第23話 竜胆さんは絶望する…
俺にとって一生忘れる事ができない、人生で一番の最悪の日ってのがある。
ことの始まりは、俺が珍しく部活が休みだった日。
「……?」
あの優秀な弟がなんの連絡もなしに門限を大幅に破ったのだ。当然、ご飯時もとっくに過ぎており今外は暗闇に包まれている。
「ん〜〜っ」
俺は小一時間ほどスマホと睨めっこしつつソファの上でじれじれしていた。
どこまで姉が弟の生活に干渉していいものか。それに俺も以前二度くらい門限は破っているし。だがもしも弟に何かあった場合…。いや、あの弟が下手をこくとは思えない、など。
「あーもうっ、悩む時間がもったいねぇ!」
ようやく弟を探しに行く決心がついた俺は立ち上がり、スマホ、財布、家の鍵、自転車の鍵など貴重品を手繰り寄せ、いざ玄関へ向かおうという時、
ガチャっ
ちょうど玄関扉の音が鳴った。
(なんだ。やっぱり大丈夫だったか)
ただの俺の杞憂だった。大方友達と遅くまで話が盛り上がったとかそういうやつだろ、これは…。流石にないだろうと思いつつも弟に彼女とかできたんか?と邪推してしまう。
「……」
でも弟にはまだ早いでしょ…。まあわかるよ、あんな可愛いし優しいしなんでも出来るし、俺がクラスメイトだったら絶対ほっとかないよ。
だけどダメ。まだ早いよ。お姉ちゃん許さない。そういうのって聞いたら教えてくれるかな〜。やっぱ姉には教えてくれないのかな。もしいるって肯定されたらどうしよう。お姉ちゃんにもう構ってくれなくなるのかな。寂しくなるな。
「いや俺はブラコンかっ」
ブラコンです。
まあそれは置いといて。今後も調子に乗ってこういう門限破りが連発するのは良くないので、ここは姉として軽くお小言くらいはと思って弟を玄関まで出迎える。
「は?」
そこで弟はボロボロの姿で、力尽きたみたいに倒れ込んでいた。
「…だ、大丈夫か!?おいっ!どうしたんだよ!おいっ、返事しろっ」
「ねぇ…さん…」
弟が話してくれた。
レイプ、されたらしい。
自分と同じ制服を着た女生徒の集団に。
そこにはあの弟をいじめていた同級生男子二人もいて、こちらを指差し、ニヤニヤとした表情を浮かべていたらしい。
弟は話している間もどこか虚ろな目をしていて、こことはどこか違う場所を見ているようだった。
心が、壊れて…
俺は話を聴きつつも、呆然として頭が上手く纏まらなかった。
だが、こんな弟をそのままにはしておけない。俺は残っていた姉力を搾り出して、温かいお風呂を弟にすすめた。
そして中学生だった俺はこんな事態をどうこうする知識も経験もなく、この時になってようやく母を頼った。
当然いじめの件も含めて、どうしてもっと早くに相談してくれなかったのかと母には大激怒された。返す言葉がない。
しかし母は今行ってる仕事を打ち切って帰宅してくれるらしい。到着は早くて明日の昼前になるという。
『それまではあなたが責任を持って弟のそばに居てあげなさい』と厳命された。言われるまでもない。もちろんだ。
(よかった、これでなんとかなる)
不覚にも母の声を聞いて安堵からか涙が出てしまった。母は尊敬できるし、信頼できる人だ。これでもう大丈夫だ。
それが油断だったんだろう。
「流石に遅いな…」
弟がお風呂に入ってからもうすぐ一時間ちょっと。男の子だから長いのは理解しているつもりだが、流石に心配の方が勝った。
まさかずっと一人で泣いているのかもしれない。うーん、姉にそういう場面を見られるのは嫌かもしれないが、先程母から『そばに居てあげなさい』って言われたし、結局俺はそれを大義名分に様子を見に行くにした。
「おーい、大丈夫か〜?」
「……」
ノックをしつつ、返事を期待して耳を澄ませてみても何も物音がしなかった。
「?」
