第31話 たまには肩の力を抜くのも大切かもしれません…

「……」


「……」


 (気まずいっ)


 家を出て歩き始めてから竜胆さんは一言も発さなかった。


 そのせいで先程玄関で竜胆さんにされたキスについて何度も思い返してしまって、変な汗と共に心拍数が高鳴ったまま治まらない。


 そんな有様で僕自身も言葉が出てこなくて無言を貫く。


「んっ…」


 唇にではなかったけどあれはすごかった。


 竜胆さんの唇と触れた場所はまだ熱を持っていた。


 こんなにドキドキしてしまっている事が繋いだ手を伝ってどうか彼女にバレませんようにと願うばかりだ。


 だって恥ずかしいんだもん。


「っ、なんだ?」


 チラッと竜胆さんの様子を窺うと目が合った。


 どうやら向こうも僕とさほど変わらない事を考えているようでさっきから僕のおでこやほっぺに視線が行ったり来たりしていた。


 そして急いで視線を外しては耳を真っ赤にさせたりしていた。


 は?可愛い。


「「あ、あのっ」」


「え?」

「あ?」


 バッチリとタイミングが被さってしまった。


「み、宮沢からどうぞ」


「え、う、うん」


 先を譲られてしまった。


「えっと…あ、あれれっ。こ、コンナトコロニっ、カフェガアッタンダネ~!」


「お、おぅ」


 竜胆さんもキスの件があって本調子ではないみたいだし、ここは僕が頑張って会話をリードしようと偶然近くにあったカフェを指差した。


 それにより、キスから意識を外に逸らす狙いもあった。


 我ながら完璧な計画です。えっへん。


「はぁ…ほんとに」


「ん?」


「んや、なんでも。…ちなみに俺ここのカフェたまに寄るぞ」


「あ、そうなんだっ」


 怪しいところもあったけどそれからは竜胆さんとの会話が自然と成り立っていたような気がした。


 昨夜ここを通った際の暗闇&悪天候&余裕がなく視野が狭かったという三連コンボなしに見る景色はどこか新鮮で歩いているだけなのにとてもワクワクした。


 竜胆さんはこっちに地元の人が愛用するホームセンターがあるとかあっちには客足が芳しくなくてもうすぐ閉店しそうな本屋さんがあるなど色んな事を教えてくれた。


 まるで竜胆さんと街を探検しているみたいで胸が躍った。


「宮沢?」


「……」


 しかし、そんな楽しい気持ちはいつまでも続かなかった。


 十数分歩いた後に合流したいつもの慣れ親しんだ通学路。


 その場所で僕の足は地面に縫い付けられたみたいに重く動かなくなってしまった。


「どうした?」


 竜胆さんが心配した様子で僕の顔を覗き込んでくる。


 何でも見通してしまいそうな澄んだ瞳からなんとなく僕はプイッと目を背けてしまう。


「……宮沢、もしかして怖いのか?」


 ジーっと観察していた竜胆さんはそんな風に僕の感情を的確に言い当ててくる。


 …そうだ。僕は今朱里ちゃんに会うのが怖い、と感じていると思う。


 もし会ったらどうなるだろうかと考えたらずーんと気分が落ち込み一気にダメになってしまう。


「うん。怖い、かも…」


 昨日の今日で対面する勇気が僕にはまだない。


「……よし。学校サボるか」


「え」


 そう突然竜胆さんが言い出すものだから素っ頓狂な声を上げてしまう。


「なに驚いてんだよ?」


「だって…サボる?それは学校をお休みするってこと?」


「あぁ、もちろん。他にどんな意味があるんだよ」


 あっけらかんと言うものだから今度こそ呆然としてしまう。


「……ダメだよ、ズル休みは。体調不良でもないのに」


「宮沢はおかしなことを言うんだな。心の不調だって立派な体調不良に該当すんだろ」


「……」


「今宮沢はとある理由で学校へ行くのが怖い。考えるだけで極度の緊張に襲われるし億劫な感情にも支配される。もし行けば最悪宮沢は傷つく結果になるかもしれない。精神的にも物理的にもな。…わかるか?学校へ行くと傷つく危険性を孕んでるんだ。これで休んではいけない理由ってなんだよ」


