第三話 砦へ
翌朝。わたしたちは宿場町アムマインを後にし、バスティアン様の指示に従ってガラル砦へと足を進めることになりました。
フィリップさんが声をかけていた、町にたむろしていたエンミュールの兵が合流したため、既に二百人を超える大所帯となっています。加えてゲルトさんが交渉している傭兵隊も参加するとなれば、中隊規模の行軍となりそうでした。
軍隊としての体裁が整ってきた一行の中、わたしはというと、泣き腫らした顔を懸命に隠しながら馬を進めていました。隣ではキーレがいつものようにわたしと並走してくれています。
「キーレ、キーレはいるか」
前方から、バスティアン様の大声が聞こえてきました。
キーレがこちらを見てきたので、行っていいですよ、と声をかけると、あっという間に馬を飛ばして行軍の最前列へと駆けて行きました。
それからしばらく馬を走らせていると、キーレが戻ってきました。片手に遺跡で出会った時に携えていた、例の長剣を抱えています。
「大将どんから、
これがあると落ち着きもすなあ、とひどく上機嫌です。
「おい、サツマ殿。ちょっとその剣、見せてくれないか」
「おお、異国の剣ってのを俺も見てみたい。いいかな、サツマ殿」
周りの兵士たちも、不思議な形状の長剣に興味津々のようです。キーレも気分が良いのか、自慢げに剣を抜いて見せてやっています。後で、腰に下げられるようにベルトでも用意してあげようかと思います。
そういえばキーレは、兵士からはサツマ、サツマと呼ばれるようになりました。兵士たちとの顔合わせの際、大声で例の決闘での名乗り口上をやってのけたからです。
◇
今晩は街道沿いで野営をすることになりました。女性はわたし一人なので、バスティアン様から特別にテントを用意してもらえました。テントの前では、頼もしい小さな護衛が、例の長剣を抱き寄せながら目を光らせています。
「おお、ゲルトさぁ、お帰りでごわすか」
「ようキーレ。傭兵どもを集めてきたぜ」
どうやらゲルトさんは、傭兵隊との交渉を上手くまとめてきたようです。テントの前をざわざわと人の通り過ぎる音がします。
「見てくれはあれだが、気のいい奴らだ。仲良くやれよ」
「それは頼もしゅうごわすなあ」
「こいつはキーレ。何やら遠国のサツマとやらの出らしい。体は小さいが腕は保証するぞ」
「サツマ殿、ワシはこの傭兵の隊長をしとります、ニクラスといいます」
「ニクラスさぁ、でごわすか。よろしく頼んもす」
「してサツマ殿、その手に抱えてある剣は、なんですかいな。随分珍しい形をしとりますが」
「それは俺も気になっていた。キーレ、触ってもいいか?」
「よう、ごわす。そいは
上機嫌で話すキーレの声を聞いているうちに、わたしはいつのまにか眠りに落ちていました。
◇ ◇ ◇
ガラル砦は、オルレンラントからは南西にあります。行軍を進める道中でエンミュールから撤退してきた兵士たちを吸収しながら、わたしたちはひたすらに歩みを進めていました。
「バスティアン様。偵察兵が、ガラル砦を確認したようです」
「そうか、様子は?」
「敵兵の姿はなし。未だ戦闘状態には入っていないかと思われます」
「よし。なんとか、間に合ったか」
バスティアン様が安堵のため息を漏らします。ですが、戦闘状態に入っていないからといって、安心しているわけにはいかないのでした。戦いは今すぐにでも始まってしまうかもしれないのです。
ガラル砦は、西方都オルレンラントの備えと言うだけあって、その構えは厳重なものでした。高峻な山を背後に高台に築かれたこの砦は、そう易々とは落ちないであろう安心感を兵たちに与えてくれます。
加えて、前面には幾重にも深い掘が張り巡らされ、その前には土塀が積まれています。ここを進撃するには、大層骨が折れることでしょう。弓兵のための陣地はもちろん、魔法兵用の砲台らしきものまで各所に備えつけてありました。
