第20話 あなたを信じてみたい…

 ピロンっ



「ん?」



 ちょうど母に連絡を入れようとしたタイミングでスマホの着信音が鳴って少し驚いてしまった。誰からだろう。



「!?」



 僕は息を呑んだ。凍り付いたように身体が動かなくなった。



 表示された画面を眺めると、僕が家を出てから何十件もメッセージが立て続けに送られていたことに気づく。もちろん送り主は朱里ちゃんだった。今の今まで色々な出来事が起きてたから全く気づけなかった。



 トーク画面を開いてみる。



 『まだー?』二時間前



 『あれ、どうしたの?』二時間前



 一部省略



 『もしかして、場所間違えてる?』一時間前



 『おーい』一時間前



 『むし?』一時間前



 一部省略



 『どうした?』五十分前



 一部省略


 

 『大丈夫?』四十分前


 

 一部省略



 『ねえねえ』三十分前



 一部省略



 『いおりくーん』二十分前



 一部省略



 『寝ちゃったのかな?』十分前



 一部省略



 一部省略



 一部省略



 一部省略



 一部省略



 一部省略



 一部省略



 一部省略



 一部省略



 一部省略



 一部省略



 『あ、既読ついた』数秒前



 『待ってるよ』数秒前



「っ」



 ぞわっと鳥肌が立ってしまう。心臓もどくどくと煩くて、上手く息を吸うことができなくて苦しい。



「ぼ、ぼくっ、やっぱり帰るねっ。…竜胆さん。今日は本当にありがとう…」



 僕は竜胆さんに「それじゃ」と言って早足で逃げるように玄関へ向かおうとした。



  がしッ



 だが、竜胆さんはそれを許してはくれなかった。竜胆さんは珍しく痛みを覚えるくらい僕の腕を強く掴んできて離してくれなかった。



「どこへ行くつもりだ?」



「……」



「宮沢」



「…家に帰るんだよ。これ以上は迷惑になっちゃうから」



「…嘘をつくな。神坂朱里の所へ行くつもりだろ?」



 竜胆さんには全てお見通しだった。



「だったら、なに?」



「…行くな」



「…でもっ、行かないと」



「…大丈夫だ」



「なにが?全然大丈夫じゃないんだけど」



「なんでだ?」



「なんでって、行かないと…」



 あとで何されるか分かったもんじゃない。とにかく怖いんだよ。竜胆さんにはわかんないでしょ。そもそもなんで竜胆さんに行くなって言われなきゃいけないの?何が大丈夫なの?何を根拠にしてそんなこと…



「宮沢ッ!」



「っ!」



 唐突に竜胆さんが発した大きな声にビクッと身体が反応する。内に沈んでいた意識が浮上して目の前に注意がいく。



「宮沢はどうしたいんだ?」



 真正面の竜胆さんが肩を掴んできて、心にストンッと落ちて来ることを聞いてくる。



「…い、行かない、と」



「それは宮沢の本心か?」



「…うん、そうだよ」



「本当にか?」



「……」



「話してくれないか?…俺は宮沢の本心が知りたいんだ」



 この竜胆さんの瞳だ。僕はこの瞳に勝てる気がしない。



「……」



「……」



「…やだ」



「やだ?」



「あ、あたりまえだよ…当たり前じゃんっ、そんなのっ…ぼ、ぼくだってほんとはっ、行きたくなんてないんだよっ」



 ”呼び出し”、やられることなんていつだって決まっている。朱里ちゃんのストレス発散のためいつもいつも僕がサンドバック役になって気絶するまで殴られ蹴られの繰り返し。もし途中で気絶したとしてもそんなのお構いなしで、雑に身体を貪られ、ただの性処理道具の様に扱われるだけ。



 そんなの望んでやられるような奴は頭がどうかしてるよ。



「でもっ…どうすればいいの?行かないと、あかりちゃんにまた」



 それにこのままだと朱里ちゃんが僕にだけではなくいつか竜胆さんにまで…と嫌な想像も広がる。



「あぁ〜っ、もうっ…」



 上手く言葉が出ない、伝わらない。もどかしい。髪を掻きむしりそうになる。



 鮮明に思い出す。あの痛み。毎度思う。もう二度こんな思いはしたくないって。でも逆らえないんだよ。怖いんだもん。それに写真の件もある。



「ねぇ…どうすればいいのっ…」



 それなのに、僕は朱里ちゃんの事を忘れることが出来ない、嫌いになることができない。



 どうしようもない自分の心。つらくて、いたくて、くるしい。



 一度気づいてしまったら不満が溢れ出して止まらない。僕はまた竜胆さんの前で喚き散らしてしまう。



 竜胆さんに当たるのは筋違いなのにと冷静な部分な自分が今の自分を冷笑する。



 僕は一日で何回醜い部分を竜胆さんに見せているんだと本気で死にたくなってくる。



「はぁ…ぅ…んっ…はぁ…はぁ…」



 息が突っかかって苦しい。ふらっと眩暈がして膝をついてしまう。



「…俺が守ってやる」



「!」



 片膝をついて目線を合わせた竜胆さんがそのような事を言ってくれた。



「宮沢のそばに居る。宮沢を支える。何があっても必ず宮沢の味方で居続ける。なんなら宮沢を裏切ったら死んでやってもいい」



「なんでっ…そこまで…」



 その答えがずっと疑問だった。ただ優しいだけではなく、なにかがあると。



「決まってんだろうがっ、宮沢のことが好きだからだっ」



「え」 



「あっ、うわ…」



 竜胆さんは思わず言ってしまったと口元を手で押さえる仕草を見せたが、もう止まれないとばかりに頰を朱に染めつつ覚悟の視線を僕に向けてくる。



「宮沢のことが好きなんだっ。だから好きな男は命に変えても守るっ、守りたいって思うのは当然だろっ。な、なんか文句でもあるかよっ」



「……」



「俺は楽しそうに笑っている宮沢が好きだっ。からかわれて拗ねてしまう宮沢が好きだっ。授業を受ける時の真面目な横顔が好きだっ。弁当を食べるときいつも美味しそうに食べる宮沢が好きだっ」



「……」



「…なにより、辛いのに、周りを心配させないように笑う。そんな心が優しい宮沢が、俺は一番大好きだ」



「……」



「あぁーっ。くそっ、やっぱ恥ずかしいな…」



 竜胆さんはその綺麗な髪をくしゃくしゃと乱雑に掻いた。



「あー、だからなっ。たとえ宮沢が嫌だって言っても勝手に助けてやるからなっ。覚悟しておけっ」



 はぁはぁと荒い息を吐く竜胆さん。そんな彼女はトドメとばかりに一度深呼吸した後改めて言ってきた。



「…だからもう一人で無理はしなくてもいいんだ」



 竜胆さんは両手で僕の手を包み込んで真っ直ぐこちらの目を見つめてきた。



「…ずるいよ。りんどうさんは」



「…すまん」



「…ぐすっ、そんな言われたらぁっ」



「!」



 一筋の涙が流れ落ちる。



「信じてみたくなるじゃんっ…」



 やっと見つけた小さな希望の光。今までずっと見ないフリをし続けてきた。誰にも話さないでずっと一人で抱え込んできた。でもこの人となら本当に大丈夫かもしれない。 



 僕は竜胆さんに抱きついてしばらくの間涙を流した。



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【★あとがき★】


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