第7話 男の手料理をご所望ですか…?

「そうそう、あそこ。」



「へえ、近いんだな。」



 リンドウさんは僕の何気ない雑談にも文句を言わずに静かに傾聴してくれた。相槌を打つのも上手いし、おかげですごく話しやすかった。



「……」



「……」



 一旦話題の切れ目、屋上には静寂が訪れる。



 僕はなんとなくこのまま別れるのは嫌だな、もう少しリンドウさんとお喋りしていたいなと思ってしまう。



 どんな話題を振れば、リンドウさんは喜んでくれるだろうかと思考がグルグルと渦巻き出す。


 

 そうしていると表情を引き締めたリンドウさんがやや堅い様子で尋ねてきた。



「なあ…」



 ん?



「なんか悩みがあるなら言えよ。」



「え…」



「なんかあるんだろ?」



「……」



 僕は何かに悩んでいる様子を浮かべていただろうか。特別思い当たる節はない。



 今朝疲労困憊だったのは確かだけど、今は至って普通だ。元気いっぱい。



「お前が似てんだよ……し……とに…」



「えっ?…ごめん、もう一回言って。」



「…なんでもねえよ。」



 リンドウさんは僕が打ち明けるのを待っている雰囲気があった。だけど、うーん、僕に悩み事なんてないと思うし…



 僕はもう一度再考する。ふと一瞬朱里ちゃんの顔が脳裏を過るが、今は全く関係のないことだ。



「そんなことより、リンドウさんは僕に何かしてほしい事とかない?」



「……」



「どうしてもお礼がしたいんだ。何か困っている事とか。あ、シンプルに何か欲しい物とかあったら言って。」



 実際、葵くんと放課後に遊ぶ時に奢ったり奢られたり、恋人である朱里ちゃんにも僕は喜んで奢ったりして、お金を使う事には慣れている。



「…そうだな」



 リンドウさんは諦めたような表情をして、静かに溜め息を吐いた。



「困ってる事は…俺自身で解決したい。欲しいもんも、金では…買えねえな。」



「ふぅん、そっか…」



 やはり僕ごときではリンドウさんの望みは叶えられそうにもないのかな。



「ただ、弁当…」



「えっ、お弁当がどうしたの?」



「あぁ…いや昔からな。男の手料理を食べるのが夢だったなぁって。今日ちょうど弁当の件もあったから、なんとなく。」



 リンドウさんはその後、「恥ずかしい夢だろ?」とばつが悪そうに自分を卑下していたが、決してそんな事はない。夢の形は人それぞれだ。



 それに僕は可愛いと思う。まあ女の子にカッコいいではなく可愛いって言うのは適切かどうかわからないけど。



「いいよ、作ってくるよ。」



「っ、まじで!?」



 むしろそれくらいで恩を返せるのなら僕は喜んで作りたい。幸いな事に僕も男だから、リンドウさんの願いを叶えられるし、一石二鳥だ。



 僕からOKが出た事がそんなに意外だったのか、リンドウさんは「本当に?本当にいいのか!?」と何度も念押しするように確認を取ってきた。



 その他にも、面倒くさくないか、お金はかからないかと心配そうにしていたが、どうせいつも朱里ちゃんの分も作っている。今更一人分増えたところで問題はない。



 僕は手間賃を取り出そうとするリンドウさんを「お礼で作るのにお金を貰ったら筋が通らないよっ」となんとか宥め落ち着かせる。



 リンドウさんは今日一で感情を発露させていた。眠そうにしていた切れ長の瞳をパッチリ見開き、キラキラ輝かせて、口角も上がっていた。



 夢が叶うからだろうか。そんなに喜んでもらえるなら、作り甲斐があるというものだ。僕は頑張ろうと意気込む。



「じゃあ、連絡先交換しよ。」



「お、おぅ。」



 画面が割れてるスマホを取り出す。もし諸事情が出来て、作れなくなったときの保険だ。今日の僕みたいになったら大変だし、恩人にそのような仕打ちはできない。



 リンドウさんは後頭部をポリポリ掻き、慣れない手つきでスマホの画面をポチポチしていた。なんだか照れくさそうだった。

 


 はて?と僕は思ったが、あっと理解する。



 今の僕は結構大胆なことをしていた。恋人でもない異性にお礼の為とはいえ、お弁当を作ると約束し、あまつさえ連絡先まで交換しようと誘っている状況だ。



 もしかして僕ハシタないだろうか。頬に手を当てると熱くなっていた。



 ふと一瞬友達追加しようとする手が止まる。



「ん?どうした?」



「…ううんっ、なんでもない。」



 別に問題ないよね。あくまでこれはお礼の為でやましい事は何もない。



 それに今更取り消す事はちょっと人として出来なかった。喜ぶリンドウさんを見た後では尚更。



「よしっ、交換完了。」


 

 僕はよろしくね!という動物の可愛らしいスタンプを早速リンドウさん宛に送っておいた。



「おっ、かわいい。」



 リンドウはスマホの画面をのぞき込んで、頬を緩ませていた。



 なんで…



キーーーンッコーーーンッカーーーン



 その時、もう数分でお昼休みが終わる事を告げるチャイムが鳴り響いた。



「じ、じゃあっ。僕もう行くねっ。バイバイ!」



「おぅっ、走って転ぶなよ!」



 僕はリンドウさん一人残して、屋上を走り去った。とりあえず今はリンドウさんから距離を取りたかった。だって、さっきからおかしいんだもん。



 屋上から出た僕は一度階段の踊り場で立ち止まり、自身の胸に手を当てた。

 


 ドクッドクッ



「っ…」



 今、僕の心臓の鼓動が早くなっているのはきっと走っているせいだ。絶対そうに違いない。



 僕はそう決めつけて、見ないフリをした。



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【★あとがき★】


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