少しばかり安堵した気分で砦に入ったわたしたちを迎えたのは、緊張した様子の、慌ただしく働く兵士たちでした。武具を運搬する者、防柵を拵える者、所狭しと走り回る伝令。まだ戦火は開かれていないというのに、いやがおうにも戦場の空気というものを感じられます。
わたしたち士官学校の一行が向かうのは、その砦の最深部にある幕舎です。バスティアン様に連れられるがまま、わたしたちは砦の奥へ奥へと歩みを進めていきました。
幕舎では、砦の防御を命じられたであろう貴族の方が、わたしたちを出迎えてくれていました。危急の事態に出払っているのか、警護の兵も数人しか配置されていません。
「俺に、指揮をとれというのか」
「はい。他に適任はおられません」
開口一番、バスティアン様に突きつけられたのは指揮官への就任要請でした。
「オルレンラントから、誰かしら派遣されているはずでは」
「おりますが、侯爵家の代行印を持つあなた様が第一位となります」
「チッ。父上は何を考えておられるのだ……。わかった、仕方ない。隊長らを集めてくれ」
「承知しました。伝令を走らせます」
予想外の事態に、流石のバスティアン様も悪態をつきます。皆、指揮官不在という事実に不安を隠せません。
「代行印をせしめたのが仇となるとはな。皮肉なもんだ、ギド」
「ええ。エンミュールが堕ちるとは、侯爵様も予想だにしてなかったでしょうからねえ」
「そして俺たちがここに来ることも、か」
「まあ、若なら上手くやれますよ。というより、やってくれなくては困ります」
◇
そうこうしている内に、砦の隊長たちでしょうか、軍服の兵士たちが集結してきました。どなたも、緊張した表情を浮かべています。
「バスティアン=オルレンラント侯爵代行様。隊長たちを連れて参りました」
「バスティアンでいい。ここの指揮は君がとっていたのか」
「はっ。マルク=ギーセンベルクであります」
「ギーセンベルク。確か、男爵位をお持ちだったな。男爵、現状を教えてくれ」
砦の守備をしていたであろう男爵が、落ち着いた口調で説明を始めます。
「我が部隊は、歩兵大隊一つ、騎兵中隊一つ、魔法小隊一つであります。総勢四千と少しといったところでしょうか」
「俺たちの軍を合わせれば四千五百ほどか、承知した。砦の整備はどうなっている」
「開戦が伝えられてから、急ぎで作業を進めております。今日中には、防柵の整備が完了するかと」
「食料は、どれぐらい持つか」
「潤沢とは言わないまでも、兵糧はあります。四千であれば、ひと月は」
「承知した。ここにいるのは、士官学校の貴族子弟だ。皆、実戦の経験もある。それぞれ隊を率いらせたいが、構わんな」
「それは願ったり叶ったりです。ここにいるのは経験の浅い新兵ばかりですので」
「砦の地図が見たい。用意できるか」
現状をつぶさに把握した後、バスティアン様はテキパキと配置を指示して行きました。そして、わたしたちにも部隊への配属命令を出していきます。
ゲルトさん、ローターさんはそれぞれ騎兵部隊、魔法部隊の隊長に。フィリップさんは歩兵小隊を、ギドさんは弓隊を率いることになりました。
そしてわたしには、医療部隊での勤務が命ぜられました。医療部隊には女性も多いので、配慮して下さったのでしょう。
そして最後に、バスティアン様は一言だけ、付け加えました。
「それからキーレをゲルトのもとにつける。いいな、マリアンヌ」
「待ってください、それは--」
「異論は許さん。出発の際、俺の指示には必ず従ってもらうと、言ったはずだ」
それは、キーレがわたしの側を離れてしまうということを、意味していたのです。
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