第22話 竜胆さんは思い返す…
「すぅ…ふぅ…すぅ…」
(宮沢は寝たか…)
あの後、宮沢の要望で神坂朱里へ『今日は用事で行けなくなりました。』というメッセージを一緒に返信した。
きっと音沙汰なしで明日を迎えていたら、高い確率で面倒ごとが起きていただろうし賢明な判断だ。
返信する際はやっぱりまだ不安そうな宮沢だったが、俺が手を差し出し握らせたらどこか安堵したような、ふにゃっとした表情を見せていた。
よく頑張ったな。
その頑張ったご褒美のつもりなのか、宮沢に『今日は一緒に寝たい』と添い寝をおねだりされた。
意外にも宮沢は積極的なんだなと馬鹿なことは考えたりせず、俺自身も今の弱っている宮沢を一人にさせるつもりなんてなかったし快く承諾した。
でもまさかそれが同じベッドの上でなんてな。てっきり別々で俺は床にでも寝るもんだとばかり。
しかも現在進行形で繋がれている手からは宮沢の体温を鮮明に感じる。
だがあの上目遣いに勝てるやつはいない。たぶん無自覚だろうけど、凄くこちらの理性が試される。
ああいうのは無防備に誰彼構わず見せるなって、ちゃんと言い含めておかなければならない。宮沢のためにも。
(まつげ、長いな…)
俺はなんとなく宮沢のことが気になって顔を横に向けた。そして月明かりが照らす薄暗闇の中、宮沢の横顔を控え目に眺めた。
「すぅ…ふぅ…すぅ…」
宮沢は規則正しく胸を上下させて健康的な寝息を立てていた。
今の宮沢は泣いた事により目が腫れていて、恥ずかしいからという理由でマスクを着用して寝ている。
そんなことは気にしなくてもいいと思ったが、それは俺の意見で男の宮沢からしたら死活問題なのだろう。
ただ、息苦しくないのか。ただでさえ色々なことがあり心を落ち込ませて、上手く眠ることができるのかと心配だったが。
そもそもの話、宮沢は泣き疲れてまず体力が尽きたのだろう。ベッドに入り一言二言交わした後に宮沢は即入眠していた。
ほっと一安心だった。
今日俺は徹夜する覚悟があった。もしもの場合を考えて、昔の記憶を掘り起こし入眠効果のありそうな子守歌や昔話なども用意していたが、
無駄になってよかった。
「んっ…」
「っ…」
…寝返りか。
一瞬起きたのかとドキッとしてしまった。別にやましい事は何もしてないが。いや、寝顔を眺めてしまったか…
宮沢が寝返りを打ったその拍子にふわっと匂う、俺と同じ香り。
俺んちのお風呂に入ったんだからそんなの当たり前の話なんだが。
同級生の異性が、しかも好きな男が自分と同じ匂いを漂わせて隣で寝ているって状況がなんだか事g…
「はぁ……」
今日はもうダメだな。俺もきっと疲れているんだ。
さてとそろそろ俺もと本格的に寝る体勢に入ろうとした時、
「あっ」
寝返りを打ったことによってこちら側を向いている宮沢。
「んっ…すぅ…」
こういう時に限ってよくないものを視界に収めてしまう。
宮沢が着衣している大きめのワイシャツの胸元が緩くなっていて、谷間が見え…覗き込めば宮沢の…も見えてしまいそうだった。
ただでさえ宮沢は夜ズボンは履かない主義の持ち主で、今そのお腹を冷やさないようにと覆っている布団を退かせばきっと拝むことができるだろうパンッ
良くない、非常に良くないぞ。邪な感情がぐるぐる渦巻き、頭が沸騰しかける。
「ふぅぅぅ…」
俺は目を瞑り、情報をシャットアウトする。そして深呼吸することによって精神統一を図る。
…俺も何気に思春期してんだな。
そう冷静に自身を俯瞰し評価する。
こんな子供らしい感情を再び持てる日が来ようとは中学の頃の自分には考えられなかった。
とりあえずこの衝動が完全に収まるまでジッとしていよう。あわよくばこのまま眠りに落ちますようにと願う。
それまでの時間、俺は隣で寝ている宮沢との出会いを振り返ることにした。
・
俺にとって宮沢との出会いは運命的だった。
それがどれだけ運命的だったかを語るには少し遡り、まずは俺の中学時代を語る必要があった。
俺の一家は、母、俺、弟の三人構成。父は元々いない。まあ今の世の中男親がいる家庭の方が珍しい。
母は仕事の都合上よく家を空けていたが、稼ぎはいいし、月に一、二回は必ず帰って来てくれてどこか美味しい食事処に連れて行ってもらえたし、愛してもくれていたので不自由はなかった。
弟は女の俺にも優しくて、姉の俺から見てもとても可愛らしい子だった。
まあ正直に言えば俺はブラコンだったが、そんな贔屓目を差し引いてもお釣りが来るくらい弟は容姿、能力、性格に優れていた。
こんな風に家庭に男(弟)がいて周りからはしょっちゅう羨ましがられたが、俺たちはごく一般的な家庭で日々を平穏に過ごしていた。
しかし、問題は弟が中学に上がっていじめの被害に遭ってしまった。
当時、弟のクラス内には弟の他二人の男子生徒が在籍していた。弟はその二人共にハブられていたらしい。
「なにがあった?」
俺はすぐに弟の顔色がすぐれないことを察知して問い詰めた。
「実は…」
その頃の弟は思春期に入っていたが、姉の俺に正直に話してくれた。
それくらい誰かに話したい、そして助けてほしいって余裕がなかったのかもしれない。
当時の俺は馬鹿だったから。弟の希望通り、仕事で忙しくしている母には内緒にしておく事に同意してしまった。
じゃあ、と俺は独断で一度学校側の人間に電話をしてみようと考えた。
幸い担任の先生の携帯番号は知っていた。今はご飯やお風呂の時間かもしれないが知ったこっちゃない。こっちは弟が助けを求めているのだ。
しかし、結果だけ言えば真剣に取り合ってはくれなかった。
いくら訴えてみても、『弟の勘違いなのでは?』、『そういう話はよくありますよね〜』とどちらかと言うと被害者側を責める発言や自分は関わりたくないという意志を感じる保守的発言ばかりで納得がいかなかった。
あまつさえ、『姉にかまってほしいから嘘をついているじゃありませんか?』と言われた時には流石にムカついて、俺は担任に怒鳴り散らし散々罵倒した後、電話をブチ切ってやった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
俺は荒い息を吐きながらどこにこのやり場のない感情をぶつけようか悩んでいたが、大事な弟にそう心配されてふと我に返った。
この子が一番大変な時期なのに、姉の俺がこんな顔をさせたらダメだ。俺はひどく反省した。
それから、残り香のようになんとなく弟との間に漂う気まずさから、俺自身は大事な大会の時期が迫っていることもあり必死に部活の練習に打ち込んだ。
もちろん弟のいじめの件にはずっと注意を払っていたつもりだが、あれからさっぱり弟からいじめの話を聞かなくなって、もしかしたらこの優秀な弟は上手な解決法を見つけていじめをなくしたのかもしれない。
そうやって、流石は俺の可愛い弟だと楽観してしまった。
今ではもっと弟に寄り添うべきだったと後悔している。
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