第12話 ずるいよ…

「宮沢っ大丈夫かっ!?」



「リンドウさんっ!!」



 本当に来てくれた!



 僕は思わずリンドウの身体にしがみ付いてしまう。



 急いで来てくれたのかリンドウさんの息は上がっており、全体的に雨でびしょ濡れだった。



 自慢のホワイトブロンドの髪も今はベタッと額や頬に張り付いてしまっている。 



 リンドウさんは『もう大丈夫だ』と言うように僕の肩をポンポンと数回叩いてくれた。安心感からか僕の視界がベールに包まれたように徐々に歪んでいく。



 リンドウさんは前に出て、二人から僕を庇うような立ち位置になった。



「ねぇちゃん誰だネ?まさかこのお兄さんの彼女ネ?」



「まじ?でも彼氏泣かせる奴とか普通に彼女クソ失格じゃねw?」



 二人はポケットに手を突っ込み、ニヤニヤと挑発的な態度でガンを飛ばしていた。



 一方、リンドウさんはさっきまでとは別人になったみたいに怖い顔をしていた。



「…泣いてたのか。宮沢を怖がらせやがって、てめぇら覚悟しろや。」



 ドスの効いた声を発したリンドウさんは羽織っていた紫のスカジャンを決闘を申し込む騎士のように投げ捨てた。



 中からは女性的な丸みはほどほどに、よく引き締まった黒色のタンクトップ姿が露出した。場違いにも朱里ちゃんと少し似ているその筋肉質な両腕にドキドキしてしまう。



「うちらとやるのネ?…言っとくけど私ら強いネ。」



「彼氏の前だからってカッコつけちゃってさw…クッソボコボコにして、てめぇの男目の前で犯してやるwww」



 二人も同様に上衣をその場で脱ぎ捨て、仁王立ちするリンドウさんに対してニヤニヤしながら挟み撃ちの陣形で徐々に距離を詰めていった。



 一触即発の空気が辺りを漂う。ハラハラして僕は胃が痛くなってきたが、意外にも決着はあっさりとつく事となった。



「あへ?…おっおいお姉っ。あれっ!クッソ見ろっ!」



「なぁにネ、妹。今からヤルって時に……あっ」



「え」



 二人と同様に僕もリンドウさんのある一部に目を奪われていた。



 なんとリンドウさんの上腕から前腕にかけて虎のタトゥーが刻まれていたのだ。



「ヒィッ…ややや、クザネっ」



「くっ、そ…まじもん、かよ」



 二人が怯んだ隙を逃さず、リンドウさんはズカズカ容赦なく距離を詰めていき、約百七十五センチオーバーの高身長から二人を見下ろし睨み付けた。



「失せろ。あいつはおれ……だ。もう金輪際……いいな?…わかったら返事しろやァッ!」



「ひぃぃぃぃ怖いネェェェェェエエエッ」



「くっそすみませんでしたぁぁぁぁあああっ」



 雨音のせいで上手く聞こえなかったけど、リンドウさんが何かを囁いた後、すくみ上がった二人は背中を見せ大慌てで敵前逃亡をかましていった。あまりに情けない幕引きだった。



「チッ、根性なしが。一昨日きやがれってんだ」



 リンドウさんは二人が去っていった方向を油断なく数十秒間睨んでいた。



「っと宮沢大丈夫か?怖かったよな?ごめんな」


 

 ハッとした様子でリンドウさんがこちらに謝ってくる。



「ううん、大丈夫だよ。えっと…」



「あー…一応これタトゥーシールな。カッコいいなと思ってつけてんだ」



「あ、そうなんだ」



 僕の困惑が表情に出ていたのか、リンドウさんがちゃんと説明してくれた。虎のタトゥーは迫力があって先ほどのような好戦的な一面も持つリンドウさんに良く似合ってるなと思った。



