第21話 それは温かくて苦しくて切なくて…

「…ぐすっ……ん……」



 僕が泣きやむまで竜胆さんは背中をとんとん叩いて慰めてくれていた。



「……」



 僕は鼻をぐずぐずにしながらも、思考は意外とクリアだった。



 これからとても残酷な事を竜胆さんに言わなければならない。きっとそれから逃げる事は許されない。



 竜胆さんに『もう大丈夫』と合図して、僕は身体を起こした。



「…竜胆さん」



「…どうした?」



 竜胆さんに気づかれないように僕は一度深呼吸する。



 逃げるな。僕が怖がるのはお門違いだ。



「その、竜胆さんの気持ちはすごく嬉しい。でも…っ、ごめんなさいっ。…付き合えない、です。…だって僕、まだっ」



 朱里ちゃんの事が…



 罪悪感から竜胆さんの顔がまともに見られない。怖くなって僕は顔を俯かせる。変な汗が背中に張り付いて気持ち悪い。



「……」



「……」



 チクタクと時計の音がやけにハッキリと耳に響く。



「…わかってる」



 感情の読めない竜胆さんの平坦な声音。



 俯いた僕の視界内には、竜胆さんの変色くらい力強く握られた拳。



「っ、ごめんっ」



 とてつもない罪悪感。胸が張り裂けてしまいそうだった。



 きっと今の僕を見たら十人のうち半数以上はさっさと竜胆さんに乗り換えてしまえとか罵倒してくるんだろうな。



 わかってる。僕が馬鹿だってこと。



 でも、まだ心のどこかで朱里ちゃんが変わるのを期待してしまっている自分がいる。



 こうやって竜胆さんと出会って話してみて、自分が辛いんだってことに気づけた、この状態で改めて話し合えば、もしかしたら…



 なんてのは薄い希望かもしれない。だけど、それでも今まで朱里ちゃんと過ごした日々があまりにも大きすぎて、はいさようならとあっさり縁を切って他の女性になんて乗り替えることはできない。それに、



 僕の幼い頃の女性不振トラウマを直してくれたのは朱里ちゃんだから。



「…まあ、気にすんなっつっても難しいよな」



「っ」



 その時、僕は竜胆さんの両掌に頬を包まれて優しく顔をもち上げられた。



 そこでパチっと慈愛に満ちた微笑みを浮かべた竜胆さんと目が合った。



 …どうして今そんな顔ができるの?



「…お前は優しいから、きっと俺の想いに答えられないから申し訳ない、とか思ってんだろ?」



「!」



「ふ、やっぱりな」



 どうやら竜胆さんにはこちらの感情なんてすべて筒抜けらしかった。



「…ごめんっ、ごめんなさいっ。最低だよねっ、僕っ。…竜胆さんの気持ちには答えられないのにこうやって辛い時はっ、都合良く竜胆さんの優しさに甘えてっ」



「……」



「それに、僕。竜胆さんにもらってばかりだ…」



 既に多くのものを竜胆さんからもらっていた。本当は付き合えたならよかった。



 でも、僕にはそれはできない。なら今僕に出来る精一杯で恩返しがしたい。何かないか?考えろ、考えろ…



「…そりゃさ、こういう形で振られて辛いか辛くないと聞かれたら…まあそりゃ辛いわな。一人でいたらきっと情けなく泣いてたと思う」



「っ、うん…」



 そう改めて面と向かって言われると心にくるものがある。



 だけど、最後まで聞く責任が僕にはある。また俯きそうになる自分に叱咤し、決して目を逸らさないように瞳に力を込めた。



「…でも、こうやって好きな男に頼られて嬉しいし…宮沢は勘違いしてるが、俺もたくさんもらってるんだぞ?」



「え、」



 …僕が竜胆さんに何かあげただろうか?記憶を探るも逆に僕が竜胆さんに助けてもらったことばかりが思い浮かんだ。



 思わずこてんと首を傾げてしまう。その反応が面白かったのか竜胆はくすっと一笑した後、教えてくれた。



「…不謹慎かもだけど、そのな…手を繋いだり、ハグをしたり、それからいろんな話を俺に打ち明けてくれただろ?」



「…うん、そうだね」



 改めて言われるとなんかむずがゆい。



「…俺はそれが嬉しかったんだ。俺と宮沢は急な関係だったけど、こう、信頼されていることを感じれて。…冗談はなしに、お前といる時間は俺の十数年の人生の中でも断トツに楽しかったんだ」



 …そう、だったんだ。



「…きっと相手が宮沢じゃなかったらこんな思いはしてなかった。…だから安心しろ宮沢。俺もたくさんもらってるから。罪悪感なんか感じる必要はねえよ。むしろ宮沢ありがとな」



 そう言ってまた竜胆さんは僕の髪を梳くように優しく撫でてくれた。



 いったい竜胆さんはどこまで優しいのだろう。人ってここまで他者に優しくできるものだろうか。ましてや自身を振った、こんな男にここまで…



 やっぱり、



「…竜胆さんはすごいなぁ」



「ん、なんか言ったか?」



「…んーん、なんでもない。竜胆さんありがとうって言ったんだよ」



「おぅ。どういたしまして」



 とくんッ



「えっ」



 今日一日見てきた竜胆さんの笑顔、それに僕は今までとはまったく異なる優しい心臓の脈打ちを感じた。



 (なに、これ…)



 つい自身の胸を手を当てる。



 なんだかとても温かいけど、同時にキュッと胸が苦しいような、切ないような、そんな感覚に僕は陥っていた。



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【★あとがき★】


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