第34話 決着がつきました…

 相手の攻二ターン目。


 僕はヒヅルさんにボールを投げ渡す、ゲームスタートの合図。


「ンッ」


「えっ」


 開始早々ヒヅルさんがドリブルを仕掛けて一直線でこちらに向かってくる。


「……っ」


 その迫力に対して一瞬間が生じてしまうが、とにかくディフェンスをしなくちゃっ!と自らを奮い立たせて相対する。


 ドンッ


「いッ…たっ…」


 がしかしヒヅルさんの突進を前に僕はなす術もなく派手な音を立てて転倒してしまう。


 ボールのスティールを狙って下手に手を伸ばしたせいで変な体勢だった。そのせいも相まって肩など一部の上半身に鈍い痛みがはしった。


「てめぇッ」


 竜胆さんがヒヅルさんに食って掛かろうとするが、思い直したようにくるっと方向転換して僕の側まで駆け寄ってきた。


「宮沢ッ、大丈夫か!?」


「う、うん、なんとか」


 痛みはあるけどヒヅルさんも決してわざとではないと思うし競技中の事故は仕方ない。


 それに元々僕自身の運動神経はダメダメだったし、そんな僕がヒヅルさんのような体格差のある人に相対したらこうなってしまうのも必然なのかも知れなかった。


 ポスッ


 僕たちがそうこうしている内に相手側に一本取られてしまう。


「おいッ、今のはファールだろうが」


「イマノハ、ファール、ジャナイ」


「うーん。ヒヅルの言う通りただバランスを崩しただけのように見えたかなー」


 ヒヅルさんは一切顔色を変える事なく即否定、花森さんは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべてやんわり否定してきた。


「竜胆さん、僕は大丈夫だよ?」


「…チッ。宮沢、起き上がれるか?」


 竜胆さんは手を差し出してくれる。


「無理すんなよ」


「うん、ありがとう」


 気合いを入れて立ち上がる。


 肩を回すとまだ少し痛むが問題ない。頑張ろう。


 その次、僕たちの攻三ターン目。


「うらァッ」


「クッ」


 竜胆さんは先程のセットの仕返しのようにヒヅルさんと激しくぶつかり合った。


「アッ」


 そして激しく競り合った状態で急に梯子を外すようにフェイントをかけてヒヅルさんを転ばした。


 そのまま竜胆さんはフリーになった状態でシュートを放って二本目を決めた。


「しゃっおらぁッ」


 竜胆さんは鬱憤を晴らしたかのように雄叫びを上げた。


 しかしその裏の相手の攻三ターン目。


「そこっ!」


「えっ」


「甘いよっ!」


「まじかよッ」


 また一段階ギアを上げたらしい花森さんに僕も竜胆さんも連続で股抜きを決められて、フリーになった彼女に楽々とレイアップシュートで二本目を決められてしまった。


 その後は、


 カット


 カット


 カット


 カット


 カット


 カット


 カット


 カット


 スティールの応酬。シュートを放つ場面まで両チーム共に持っていけてなかった。


 お互い熱くなって段々と動きも研ぎ澄まされていき中々ラスト一本が決まらない、そんな膠着状態が続いた。


 おそらく誰しもが最初の目的を忘れてただ相手に負けたくないという一心でやっていたと思う。


「はぁはぁ」


「宮沢っ、はぁ、大丈夫か?」


「っ、うん、なんとか」


 そう答えたのはいいものの、残り体力的にもできてあと一戦。


 膝に手をついて息を整えようとしてもぜーぜーと止まらなくて限界ギリギリだった。


「……宮沢、ちょっと」


「?……。っ、わかった。やってみる」


 …。

 

「ほいっ」


 花森さんから投げられたボールをキャッチする。


「よしっ」


 僕たちの攻八ターン目、スタートの合図。


「……」


 花森さんのことを窺うと僕をマークしつつもどこか竜胆さんの方へ重点的に意識を向けているように思えた。


 まあ当然だよね。こちらチームの得点源は主に竜胆さんだ。


 今竜胆さんにはぴったりとヒヅルさんがマークについてるけど、その気になれば持ち前の瞬発力をフルに使って一気に剥がしにかかるだろう。


 そして僕からボールを受け取るために上手にパスコースを作りあっという間にゴールへ…


 そんな道筋をたぶん花森さんは警戒している。


 (やっぱり)


