第19話 お泊まりはダメですか…?

 ベッドの上で竜胆さんとおかしな雰囲気になって笑い合った後、ソファーへ場所を移して僕らは雑談を交わした。



 その際、竜胆さんはアニメが好きだと判明した。今期は僕も欠かさず見ている『見送る者』や『私の相棒はヤバイ奴』が面白いと熱弁してくれて盛り上がった。



「はぁ…夢中になって話し込んじゃったな」



「ふふ、竜胆さんあつかったねぇ」



「……」



「……」



 ふと会話が途切れる。



「宮沢。そろそろ時間大丈夫か?」



 竜胆さんの言葉に釣られて僕はチラリと時計を確認する。時刻は二十二時を迎えようとしていた。



「大丈夫だよ…」



 竜胆さんの一言に僕の盛り上がっていた気持ちは一気に覚めて現実に引き戻される。



「…大丈夫、ではないな。…誘ったのは俺だけど、こんな遅くまで無断で異性の家にいたらよくない」



「ほんと大丈夫だよ?…僕がどうなろうと誰も心配なんかしないよ」


 

 つい。竜胆さんに当たるような言葉を吐き捨ててしまう。ネガティブな感情に今心が支配されている。こんな幼稚な自分が嫌になる。



「…聞いてもいいか?」



「…なに?」



「やっぱまだ家族とは上手くいっていないのか?」



「……」



 そう聞かれて押し黙ってしまう。



 僕は今日の家であった出来事を思い返す。一般的にいえばああいうのはネグレクトとかに分類されるのだろうか。竜胆さんに過去を明かし、自分の気持ちに気づけた今ならわかる。あれはおかしかったって。



 竜胆さんは半ば予想はついてそうだけど、今の家庭環境まで話すべきだろうか。これ以上は竜胆さんの重みになってしまうのではないか。ここは無理にでも笑って誤魔化すべき…



「あっ」



 葛藤しているといつの間にか竜胆さんの手が僕の手の上に重ねられていた。ハッとする。



「……」



 竜胆さんと目が合う。その瞳はどこまでも真剣だった。この人なら絶対に自分の味方をしてくれる、そう思わせてくれるようだった。



「はぁ…」



 ほんとそれずるいよ。それをされると何でも話したくなってしまう。我慢なんてできるわけない。



「…さっきも話したと思うけど。その、朱里ちゃんに昼休みや放課後だけじゃなくて深夜にも呼び出されることがあるんだけど」



 そのことが原因で今朝みたいにホテルから直に登校するなんて日が頻繁に生じるため、母から僕は夜遊びする不良息子だと認識され、放任されている。というか家ではいない者として扱われている。  



 さらに、妹もそれに近しいような僕にぞんざいな態度をとってくる。



 今も家族から嫌われているこの状況が苦しい。両者共に昔は周りから羨ましがられるくらい仲が良かったから余計に辛い…



 そういったものを全て竜胆さんに包み隠さずに話した。



「…そっか」



 なんとか家族のことを話し終えて竜胆さんの顔色を窺う。すると眉根を寄せて非常に難しそうな顔をしている竜胆さんと目が合った。



「!」

 


 なでなで



 竜胆さんに僕は優しく頭を撫でられる。



「すまん。辛い事を思い出させちまったな…」



 竜胆さんは心の底から悔いている様子だった。僕は竜胆さんにそんな顔させたくないよ…



「言ってるでしょ?ぜんぜんっ、僕は大丈夫だよって」



「…全然大丈夫じゃねぇよ。宮沢今すげぇ辛そうな顔してた」



「っ…」

 


 そっか。そんな顔してたんだ、僕。



 もうすっかり慣れた事だと割り切れていたと思っていたけど、そうじゃなかった。



 一応、自分の顔をぺたぺたと触ってみるが何も分からない。もう感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。