返事がないだけならまだいいが、シャワーの音も人が身動きする音も何もしない。俺がいきなり脱衣所に来たんだから驚くくらいありそうなのに。
…とにかく不気味な静寂だった。
「ご、ごめんな。あんまり見ないようにするから、開けるぞ」
もう俺の頭の中は警鐘を鳴らしていた。弟ごめんっと思いつつも、思いっきりお風呂場のドアを開けた。
「はっ…」
俺はもう息をうまく吸う事すらできなかった。目の前のこの光景が現実のものだとは思いたくなかった。
そこからの出来事はあまり記憶がない。人間辛い記憶は都合よく封印してしまうことがあると後にお医者さんから聞かされた。
だからここからは人から聞いた話だ。端的にいうと弟はカッターで手首を切っていた。お風呂場は壁や湯船を含めて血まみれで酷い事になっていたらしい。
詳しく覚えていないが、あの後俺はちゃんと救急車を呼べたらしい。ただ、運悪く弟は大量出血により病院に運び込まれた時には既に手遅れで間に合わなかった。
弟が亡くなった。
もちろん俺はあの男子生徒二人、あの女子生徒達、そして真剣に掛け合ってくれなかった担任や学校、大変な時にそばに居てくれなかった母を恨んだ。
でもなにより弟のSOSに気付けなかった自分自身を一番恨んだ。もうお前なんて死んでしまえ、死んで弟に詫びろと数え切れないほど自分を罵倒した。
これが楽観が生んだ結果だった。今更になってもっとこうしてあげれたんじゃないか、と後悔たちが浮かぶ。
二週間くらい俺はベッドから出られなかった。もう何もする気力が湧かなかったのだ。
もしそばに母がいなければ俺は死んでいたんじゃないかと本気で思う。俺は母の根気強い介護生活によって、なんとか生きることだけは諦めなかった。
その後、俺は別の中学校へ転校した。もうあんな場所にはいられなかったので母からの提案をすんなり受け入れた。
だが、どこからか情報が漏れたのか、『弟を亡くした傷心の姉』と皆気の毒そうに遠巻きに見てくるばかりで息苦しい教室に俺の居場所はなかった。
そんな時だ。俺はろくでもないやつらと絡む様になった。
風の噂で校舎裏には怖い先輩たちがいるから近づかない方がいいと知っていたが、俺は臆せず近づいていった。もうどうにでもなれって感じだった。
そいつらは確かに校則違反上等で髪を染めピアスを開けタバコを吹かして、まあ怖い先輩っていう評価は正しかった。
でも本物の地獄を味わった俺にとっては可愛いもんで。
案外話すとあいつらは気さくで接しやすく、俺にも優しくしてくれた。
どうやら後輩ってのが嬉しかったらしい。俺はすんなりその仲間に入れてもらえた。
その時にタバコを教えてもらった。別に拒否する理由がなかった。先輩たちのすすめを断って悲しい顔をさせたくなかったし。
あの辛い時に何もしてくれなかった法律や常識よりも今目の前にいるこの人たちを信じたいと俺は思った。
冗談抜きでここを俺の第二の家族だと思っていた。
しかし、あっさりと俺は裏切られた。
あいつらはガチでヤバい奴らと繋がっており、くすり、乱パ、暴力事件と流石にこれ以上は付き合いきれないと判断し俺は速攻で縁を切った。
種を蒔けば自らが刈り取る時が来る。
あいつらほどなくして学校を退学していった。学校側に悪行の数々がバレてしまったらしい。
でもどうやらあいつらは最後まで俺の名前を出さなかったみたいで、教師や生徒たちからは疑いの目線を向けられることはあっても、俺に特別お咎めが回ってくることはなかった。
温情かどうかなんて知ったこっちゃねえ。
俺は本気で家族だと思っていた。思っていたんだ…
こんな事をする奴らだと知っていたら最初から親しくなんてなっていない。
でもなんで、こんなに涙が溢れてくるんだよ。ちくしょう…
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