第18話 あぶなかった…
「階段を上って一番奥の部屋っと…ん?」
竜胆さんの部屋へ向かう途中の廊下で『かなめ』とドアプレートの掛かった部屋を発見してしまう。
「……」
なぜだか僕はそれに酷く目を奪われ、しばらくその場で立ちすくんだ。
竜胆さんからはこの家で一人暮らししていると聞いている。
だったら、この『かなめ』というのはいったい誰なんだろう。この扉を開ければ何か分かるのだろうか。自然とドアノブに手が掛かる。
「……」
そもそも竜胆さんの親御さんは今どうしているのか。疑問は尽きない。だけど、
「…やっぱりダメ」
僕は何も見ていないと結論づけてその部屋を素通りする事にした。
だって、これは竜胆さんにとって触れられたくないものかもしれないから。それを勝手に土足で上がり込むことはできない。恩を仇で返す最低な行為になってしまう。
僕は後ろ髪を引かれるのを自覚しながらも竜胆さんに言われた通り一番奥の部屋の扉を開けた。
「おぉ~」
訪れた竜胆さんのお部屋はシンプルなモノトーンのインテリアで統一されていた。机、テレビ、ベッド、ソファなど一切無駄のない仕様になっている。大人っぽい部屋だなぁ…と感じた。
「くんくん」
そして鼻をすんすん鳴らせばいつも竜胆さんから漂ってくるシトラス系の爽やかな匂いを感じた。
ナイトテーブルの上にその匂いの発生源だと思われるアロマディヒューザーが置かれている。
僕がいつも使っているフローラル系の甘い匂いとはまた異なる、自然な良い匂いでいつまでも嗅いでいたいと思わせるものだった。…今の変態ぽいかな?
「っ、」
そしてこれが竜胆さんがいつも寝て起きてを繰り返しているベッド。
僕はその近くにしゃがみ込み、ベッドへ手を伸ばした。
ちょんっと指の先っぽだけ、シーツの表面に触れてみる。
「あっ」
するとドクッと心臓の鼓動が加速する。
「だ、だめ…」
そう頭では分かっているのに僕はおかしくなってしまったのか、あわやシーツに頰を押し当てるかというところで、
「ん、なにこれ?」
僕はベッドの上に転がる一冊の本の存在に気づく。えっとなになに…
『気になる男の子を彼女から寝取り堕として、純愛〇〇〇する話』
「うわっ」
衝撃のタイトルと可愛い系の男の子の肌色多めの表紙に動揺して僕は本を床に取り落としてしまう。
竜胆さんもこういうの読むんだ…
「……」
僕はなんとなく興味が湧いてしまって、本を拾い上げ中身を覗く。
表紙を見た時点で察していたがとにかく肌色が多い。開始数秒で即濃厚に絡み合う男女に内心うわぁぁ…と悲鳴を上げて、僕は開始数十秒でパタッと本を即閉じてしまう。
「はぁ、はぁ…」
激しく動いたわけでもないのに息切れがすごい。言っておくが僕は別に童貞ピュアボーイというわけない。当たり前の話だけど。でも今はなんだか物凄く恥ずかしかった。なんでだろう。頰があっつい。
「まだ、ある…」
お布団に隠れていたが他にも幾らかの本を発掘した。『異性と上手に話す方法』という書籍や『デート初心者必見!モテるデート術』という雑誌などなど。これらにはなんだかほっこりしてしまった。
「ん?」
その時、ベッドのヘッドボードに置かれているひとつの写真立てが視界に入る。
そこには今より少し幼い竜胆さんの姿と一人の男の子が元気いっぱいに笑顔でピースする姿が写っていた。
これが例の『かなめ』くん?
