第6話 あなたの笑顔がまぶしい…

 お昼休みは残り十分くらい、僕はリンドウさんを探し、屋上を訪れていた。



「はぁはぁ…やっぱり、ここにいた…」



 見つけたリンドウさんはフェンスに寄りかかり、自慢の金髪を風に靡かせ、遠くを見つめていた。



 昼下がりの快晴、見下ろす街並みはたしかに綺麗だった。



「んぁ?…宮沢か…よぉ、どうしてここに?なんか用か?」



 リンドウさんは一瞬ビクッとし、目を見開くが、すぐに元の表情に戻った。



 ポッケに入れていた左手を取り出し僕に挨拶してくれた。お断りの雰囲気は感じなかったので、僕はゆっくりリンドウさんに近づいていく。



「あ、これは…悪い。すぐに消す。」



 リンドウさんの口元には一本のタバコ…



「…慣れているので、別に大丈夫です。」



 タバコ、僕は最初その煙のビターな匂いが身体を蝕むような感じがして苦手だった。



 だけど、愛煙家の朱里ちゃんの隣に居続けていたら驚くほど気にならなくなった。今ではむしろそれを嗅げば安心までするようになった。



 だから、リンドウさんは僕に気を遣う必要はない。僕的にはポジティブに伝えたつもりだったが、リンドウさんはスッキリしない何か言いたそうな表情を浮かべていた。



「…そんで?」



 リンドウさんは僕がここに来た理由が知りたいようだった。そうだ、僕は感謝を伝えに来たんだった。



 改めて伝えるとなると少し緊張してしまう。そうやって僕が二の足を踏んでいると、リンドウさんは一人ハッとする表情を浮かべた。



「告白の呼び出しか…宮沢ってモテるんだな。」



 そう自己完結し、僕に畏敬の念を含む視線を向けた後、「邪魔したな」とスタスタ歩いて屋上を去ろうとしたので、ちょっと待って!と僕は必死に引き留めた。



 告白なんて、一年生の時に朱里ちゃんにされてから一度もされた事がないよ。



「あのっ、僕っ、リンドウさんにお礼を言いたくて…来ました。」



「俺に礼?」



「は、はい…」



 昨夜僕がホテル街にいた事やタバコを所持していた事をリンドウさんは誰にも言わず黙っていてくれた。そして、朱里ちゃんから貰った大切なキーホルダーも僕に届けてくれた。



「諸々本当にありがとうございました!」



 バッと僕はリンドウさんに向けて頭を下げた。結んでいない長髪が頰に垂れてくる。



「…あれは俺がしたくてした事だ。だから気にするな。」



 リンドウさんは本当に大した事はしていないと言うように一つも顔色を変えることなく、クールな対応だった。



 でも、例え故意的ではなくても結果だけ見れば、ハゲ谷の件もお昼のお弁当の件も僕は助けられている。



 だから、リンドウさんが何と言おうと、リンドウさんは僕にとっての恩人で、そんな恩人に僕は感謝せずにはいられないのだ。



「これ、少ないですが…」



 話が終われば、リンドウさんはさっさとこの場を去ってしまいそうだったので、僕は手早く財布を取り出し、準備していたものを渡す。



「は?…い、いらねえよ!」



 リンドウさんは僕が取り出したもの見て、ギョッとした様子を浮かべた後、怖い顔で怒鳴り、強引に手を振り払ってきた。



「ひぅ…ご、ごめん、なさい…」



 僕はまた失敗してしまったのかもしれない。ギュッと固く目を瞑り、来るべき衝撃に備えた。



「……」



 が、いつまでたっても衝撃はやってこなかったので、おそるおそる瞼を開けると、表情の乏しいと思ってたリンドウさんがはっきりと眉を下げて、憐憫の目を僕に向けているのが分かった。



「…いや、俺の方こそ急に大声出してすまん。ただ少し驚いただけだ。俺は別に怒ってない。」



 リンドウさんはまるで自分の今の行いを悔いるみたいに、後頭部を掻き、視線は斜め下を見つめ、唇を強く引き結んでいた。



「…ほ、本当に怒ってないですか?」



「ああ、ほんとうだ。」



 すぐに気を取り直したリンドウさんは床に落ちたそれらを拾い上げて、ポンポンと手で汚れを落とした後、僕に手渡してくれた。



 その際に伺えたリンドウさんの表情は幾分か和らいで見えたので、僕はついほっと安堵の息が漏らし、胸を撫で下ろした。



 やっぱりこの人は…。僕は改めてリンドウさんの事をじっと見つめてしまう。



「だから礼は要らねえからそれはさっさとしまっておけ…って、なんだよ?」



「あ、いえ、リンドウさんって優しいなと思いまして。」



「なっ!?い、いきなり何言ってんだよ…ったく、俺なんて全然優しくねえよ…調子狂うぜ、クソ…」



 人は見た眼で判断すべきじゃないと僕は実感した。一瞬でもリンドウさんの事を怖いと思っていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。



 僕ごときに優しいなんて言われて、こんなに慌てふためく可愛らしい反応を見せるリンドウさんに、普段とのギャップを感じて自然と頬が緩んでしまう。



「ふふっ」



「わ、笑うなよ。」



「す、すみません…」



「あー…、違う。今のは冗談だ。笑ってもいい。売り言葉に買い言葉的なやつだ。」



「は、はあ…」



「…お前のそのすぐに謝ろうとする癖やめた方がいいな。お前は何も悪いことはしてないんだから…」



「……」



 いまいちピンと来なくて、僕はこてんと首をかしげてしまう。いつの間に謝罪癖なんてついてしまったんだろうか。



「あとその気持ち悪い敬語も禁止な?タメ口でいい。俺たちは同級生なんだからよ。」



「えっと…」



 いやいや知り合ってまだ日も浅いし、タメ口なんて、と言葉がつい漏れそうになるが、言えばなんだかリンドウさんをガッカリさせてしまう雰囲気があった。



 というか頼むからとリンドウさんの目が力強く訴えて来ている気がした。だから、



「わかり、じゃなくて…わかったよ、リンドウさん。これでいい?」



 必死に僕は適切な言葉を絞り出した。



「おぅ、それでいい!」



 やっぱり失礼じゃないかなと考える前に、そのリンドウさんのニカッとした表情に目を奪われて思考が停止する。



 その拍子に除いたリンドウさんの八重歯が印象的で、しばらく頭に焼き付いて離れなかった。




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