の物量で押し負けてしまっているのですが、バスティアン様が目の色を変えて寮生たちを仕込んでいたことですし、今回は何とか善戦したいものです。
「大将どん、大将どん」
「キーレか、どうした」
キーレはバスティアン様に何か質問があるようでした。
「向こうの大将は、どこにごわすか」
「歩兵の陣の奥に、魔法部隊がいるだろう。そこに翻っている旗が大将旗だな」
「そいなら、あそこを陥せばようごわすな」
「それがなかなか難しい。まあ、制限時間内で優勢をもぎ取るのが目標だな」
合同試合で時間内に決着がつくことは、まずありません。弓が使えないため、歩兵部隊を厳重に組めばそうそう陣形が崩れないからです。そのため、魔法攻撃の質と量が戦況を左右しますが、それはわたしたち西方寮の苦手とするところでした。
◇
ドォン、という号砲を合図に第一試合が始まりました。
両陣営とも中央深部に魔法部隊を置き、その前方に歩兵の防御部隊を何層にも配置。最前列は横に広がった歩兵部隊と両端の騎兵部隊が、翼を広げるように布陣しています。
「
さっそく帝都寮自慢の魔法攻撃が火を噴きました。こちらも魔法兵の質では負けていないのですが、圧倒的な量に防戦一方です。わたしも攻撃魔法を放つ余裕がなく、魔法障壁を展開して持ち堪えています。
「チッ、予想より
西方寮自慢の騎兵部隊も、長槍を携えた前衛を前に突撃をためらっているようです。帝都寮もきっちりこちらの対策を練ってきたということでしょうか。
しばらく膠着状態が続いていますが、こうなると魔法攻撃で押し切られるのは時間の問題かもしれません。
「ゲルトさぁ、ゲルトさぁ」
「なんだ、キーレ」
「あん左から三番目の隊んとこ、新兵じゃな」
「……。なぜわかる」
「気組が、感じられなか。怯えとる」
「釣り出せるか」
「無論じゃ。二、三騎借りても、ようごわすか」
「ようし、やれ。俺は敵騎兵を足止めしておく」
左翼から、騎兵が数騎、飛び出してきました。そしてそのまま敵陣に突っ込み、長槍の餌食になるかという瀬戸際で、華麗に反転し戻って行きます。
何度かそれを繰り返したことで、誘いをかけられた敵部隊が業を煮やして前に出て来ました。
するとその機を逃さず、左翼に残っていた騎兵部隊が、突出した敵隊の横を獲物を解体するかのように切り裂いていきます。
分断された敵歩兵部隊が混乱しているのが遠目にもわかりました。
「よし、崩したか。歩兵部隊、前線を押し上げろ」
バスティアン様が嬉しそうに指示を飛ばす中、勢いに乗った西方寮の歩兵部隊が、次から次へと帝都寮の部隊に襲いかかっていきます。
「俺も出る、ギド、指揮は任せたっ」
「承知でさあ」
そう言って護衛の騎兵を引き連れて、飛び出して行ってしまいました。大将が討たれても負けなのですが、飛んだ猪武者の配下になってしまったものです。
バスティアン様の部隊まで前線に突入してしまったことで、戦況は合同試合始まって以来の乱戦になってしまいました。こう敵味方入り乱れてしまうと、魔法攻撃は使えません。横でギドさんもうずうずとしているのが伝わってきます。
そんな中、左翼から後方に抜け出した騎兵が一騎、敵本陣に突入していくのが見えました。
護衛の親衛隊を突き崩し、馬を乗り捨て大将旗の元にたどり着いたかと思うと、木剣を振り上げ、そして--。
「大将旗ば、獲ったどっ」
試合終了を告げる号砲が二度、三度と鳴り響いたのでした。
◇
その夜、西方寮は狂気の渦と化していました。もう誰も、お酒を出すのを隠そうとしません。
「よくやったキーレ、ほれ、飲め飲め」
「大将どん自ら注いでいただけるとは、光栄でごわ」
「ようし、俺からも一杯くれてやる」
「ゲルト、お前もよくやった。見事な突撃だったぞ」
「ちっとはフォルクラン家の武勇を見せられましたかね」
ガハハ、と笑うゲルトさんにキーレはもみくちゃにされています。
「少年もすっかり人気者ねー」
「今日は大活躍でしたから」
「そうねー、そのうち女の子にも言い寄られちゃったりして」
確かにああまで目立ってしまうと、関心を持つ人は多そうです。ですが、まだ幼い彼を誰が相手にするのでしょうか。
「あはは、そうふくれないの。あの子は姫様にぞっこんみたいだし」
そんな、冗談漂う雰囲気の中。
「急報、急報です。バスティアン=オルレンラント様はおられますか」
「バスティアンは、俺だが」
「リガリア王国がプロシアント帝国に宣戦布告、アルレーン地方に侵攻中とのことです!」
不穏な一報が、飛び込んできたのでした。
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