「はい、これ」



「おう、さんきゅな」



 地面に落ちていたびしょ濡れのスカジャンを拾い上げてリンドウさんに手渡した。手でポンポン払ったけど汚れが目立つ。



「ごめんね、僕のせいで…」



 そもそも僕が隙を見せなければ、あの二人から絡まれることはなかっただろう。



 リンドウさんに迷惑かけちゃったな…



「っ」



 その時、スッとリンドウさんの手が伸びてきたので僕は反射的にぎゅっと目を瞑った。



 以前、朱里ちゃんとも似たような事があった。休日デートをしている際、朱里ちゃんがお手洗いで席を外していた時、僕は二人組のしつこい女たちに声をかけられた。



 ギリギリの所で戻ってきた朱里ちゃんの手によって助けられたが、その夜、ホテルで朱里ちゃんに「なんでナンパなんてされてるんだよォッ!もっと注意しろやァッ!」と叱られ身体で学ばせてもらった。



「?」



 だから今回もそうなるとばかり思っていたが、リンドウさんは僕の頭を優しくサラサラと撫でてくるだけだった。つい不思議そうな顔で見つめてしまう。



「…あの、リンドウさん?」



「…あっ、すまんっ。つい。嫌だったよな?」



「別に大丈夫だけど…」



 朱里ちゃん以外に触られたというのに不快感は感じられなかったな…



 「……」



 黙ってまじまじ顔を見つめていると、リンドウさんは僕が弁明を求めていると勘違いしたのか早口で説明してくれた。



「お前が暗い顔してたから…俺小さい頃元気ない時とかはよく親にこうやって撫でてもらって元気付けられてた。だから宮沢も元気になれればと思って…」



 リンドウさんはもう一度「すまん」と頭を下げてくれた。



 この人は本当に…



「僕のこと怒らないの?」



「は?」



「僕のせいでリンドウさんは危ない目に遭ったんだよ?なんで怒らないの?…リンドウさんは少しおかしいよ」



「…そうか?でもさ一番怖い思いをしたのはお前だろ?そんな奴に怒るも何もあるかよ。そりゃ気をつけろって小言くらいは言いたいけどよ。でもそんなことよりも、」



「?」



「一番はお前が無事で何よりってことだし、俺が来るまで一人でよく頑張ったなって思った。」



 屋上で一度見せたリンドウさんの明るく照らしてくれるような温かい笑顔。



「っ…ずるいよっ」



 僕はまた知らずの内に涙を流す。



「おっ、おいっ、どうした!?」



「う、ううっ」



 大慌てな様子のリンドウさんが僕の肩を掴み、覗き込んでくる。「俺なんかまずったかっ?」や「ごめん、ごめんなっ!」ととにかく動揺しまくっていて。



「ぅ、ふふ、ううっ…」



 さっき守ってくれた時は凄くカッコよかったのに、それと今とのギャップがなんだかおかしくて涙は出ているのに、思わず笑ってしまう。



「え。な、なんで?泣いたかと思えば笑ってる?…どういうことだ?男ってわからん」



 リンドウさんは頭を抱えて、難しそうな顔をしていた。



「はぁ…でもまぁ。宮沢が元気出たならよかった」



 目の縁から零れ落ちそうになる涙の滴をリンドウさんはそっと指で拭ってくれた。



 僕はそのリンドウさんの少しゴツゴツした大きな手を両手で優しく包み込み、自らの頬に押し当てる。



「リンドウさん…」



「ん?」



「ありがとね、助けてくれて…」



「…おぅ」



 目を瞑りリンドウさんの手の温かさを感じる。



 そうしていると、リンドウさんは上衣を肩にかぶせてくれた。ちょっと濡れていたけど、それは不思議と温かった。



「…うち近いから。寄っていけよ」



「…うん」



 そうして僕らは自然と手を繋ぎ、リンドウさんの家へ向けて、雨上がりの道をゆっくりと歩いた。



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【★あとがき★】


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