第32話 目と目が合いました…

「ここだな」


「はじめて来た…」

 

 あの後、僕たちは何駅かまたぎ誰も知り合いがいなさそうな遠くの街に降り立った。


 そしてやってきたのは大型スポーツ&アミューズメント施設だった。


 心がもやもやと鬱屈している時は体を動かすのが一番だと竜胆さんからの提案だった。


 さっそく入店し入場料を支払うため精算機の前に立ってどのプランにしようかと悩み始める。


「フリータイムでいいよな?」


「え、う、うん」


 まるでそれが当然だよなというように竜胆さんが尋ねて来る。


 なんとなく僕の歯切れが悪かったのはそんな長時間滞在するんだという純粋な驚きの他にお金足りるかなぁ…という心配のせいだった。表示された金額を見ると意外と高かった。


 今日いくら入れてきたかを確認する為に財布を取り出そうとしたら、竜胆さんは僕の手を優しく制してきて首を横に振った。


「奢る」


「えっ、いいの…?」


「半ば強引に誘ったのは俺の方なんだから当たり前だろ」


「……」


 僕は最低割り勘かむしろ竜胆さんに学校をサボらせて僕の都合に巻き込んだので自然と僕が払うものだとばかり思っていた。


「えっと、ほんとにいいの?高くない?」


 奢られる経験が少ない僕はしつこく、なるべく安いプランをと勧める形になってしまった。


 時には気持ちよく人に奢らせるのも大切だということを後から知った。


「そんなこと気にすんなよ。今日は宮沢が楽しんでくれさえすれば万々歳なんだからよ」


「……」


「あと俺らには有難い味方であらせられる学割先生も効いてるしな」


 そう若干おふざけ要素を含めて和ませた竜胆さんはそれ以上は何も語らず一人で画面に向き合い黙々と会計処理を進めていく。


 なんだか身のこなしがスマートだった。


 気を遣わせて申し訳ないなと思いつつも、僕もそれ以上は竜胆さんに食い下がることなく押し黙る。


「……」


 手持ち無沙汰の間、僕は後ろで手を組んで周囲を観察することにしてみた。


 (へえ…)


 意外というかこんな平日の御昼前でも僕たちみたいな制服を着た学生の姿を発見する事ができた。


 どうやら僕たちだけ制服で浮くなんて事はなさそうだと僕はこっそり安堵の息を漏らした。


「OK。宮沢待たせた」


 無事会計処理を終えたらしき竜胆さんから入場チケットを受け取る。


「竜胆さん。ありがとう」


「おぅ。どういたしまして」


 その竜胆さんのいつもの笑顔。見ていて安心する。


「宮沢はまずどこへ行きたい?」


「うーん、僕あんまり詳しくないからなぁ…。ちなみに竜胆さんはどこがいいとかある?まずは竜胆さんの行きたいところに行ってみようよ」


 奢らせてしまったことへの申し訳なさもあり僕は自然に最初の権利を竜胆さんに譲った。


 今日は僕だけではなく竜胆さんにも目一杯楽しんでもらいたい。


「俺か?…俺はバッティングでスカッとしたい気分かな」


「じゃあ、そこに行こうよ」


 さっそく竜胆さんのしたいとされるバッティングスペースに足を運ぶ。


 そこは運よく空いていて僕たちは入口のタイマーを押して中へ入っていく。


「……これで持ち方はわかったな?次は足だ。肩幅より少し大きめに開いて、腰を下ろす…そうそう、そんな感じ」


 そして今野球初心者の僕は竜胆さんに教えを受けていた。


 竜胆さんは野球が好きなのか懇切丁寧で熱かった。


 夢中になりすぎて正しいフォームを教える際、僕の身体を遠慮なくペタペタ触っていたが本人は全く気づいていない様子だった。


「……」


 特に不快感はなかったし、わざわざ指摘して気まずい思いもしたくなかったので僕は黙っていた。


 決して僕が竜胆さんに触れられてドキドキして何も言葉が出てこなかったなんてことはない。これっぽちもない。…本当だよ?


