第33話 僕の為に争わないでください…?

「リュー、お利口さんで待っててね」


 僕は一旦巨大なクマさんのぬいぐるみを受付に預けて、竜胆さんと二人バスケットボールコーナーに訪れていた。


 高校体育の授業で慣れ親しんだ競技だからという理由で僕から提案させてもらった。


 運動神経がポンコツ気味な僕でもドリブルくらいはなんとかできるし。


 ルールは全然知らないんだけどね。


「久しぶりに触ったな」


 竜胆さんはボールの感触を確かめながらドリブル始める。


 ゴール下へ走っていき、レイアップシュートを決める姿は軽く行っているはずなのにとても様になっていた。


「っと」


 しまった。つい見惚れてしまい手元を疎かにしてしまった。


 コロコロっとボールがコートの隅の方へ転がっていく。


「……ふぅ」


 なんとかボールに追いついた。


「ん?」


 ボールを拾うために膝を付こうとした時、目の前に影が差した。


「はいっ」


「!?」


 なんと隣コートから人が入ってきて、僕にボールを手渡してくれた。


 同い年くらいの女の子で、制服の短いスカート丈からは健康的な脚が覗いていた。運動部の子かな。


「うわぁ、今まで見てきた男の子の中で一番かわいいっ。ねえ私と勝負しようよっ!」


「えっ」


 口をあんぐり開けこちらを凝視されていると思ったら、唐突に女の子から勝負を申し込まれた。 


「っ…」


 顔が近いな…その好奇心で塗り固めたようなキラキラした瞳はなんだか葵くんと似ているなとぼんやり思った。


 それに近いせいでふわっと柔軟剤と汗の匂いがほのかに漂ってくる。


「宮沢ッ」


 少し離れた場所にいた竜胆さんが駆け寄ってきて僕と女の子の間に入ってくれる。


 僕を背中に隠してくれて険しい表情で目の前の女の子を睨んでいた。


「お前、誰だよ?」


「私?私は花森千佳だよ高校二年生っ!よかったらあなたも私と勝負しないっ?」


「な、なんだよこいつ。めっちゃグイグイ来るな…」


 花森さん?の勢いに竜胆さんは押され気味だった。


「あ?なんだよ?」


 その時、花森さんが身体をモジモジさせていた。


 どうしたんだろう?