 でも、今竜胆さんに言われて改めて自覚する。やっぱり僕はまだ家族の事も…ちゃんと好きなんだ。



「…でもっ、今は、辛いかな…また昔みたいに戻りたいよっ」



 勝手に声が震える。本心が溢れてまた泣いてしまいそうだった。



「…そうだよな。好きな奴に嫌われるのは、辛いよな。…宮沢、話してくれてありがとな。よく頑張ったな」



 今度は竜胆さんの方からそっと抱きしめられた。まるで割れ物を扱うみたいに優しい抱擁だった。



 その拍子にふわっと竜胆さん特有の匂いがする。安心する匂いだ。



 それだけじゃない。竜胆さんはそこにいる。その確かな証拠として、肌触り、体温、僕の胸の内にじわじわと温かさが広がっていく。目頭も熱くなってきた。



「んっ」



 僕の方からも腕を目一杯広げて、力強く竜胆さんを抱きしめ返した。



 もう泣きたくない。我慢するため、背中に回した手で竜胆さんの上衣の裾をぎゅっと掴み、堪える。



 なによりこれ以上痴態を晒して、心配をかけさせて、竜胆さんに嫌われたくない…



「っ。嫌われたくない、か…」



「宮沢?」



「まだ帰りたくないな…」



「っ!?」



「え。あっ、ご、ごめんっ。思わず…」



 僕はいきなり何を言い出しているんだろう。



 バッと慌てて口元を押さえるが、もう手遅れ。竜胆さんの耳にバッチリ届いてしまった。



 でも、実際よく考えてみると、暗い自室に引き籠って家族の事や朱里ちゃんの事で頭をいっぱいにして思い悩んで苦しむより、いっそのこと竜胆さんと一緒にいられたらどんなに温かい時間を過ごせるだろうかと僕は想像してしまった。だから、



「今日は、竜胆さんちに泊まったら…ダメかな?」



 気がつくと僕は恥を承知で竜胆さんに懇願していた。



 もっと竜胆さんと一緒にいたい。朱里ちゃんという存在がありながら、こんなこと本当はダメなことくらい分かっている。それでも…



「はぁ…その上目遣いは反則だろ。…でも、わかってるのか?俺らはまだ高校生で、しかも男女、さらにいえば恋人でもねぇってのに」



「だけど僕一人になったらまた死にたいって思って自殺しちゃうかもよ?」



「は?」



 さらっと言葉がついて出た。泊まるためとはいえ性格が悪すぎる。竜胆さんにこれ以上心配をかけさせたくない、嫌われたくないと思っているのに。ちぐはぐだ。こういう自分の醜さが嫌いだ。それでもなお、僕は今竜胆さんに泊まっていいよと言われるのを期待してしまっている。



「…それは卑怯だろ。そんなこと言われたらノーって言えるわけねぇじゃん」



 やっぱり。溜息を吐いた竜胆さんは諦めを浮かべていた。  



「だがな」



「えっ」



 唐突に竜胆さんに腰を抱き寄せられ、顎を指で持ち上げられる。



「そう簡単に死にたいとか自殺するとか言うな。自分の事をもっと大切にしろ。…わかったな?もし次同じような事を言ったらその時は本気で怒るぞ?」



「あ、え、あのっ、ごめんなさい…」



 テンパる僕はなんとか必死に言葉を捻り出した。竜胆さんからごもっともなお叱りの言葉を頂いてしまった。



「や、分かったんならいい。…俺の方こそすまん。怖かったよな?」



 パッと竜胆さんは手を離してくれた。



「俺、普段はこういうの柄じゃないんだが…宮沢の事となるとなんかな…」



 ばつが悪そうに後頭部をポリポリしていた竜胆さんは次第に言葉尻も下がっていき、しょんぼりし出してしまった。



「ぜっ、全然大丈夫だよっ。気にしてないから。あ、今回は本当に大丈夫って思ってるからねっ」



「いいよ。べつに嘘つかなくて。…怖ったし、一丁前に説教みたいなのキモかっただろ?」



 うーん、竜胆さんも意外としぶといネガティブをお持ちなようで。



「ずーん…」



 さらに落ち込んでいく竜胆さんの姿を見ていられず、僕は恥ずかしかったけど、まあいいかと観念する。



「ほんとはね…その、怖いっていうよりか。なんか、竜胆さんに怒ってもらえて、すごく大切にされてるんだなぁって感じて。むしろドキドキしたし、嬉しかった…」



 それに、あの瞳に見つめられて心臓の鼓動が早くなっていたのは事実だ。だから恐怖だとか気色悪いだとかは全く思わなかった。



「そ、そうか…」



 本音を話すと竜胆さんは持ち直したようで、今度はわかりやすく頰をポリポリと搔いて照れていた。かわいい。



「ま、まぁ。親御さんにはっ、しっかり連絡だけは入れるようにっ。ひ、一言だけでもいいからっ」



「ふふ。はーい、わかりましたー」



 分かりやすく話題をそらした竜胆さんが可愛らしくてくすくす笑ってしまう。



 笑うなよと竜胆さんからムッとした顔で見つめられるが、ごめん。その可愛さの前には頬が緩むのを抑えられないよ。



 ピロンっ



「ん?」



 そんな時にちょうどメッセージの受信を知らせるスマホの着信音が鳴ったのだった。

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