 竜胆さんに教えてもらった通りだった。


 チラっとさりげなく後ろを盗み見る視線の動き。


 僕はその一瞬の隙を狙い、両手を使いボールを高く掲げた。


 竜胆さんから耳打ちされた一度切りの作戦。


 もしこれで決まらなかったら僕という荷物がいるこちらチームはそのうち負けるだろう。


 だからこの一投に全てを懸ける。


「っ、やば」


 花森さんは僕のやる事にいち早く気が付いて手を伸ばそうとするがもう遅い。


「うらぁぁぁあああああっ」


 腹から声を出し僕は腕に残る全力を込めてぐわっとスリーポイント級の超ロングシュートをぶん放った。


  (入って!お願い!)


 ボールは高々と山なりの綺麗な放物線を描いて、そして…


 カンッ


 (うそっ)


 ゴールに吸い込まれると思ったそれはギリギリポストに阻まれてしまう。


 (終わった…僕のせいだっ)


「まだッ、終わってねぇッ」


「っ…」


「ヒヅル、リバウンド!」


 花森さんの慌てた様子の声、不意を突かれ完全ではないヒヅルさんの跳躍、その全てを置き去りにして誰よりも早くゴール下へとひた走っていた竜胆さんがスッと今試合ベストのジャンプ力を発揮し、


 ガァゴンッ


 一度はポストに阻まれたボールをがっしりと両手で掴み無理矢理ゴールをぶち破った。


 よくアニメや漫画の世界で見かけるダンクシュートを最後の最後で竜胆さんは決めたのだった。


 (勝った、の?)


「宮沢ーっ!勝ったぜっ!」


 興奮した様子の竜胆さんがテンション高めにいぇーいっとハイタッチを求めてくる。


「よっしゃーっ」


「…あははっ」


 そんな竜胆さんの様子につられて僕もぶわっと遅れて喜びと安堵が内側から湧き上がった。


 ハイタッチした手をそのまま握り合って二人で熱に浮かされたようにくるくるその場で回って喜びを分かち合う。


 まるで舞踏会のステージのようだった。試合後の髪や衣服の乱れ、発汗などは気にならないくらい周囲はキラキラと輝いて見えた。その中で何よりも輝いて見えたのは喜びを爆発させた笑顔の竜胆さんだった。


「だはーっ、私らの負けだーっ」


 花森さんは荒い息を吐きながら背中を床につけて大の字に倒れ込んでいた。


「ゴメン、チカ…」


 その側にちょこんっとお行儀よく座り込み俯くヒヅルさん。


「んにゃ。ナイスファイトだったよ。ヒヅル」


 拳をコツンっとぶつけてお互いの健闘を讃えあっていた。


「…あ、れ?」


「宮沢ッ!」


 試合が終わって気が抜けたのかぺたんと床にお尻をつけて座り込んでしまう。


「宮沢、すぐにこれを飲め」


「ありがと」


 竜胆さんから差し出された水を両手で抱え一気に上を向きゴクゴクッと水分補給を行う。


 知らない内に喉が渇きを訴えていたのか一気に飲み干してしまう。


「ぷはーっ、い、生き返った…」


 既に夏は終わっていたけどもしかしたら熱中症の一歩手前でこのままいたら危なかったかもしれない。


「ん?」


 そこで、やけに周囲が静かだなと思い見渡すとみんな僕をというか僕のある一転に視線を釘付けにして固まっていた。


「えろい…」


「スケスケ…」


「宮沢、それ…」


「あ」


 どうやら僕は学習しないらしい。連戦による多大な発汗のせいでいつの間にかポロシャツが透けて中の下着の色が浮かび上がってしまっていた。


 またやってしまった…


「いやぁっ」


「お前ら見るなッ」


 バッと隠すも時すでに遅し。こちらをガン見していた二人は竜胆さんに注意されて初めて自覚したように慌てて顔を背けていた。


 僕から視線を外したままの竜胆さんにそっと上衣を掛けられる。


 優しい。うう、けど恥ずかしい…


「こらぁー!なにやってんのお馬鹿共!」


「げ、むっちゃん…」


「ヤバ…」


 どうやら二人の知り合いらしき人物の介入により、事態は収拾する方向へ動き出したみたいだった。



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【★あとがき★】


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