バタンッ
「!?」
唐突な扉の開閉音にビクッと身体が驚く。
振り向くと、タオルを首に掛け、色違いのグレータンクトップ、同色の短パンを履いた竜胆さんが息を切らし立っていた。
「…竜胆さん?ずいぶん早かったね?」
僕はすまし顔を浮かべ平静を装う。写真立ては瞬間的にサッと枕下に潜り込まして隠した。
よく見てみると、竜胆さんの髪はまだハッキリと濡れていて定期的にぼとぼと雫を落ちていた。
「あぁ。宮沢をあんまり一人にさせたくなくて…ってそんな事よりもっ、宮沢それっ」
「あ」
竜胆さんに指を差されて己のミスに気づく。写真立ての方に気を取られすぎて今右手に持つ肌色濃厚な本を隠す事を忘れていた。
「み、見たのか?」
「えっと」
バッチリ見ちゃいました…
「くっ、見たんだな!?」
竜胆さんはそう確認すると、さっさと僕に近づいてきて僕が手に持つ本を掻っ攫って行こうとする。が、
「だーめ、あーげない」
「なっ!?」
「ふふ、竜胆さんもこういう本読むんだね?」
目に見えて焦る竜胆さんの姿に対して僕は黒い感情が働くのを我慢できなかった。思わず顔を傾け、余裕のニヤニヤした表情で竜胆さんの事を見つめてしまう。
竜胆さんも僕がそんな意地悪をしてくるとは思っていなかったのか目を見開いて驚いていた。僕自身も驚いてる。僕の中でこんなSの一面が眠っていたとは。
「み~や~ざ~わ~っ」
相当ピンチの竜胆さんは「俺のエロ本を返せ!」と本人は全く気付いてなさそうな恥ずかしい自白をしながら、取り返そうと必死に腕を伸ばしてくる。
楽しくなってきた僕はぷるぷる腕を限界まで伸ばし、竜胆さんの手が届く範囲から本を遠ざける。
そうして数分間ベッドの上でじゃれあいをしていた時、
「うおっ!?」
「え、ひゃぅ」
ギシッ
「うぉ…」
「っ…」
体勢を崩した竜胆さんが上から覆いかぶさってきた。
「……」
「っ…」
息を呑んだ。僕の鼻先がちょんっと竜胆さんのそれとこっつんしていたのだ。
竜胆さんの綺麗な御顔が文字通り目と鼻の先にある。
(綺麗だな…)
まつ毛なが…こうして竜胆さんと至近距離になって初めて気付く。
竜胆さんの瞳から目が離せない。
ふわっと垂れた竜胆さんの髪からイイ匂いが漂ってくる。
というか今僕たちって同じ匂いなんだっけと気づく。じわじわと頰や耳が色づいていき、頭が一気に熱を持っていく。
「はぁ…っ…」
「っ……ん…」
竜胆さんの生温かい吐息が頬にかかる。くすぐったい。
「んっ…」
このままだとなんだかイケナイ気持ちになりそうだと危惧し、モゾモゾと抜け出す努力をする。
がしかし、しっかり上から竜胆さんの体重がかかっていて、僕は身動き一つ取れなかった。
(やばっ)
そして今僅かに動いたせいで竜胆さんの身体とさらに密着してしまい、隙間なく重なり合う事になってしまった。
「…はぁ……ゴクッ…」
「…ぁ………ぁぅ…」
このシチュエーションに急激に発汗している僕の体温と、今までお風呂に行っていた竜胆さんのポカポカの体温が混ざり合って今とんでもない熱気がこのベッド上には発生していた。
どうしよう…このままじゃ…っ
「っ、す、すまんッ」
そこで我に返った竜胆さんがバッと勢いよく身を退いてくれた。
「はぁぁ…」
頬の赤い竜胆さんは僕の隣にぺたっとお尻をつけ、頭を抱えてやってしまったという表情を浮かべ、思いつめている様子だった。
おそらく僕の過去を聞いた後だからかな。強い自己嫌悪が彼女を襲っているのだろう。彼女は優しいから。きっとそうだと思う。
「っ!?」
このままだと竜胆さんがどこか遠くへ行ってしまいそうだったので僕は大丈夫だよと安心させる意味合いで竜胆さんの首に腕を回しギュッと彼女の事を抱きしめた。
「僕、竜胆さんなら…怖くないよ?」
「っ…」
嘘偽りない本心だった。今日数時間を共に過ごして、この人ほど信頼できる人はいないと純粋にそう思った。
だから、どこにも行かないでと願いを込めて抱きしめ続ける。
彼女の中の負の嵐が過ぎ去るのを待つ。
「……」
そんな僕の願いが叶ったのか、気付けばポンポンと竜胆さんの大きな手が優しく僕の背中を叩いていた。僕は顔を上げる。
「もう大丈夫だ…ありがとう、宮沢…」
「うん。どういたしまして、竜胆さん…」
「……」
「……」
見つめ合っているとなんだかお互い気恥ずかしくなって、えへへ…と照れ笑いを浮かべ合う。
なんだ、この初々しい雰囲気は。付き合いたてのカップルか。
「くっ」
「ぷっ」
そんな状況がつい可笑しくってどちらからでもなく噴き出してしまう。
「あははっ」
先程まで浴槽で号泣していた事が嘘のように僕は今笑っている。
きっとこれも全部竜胆さんのおかげだった。
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【★あとがき★】
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