第35話 一緒にご飯でもいかがですか…?

「ほんっとにごめんなさい!うちの馬鹿二人がご迷惑おかけました」


 場所は移り、僕たちは今フードーコートを陣取っていた。


 目の前の席に座りこちらに平謝りしてくるのが試合後に現れた女の子。


 名前は白鳥睦美さんというらしい。


 竜胆さんとはまた少し毛色が異なるそのダークブロンドのミディアムヘアーは本人によく似合っていた。


「ごめんなさい…」


「ゴメン…」


 見るからに白鳥さんはこのグループのリーダー的存在でヒヅル改め松風氷鶴さんと花森千佳さんの二人の頭をガッチリ掴んで無理矢理頭を下げさせていた。


 もう一度僕は肩に触れてみるが、試合後に竜胆さんたちに勧められ慌ててアイシングや湿布治療をしたおかげで大した痛みはなかった。


「全然大丈夫ですから頭を上げてください」


「やさしい…。ほんっとありがとね~」


 パチンッと手を合わせた白鳥さんはこちらを拝むように感謝してくる。


 先程も花森さんと松風さんのことをお馬鹿コンビとか呼んでいたしもしかしたらこういう尻拭い的なことは日常茶飯なのだろうか。


 白鳥さんからは謝り慣れている人特有の何かを感じた。


「うう…いたた…」


 あ、白鳥さんが胃の近辺を痛そうに擦っていた。


 ポッケから胃薬を取り出して…

 

 なるほど彼女は苦労人ポジションなのかもしれない。思わず憐憫の目で見つめてしまう。


 ぐゥゥゥゥゥ


「むっちゃんご飯…」


「オナカ、スイタ…」


「あんたらねぇ」


 こういう状況でも素直にお腹を鳴らすお馬鹿コンビ(白鳥命名)に対して彼女は額に手を当てやれやれという呆れた仕草をしていた。


「よかったらお昼ご一緒しませんか?」


 気が付けば僕はそう提案していた。


 彼女たちが悪い人ではないことが分かったし、このまま別れるよりかはこの縁を大切にした方がいいとか、そんな感情から誘ったのかもしれない。


「ほんとに?いいの?散々こっちが迷惑かけたっていうのに」


 白鳥さんは僕を見た後、竜胆さんの方にも視線を向けていた。


「宮沢がいいって言うなら、俺も特には」


 初めて花森さんたちと対峙した時はとても警戒していた様子の竜胆さんだったが、今は試合を通じて彼女たちを認めたのかお昼を一緒にすることにも乗り気で表情も柔らかかった。


「ありがと~、たすかるよ~」


 そうまとまったところで、お弁当がある僕たちを除く白鳥さんたち四人はご飯を注文していた。


 それらが到着するまでしばしの間、雑談を交わし待つことになった。


「……」


 そう、彼女たちは四人組の仲良しグループ。


 だったらなぜと思うかもしれないが、残りの一人は先程からずっと喋らないのだ。


「……」


 しかし目が合えばぺこっとお辞儀してくれるし白鳥さんから何か聞かれた時には首を縦に振ったり横に振ったりと愛想が悪いわけではない。


 ただ寡黙なタイプの子なのかもしれない。


 そんなクール系ギャルの名前は白鳥さん曰く癒月凪さんというらしい。綺麗な響きがする名前だった。


 今そんな彼女は自らの巻き髪の毛先をいじいじ、真剣な顔でスマホもずっとぽちぽちしていた。


 …もしかして実はずっと怒ってるとかないよね?こういう子なんだよね?


 なんだか段々不安になって来た。


「ごめんね~この子人見知りなの。今だって庵くんみたいな可愛い男の子がいるから緊張して口数少ないんだぁ」


 こちらの困惑を読み取ったのか白鳥さんがそう教えてくれた。


「ち、ちょっと睦美バラさないでよっ」


「あはは~ごめんごめん」


 どうやらクール系ギャルではなかったらしい。


 一気に仮面が剝がれた彼女は耳まで赤くし手をあたふたさせ存外に表情豊かで可愛らしかった。


 彼女はクール系ギャルではなくギャップ系ギャルだったのだ。


 また、雑談の最中になぜ彼女たちがこのスポーツ&アミューズメント施設を訪れていたのか理由も教えてくれた。


 どうやら彼女たちは僕たちと同様に体調不良(サボリ?)などではなく学校の創立記念日で休みだったから訪れたそうだ。


 ではなぜ制服姿なんだと問われると、


「この馬鹿一号が今日は学校がある日だって信じて疑わなくてさぁ…。まあちゃんと確認しなかったうちも悪いんだけど、参っちゃうよね〜」


「えへへ」


 白鳥さんからの愛のある頭グリグリ責めを花森さんは嬉しそうに受け止めていた。


「別に褒めてないわよ~?」


「チカ、カワイイ」


「えへへ」


「あーまた氷鶴は千佳を甘やかして…」


「ぷっ…」


 このやり取りを前にあの癒月さんも噴き出していた。


「……」


 なんというか本当に仲が良いんだな…


 この何でも言い合えるような関係。安っぽい表現だけど心が通じ合っている仲というかなんというか…まぶしい。


 いいなと素直に羨ましい気持ちに襲われる。


 それは僕にとっての葵くんらいつメン達とはどこか違うような気がした。


「あっ、きたー!」


「っ…」


 暗い思考に沈み込みそうになった時、花森さんの明るい歓声を前に意識が強引に引き戻される。


「宮沢」


「竜胆さん…」


 気づけば竜胆さんの手が僕の手の上に重ねられていた。


「少なくとも今だけは難しい事を考えなくてもいい。楽しもう」


「……うん、そうだね」


 全く竜胆さんの言う通りだった。暗い顔をしていたら竜胆さんはもちろんのこと白鳥さんたちにも失礼になる。


 よし、ネガティブ禁止。切り替えよう。


「僕たちもお弁当食べよっか」


「おっ、たのしみだ」


 ニカッと笑顔を浮かべた竜胆さんに見守られながら僕は借りた鞄の中をお弁当はどこに入れたかな〜とガサゴソ漁る。


「えへへっ、ありがとうむっちゃん」


「まったくもう小さな子供じゃないんだから」


 チラッと窺うと、花森さんは口の中をご飯でパンパンに詰め込んで頬がハムスターみたいに膨らんでいた。


 口の周りに付着した食べかすを白鳥さんは可愛らしい刺繍のハンカチでトントン拭き取り甲斐甲斐しく花森さんの世話をしていた。


 白鳥さんは面倒見がいいんだな。流石花森さんとは幼馴染なだけある。


「ウマ…ウマ…ヤバ…」


 松風さんも花森さんに負けず劣らずたくさんもぐもぐしていた。食べることが大好きみたい。


 こちらは花森さんとは違って綺麗な食べ方をしていた。個性が現れるなぁ。


「そ、それっ、手作り、ですか?」


 小さなお口でちゅるちゅるとスパゲッティを啜っていた癒月さんが恐る恐るといった様子でこちらに尋ねて来る。


「あ、うん上手にできたかは分からないけどいちおう僕作だよ」


「す、すごい、ですねっ」


「わー!おいしそうっ!むっちゃんみたい」


「お~庵くんすごいね、おいしそう~」


「ウマ…ウマ…ウマ…」


 食事に夢中の松風さん以外のみんなに褒めそやされて少々こそばゆい。


「へへっ、いいだろー」


 それを食べられる竜胆さんは得意気な表情を浮かべていた。


 は?かわいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る