「…言っても怒らないかな?」


「それはお前次第だな」


 そう言って竜胆さんは腕を組み、じっと花森さんのことを厳しく見つめる。


 花森さんは「言っちゃおうかな…どうしようかな…でも思い切って」とブツブツ呟いた後、爆弾を投下して来た。


「もし勝ったらさ…一時間この子のことを貸してくださいっ!」


 と花森さんは僕のことを指差し、求めてきた。


「断る」


「えーっ、即答っ!?」


 まさか断られると思ってなかったのか花森さんは若干オーバーなリアクションで驚いていた。


「じゃあ二人はあれなの?…恋人同士なの?」


「……違うが。…な、なんだよ?なんか文句あんのかよ」


「それならいいじゃんっ!」


「ダメに決まってんだろッ」


 花森さんは「おねがい〜こんな可愛い子とデートしてみたいんだよ~」とその後もかなりしつこく食い下がって来た。


「ねねっ、あなたはどう思う?…私と一時間スポーツデートしませんかっ?」


「えっと…」


 竜胆さんの次はと矛先をこちらに向けてきた。


 うーん、僕自身いきなりの展開すぎて正直どうすればいいかわからない。


「はぁ、お前な…。少しは宮沢の気持ちを考えろよ。ほら困ってんだろうが」


「え~」


「このやろ」


「竜胆さんっ…喧嘩はダメだよ?」


 なんとなく不安になった僕は大丈夫だからねと竜胆さんを宥める。


「…わかってる」


 本当に分かっているのか竜胆さんは今にでも花森さんの首根っこを掴みかかりそうな勢いで睨んでいた。


 大学生の二人組を追い払った時もそうだったけどこういう状況の竜胆さんはいつもの優しい雰囲気とだいぶギャップを感じる。


「コワイカ?チカニ、マケルノガ」


「あ?」


 ぬっと花森さんの背後から新たな人影が現れた。


 その人物は百七十五オーバーの竜胆さんよりもさらに大きな身体をしていて、いうなれば横幅もある非常に体格のいい女だった。


 花森さんと同じ黒髪の短髪を一つ結びにしている。そばかすも印象的だった。


「コワイカラ、チカカラノ、ショウブノサソイ、コトワル」


 そのいかつい見た目とは裏腹にボソボソとくぐもった声で喋り竜胆さんを煽ってくる。


「……」


 やばいかも。


 僕はそのやり取りを内心ヒヤヒヤしながら見守る。


 冷や汗が止まらなかった。


「…コート出ろや。わからせてやる」


「っ、そうこなくっちゃっ!ヒヅル行くよっ」


「ウン。チカ、ガンバロウ」


 ヒヅルと呼ばれた女はズカズカ遠慮なく僕たちのコート中央へ向かう花森さんの後ろを従順について行った。


「宮沢、絶対勝つぞ」


「う、うん」


 こうして僕とのデート?の死守を懸けて2on2勝負をすることになった。 



「三本先取でいいよな?」


 竜胆さんはゴムを口に咥えてその長い髪を束ねながら二人に尋ねていた。


「いぎなーしっ」


「ソレデ、イイ」


 その二人は制服の上着を脱いで動きやすいポロシャツ姿になり腕まくりをして、ウォーミングアップの準備体操を入念にしていた。


「よしっ、宮沢いけるか?」


「う、うんっ。たぶん大丈夫だと思う…」


 さっきから話の展開の速さに付いていけてないけどこういう女の熱い戦い?に男が水を差すなんて無粋なことはするべきではないとなんとか空気を読み、余計なことは何も言わなかった。


「先行はそっちからでいいよー!ヒヅル、ボールちょーだいっ」


「ウン、チカ」


 ヒヅルさんから花森さんへボールが渡る。


「じゃ、始めるよ?」


 花森さんから竜胆さんへボールが渡る。


 ゲームスタートの合図。


「フッ」


 瞬間、突風が巻き起こった。


「はやっ!?」


 竜胆さんの鋭いドリブル。


 そのまま敵陣へと切り込んでいく。


 二人は油断していたのか碌な対応ができず、ポスッと竜胆さんがなんの障害もなく華麗にレイアップでゴールネットを揺らす姿を呆然と眺めるだけだった。


「そんなもんかよ?」


 竜胆さんはニヤッと明らかな挑発的態度を二人に向けていた。


「…はっ、いいよ、おもしろいねっ。ヒヅル、今度は私たちが取るよっ!」


 舌で唇をペロっ。どうやら花森さんの闘志にも火が付いたみたいだった。


「シッ」


 スタートの合図として竜胆さんからボールを渡された瞬間、先ほどの仕返しとばかりに花森さんは速攻を仕掛けた。


 ゴールを目指すその鋭いドリブルを前に、


「うわっ」


 案の定、僕は何もできないまま一瞬で花森さんに抜かれてしまう。


「へへっ、もらいっ」


「させねえッ」


 スリーポイント内からシュートを放とうとする花森さんの手からボールが離れた瞬間を狙い竜胆さんがカットを成功させた。


「っと」


 そのカットされたボールがワンバウンドしてぽすっとちょうど僕の手の中に収まった。


 これで相手攻ターンは終了だ。


「まじかっ、止められた!」


「ゴメン、チカ。トレナカッタ…」


「いいっていいって、次いこっ」


「宮沢、ナイスだ」


「う、うんっ。竜胆さんもナイスカット」


 スポーツの勝負事で竜胆さんとの心理的な距離が近づいている感覚。


 上手く表現はできないけど、この瞬間だけは僕のことを守る対象の男の子ではなく共に戦う仲間みたいに扱っているみたいでなんだか新鮮な気持ちだった。


「宮沢ッ」


 こちらの攻二ターン目。僕は初めて竜胆さんからパスを受けた。


「ココハ、トオサンッ」


 だがすぐにチャージしてきたヒヅルさんの巨体を前に一歩も動けない状況が続く。


 僕はヒヅルさんにボールをスティールされないように両手でボールをガシッと守るように抱きかかえる。


「ウッ」


 すると、ヒヅルさんの表情が曇った。なんだか知らないが有効っぽい。


 でもあれ?一回ボールを持っちゃったな。


 確かこれでもう一度ドリブルしたらルール的にダメなんだよね。


 え、じゃあここからどうしようどうしようどうしよう…


「宮沢ッ、こっちだッ」


「っ、はいっ!」


 竜胆さんの声がする方向へ僕はがむしゃらにボールをぶん投げた。


「ナイスだッ」


 奇跡的にパスコースは空いていたみたい、ぱすっと上手く手中にボールを収めた竜胆さんはそれまでベッタリと張り付いていた花森さんを器用に一回転して抜き去る。


「ふっ」


 そして綺麗な放物線を描くシュートを放つ。


 がしかし、済んでのところで僕のマークから離れていたヒヅルさんの手によって惜しくもボールはカットされてしまう。


 (ジャンプ力が高いッ)


 ヒヅルさんは巨体にも関わらず跳躍力も抜群だった。


 一番高身長と合わさったらやばい能力の組み合わせだ。いいようにしていると、こちらの手がつけられなくなる。


 ボールは数度転がって花森さんの手に収まる。


「クソッ」


 竜胆さんは悔しそうだった。


 勝負はまだまだ続いていく。

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