 その竜胆さんの意見はごもっともだし、言っていることも理解はできる。


「でも…」


「それに学校はわざわざ辛い思いまでして行くような場所じゃねえだろ」


「……」


 その言葉は他のどんな言葉よりも感情が乗っていたと表現すればいいのか。なぜか真に迫る響きがあった。


「不安に思う必要はない。誰にもお前を責めさせたりしねえ」


「……」


「あっ、もしかして皆勤賞狙いだったりする?…俺は今更だからその可能性は考えてなかった」


 当然、竜胆さんはコロッと雰囲気を崩すものだから軽く吹き出しそうになってしまった。


「…別に狙ってはいないかな」


 実際、僕は皆勤賞事態に重きを置いていない。もちろん素晴らしい事だとは思うけどそれは手段であって目的ではない。


 僕は朱里ちゃんの隣に立つにふさわしい人間になりたいと常々思っている。


 だからもし皆勤賞を取れれば優等生としての箔が尽くし、少しいいなぁと思っていたくらい。


 それに関しては他の部分でも十分補えるし大丈夫。


 僕が一番気がかりだったのは、今日学校を休んでしまった場合、朱里ちゃんの昼食は誰が用意するのか、そしてお昼の呼び出しはどうするのかというものだった。


 お弁当に関しては今朝朱里ちゃんの分まで丹精込めて作ってきていた。昨日のお詫びも兼ねてできる限り好みを詰め合わせた自信作だった。


「あー、よかったよ。もし宮沢が超一流の真面目ちゃんだったらどう説得してサボらせるか苦戦するところだったぜ」


「ふふ、なにそれ」


「お、やっと笑ったな。安心したぜ。やっぱそっちの方がいいぜ」


「っ…」


 言われてから初めて気づく。


 知らぬうちに強張ってたのか表情筋が固くなっていた。ムニムニと自身の手で解きほぐす。


「たまには肩の力を抜いたほうがいい。頑張りすぎるとパンクしちまう。だからキツい時はパーッと思い切って遊べばいいんだよ。難しいことは明日にでも考えればいい」


「…その通りだね」


 非常に耳に痛い言葉だった。


 僕は昨夜の醜態を思い出す。


 今の今までいろんな苦しみを抱え込み誰にも頼らずにここまで来てしまった結果、僕は感情を爆発させてしまった。


 このままでは昨夜と同様に再び竜胆さんに迷惑をかけてしまう危険性がある。


「はぁ…」


 よし、今日だけは僕も割り切ろう。


「葵くんにメッセ送っとくね。宮沢庵は本日お休みしますって」


 加えて、朱里ちゃんには精神誠意込めた謝罪文を送ろう。この罰は後日改めてお受けしますと。


「おぅ、賢明な判断流石です。宮沢殿っ」


 (`・ω・´)ゞ←こういう顔をして竜胆さんはおふざけたを多分に含んだ敬礼をしてきた。


「…ふふ、ありがとうございますっ。竜胆殿っ」


 (`・ω・´)ゞ←僕もこういう表情をしてビシッと敬礼を返しておいた。


「ふふ」

「はは」


 場を和ますための気遣いなのかな、なんて。


 竜胆さんは本当に優しくて、眩しいなぁ。


 なんとなく目を細めて竜胆さんのことを眺めてしまう。


 そうして、僕たち二人は学校とは反対側に位置する駅へ向けて歩き出した。


「~♪」


 どうやら僕は初めてのサボタージュに心がワクワクしているらしい。


 先程までの暗い感情はどこへやら今はその逸る気持ちを抑えるのに精いっぱいだった。


 もし今竜胆さんと手を繋いでいなかったらスキップまでし出しそうだった。


「……よかった」


 そんな僕の様子を目を細めて穏やかな表情の竜胆さんが見守ってくれていることにもちろん僕は気づかないのであった。



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【★あとがき★】


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