「?……宮沢聞いてるのか?」


「!…はっ、はいっ、先生っ」


「うむ、よろしい」


 その後、基本的な構えの合格を言い渡され、竜胆さんが見守る中で僕は目の前のバッティングマシーンに対峙する。


『ピッチャーが投げる仕草をしてきたらタイミングを合わせてこちらも片足をあげる。その時に腰を若干後ろに捻って力を溜める感じ。目線はずっとボールを捉え続ける。そして足を下すと同時に一気にバットにパワーを込めて斜め上から切り込んでいくようにスイングだっ!』


 習ったことを頭の中で振り返りながらその時を今か今かと待ち続ける。


「今だっ!」


「っ…」


 竜胆さんが叫ぶ。


 マシーンがうねりを上げて投げ込んでくる。


 その剛速球(80㎞)に僕はタイミングを合わせて渾身のスイングを披露する。


 すかっ


「あちゃー」


 がしかし快音が響くことなく僕は豪快な空振りを見せたのだった。


「ま、まあ教わってすぐにできるようにはならないわな。精進あるのみだ」


 なんだか竜胆さんのフォローが虚しかった。


 残りも竜胆さんの教えを忠実に守り、渾身のスイングを披露した。


 だが結果は似たようなものでたまたま一球バットに掠ったくらい。


 しかし球がバットに当たった事実の感動が大きくて、その進歩成長に僕は先生と一緒になって泣いた。


「さて、おふざけはやめにして。俺もやるか。宮沢は見て学べよー」


「はいっ、先生っ!」


 僕と入れ違いで竜胆さんはバッターボックスの中に立つ。


「っ…」


 立ち姿から何か違った。


 とにかく打つ強打者のオーラを醸し出していた。


 そう僕が確信した時、


 カッキィィーーーーンッッ


「おっ」


 ブォォンッと風切り音を鳴らす竜胆さんの金属バットからは鋭い快音が鳴り響いた。


 ウーーーウーーーーウーーーーーー


「え、なになに!?」


 突然アラームが辺りに鳴り響き、僕は焦って両手で頭を隠すも特に何も起こらなかった。


「?」


「ぷふっ、宮沢。くくっ、なにしてんだよっ?」


「?」


「今のはホームラン当てた時に鳴るサイレンだ。ほらあそこ見てみろ」


 笑いをこらえてプルプル震える竜胆さんが指さす方向にはホームランと書かれた電光掲示板。それが今竜胆さんが当てたからか赤いランプが灯っていた。


「って、ホームラン!?すごっ!」


 見事初球を振りぬいた。これは紛れもなく僕の先生だわ。


「ま、まあ?俺はたまにバッセン行って慣れてるからな」


 竜胆さんはどや顔&照れ笑いという器用な表情を浮かべて、満更でもない様子だった。


 その後は惜しくも連続ホームランとはならなかったが素人目にもわかるくらいの中々にいい当たりを連発し、竜胆さんはバッティングを終えた。


「これ、やるよ」


 そして先程ホームランをぶち当てた竜胆さんは景品交換で巨大なクマさんのぬいぐるみを選んでいた。


 最初竜胆さんにまさか人形趣味が!?とギャップに驚きつつほのぼのしていたが違った。なんと僕に譲ってくれるらしい。


 一瞬竜胆さんが人形好きな人なのかと考えた事を明かすと「俺がこんな巨大なクマの人形なんて持ってたらいたたまれなくなるわ」と豪快に笑い飛ばしていた。


「え~いいじゃん。せっかく可愛いのに…」


 そう言うも竜胆さんは微妙そうな顔だった。


「…でもどうして?他にもっと実用的な景品もあったよね?」


「それは、宮沢が欲しそうに見てたから」


「んっ゛」


 どうやら竜胆さんには僕があの巨大なクマさん人形に熱視線を送っていた事がバレていたらしい。非常に恥ずかしいです。


 だけど仕方ないじゃん。人形に限らずたまに唐突に発生する目と目が合い運命を感じてしまう出会い。それがこの人形とはあったんだもん。


 元々僕が大きくてモフモフしたものが大好きなのも関係あるかも…?


 今頃部屋で元気にしているかな。シロ、トラ、リオン…


「大切にするね」


 そう言って巨大なクマさんぬいぐるみをギュッと抱きしめた。


 モフモフでいい肌触りだった。今日の抱き枕が決定した瞬間だった。


 よし、今日からお前はリュー(竜)だ。クマだけど。


「…っ」


 なぜか竜胆さんは自らの胸を押さえプルプル悶えていて、また僕なんかおかしかったのかな?と疑問に思ったが今はこのモフモフの毛並みを堪能するのに忙しかったのでまあいいやと気にしないことにした。


「…かわいい」



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【★あとがき★】


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