第11話 ナンパはやめてくださいっ…

 家から飛び出した僕はリンドウさんの指示通りに学校近くの◯△駅前公園で待機していた。



「雨、酷いな…」



 朝昼は晴天だったのに、ここに着いてからさらに雨脚は強くなった。



 幸い風は弱く、公園の東屋のおかげで濡れる事はなかった。



 体育座りをして俯く。リンドウさんまだかな…



「はぁ…寒い…」



 家から飛び出す際に上着を落としてきてしまった。ぷるぷると小刻みに身体が震え出す。



 あぁ…まだかな…



 早く…



「ネェネ、きみきみぃ」



「っ、リンドウさんっ?」



 声がした方向にパッと額を上げるも、そこにいたのは明らかにリンドウさんとは違う、こちらを見てニヤニヤいやらしい表情を浮かべる二人組の女だった。



「え…だれ?」



 思わずといった調子で疑問が漏れてしまう。話しかけて来た女たちは大学生ぽい風貌をしており、片手に缶ビールを持ちチャラチャラした雰囲気を醸し出していた。僕は警戒を強める。



「もしかして警戒してますネ?大丈夫だヨ。お姉さん達ぜぇんぜぇん怪しい者じゃないからネ?」



 片割れのA子(仮称)は明るいホワイトアッシュの髪に、複数個リップピアスをつけたイカツイ女だった。


 

 一見人の良さそうな微笑みを浮かべているが、目が全くと言っていいほど笑っていなかった。僕は今蛇に睨まれた蛙の気分だった。



「てか大丈夫w?学生さんだよね?こんなクソ暗い公園で男の子一人どしたん?お話クッソ聞いたげよっかw?」



 もう片方のB子は明るい茶髪のベリーショートに牛みたいな鼻ピアスを身に付けた、勝手なイメージだけど、粗雑で喧嘩慣れしてそうな女だった。



 もう暗い中でもわかるくらい首から顔にかけて真っ赤に紅潮させており、足元もふらついていた。相当酔っている。



 普段なら絶対に関わり合いを持たない派手目な怖い系の人達と出会ってしまったのだった。



「隣失礼するネ」



「クソ邪魔するわw」



 たった数センチの距離を空けて遠慮なく僕の隣にドカッと腰を下ろしてきた。



 手に持っていたレジ袋を煩わしそうに放り捨てて、タバコ、パック酒、あとは避妊具などの中身を露出させていた。



「ほぉら話してごらんヨ。彼女と喧嘩でもしたネ?それとも家族と喧嘩して家出とかネ?」



 A子が舌舐めずりをしながら、僕の肩に馴れ馴れしく手を回してきて一気に距離を詰めてくる。



「んぐんぐっ、ぷはっ、けぷっ。うっわお兄さん近くで見るとやっぱクソクッソ可愛いw」



 B子はまだ飲むのか片手に握っていたビール缶を一気に煽った。息がとてもお酒臭い。



 酔いで理性が働いていないのか、不用意に僕の太腿をさすさすと弄ってくる。



 朱里ちゃん以外の、見知らぬ女に布ごしとはいえ触られて大変気持ちが悪かった。



「ぁ、やぁ…」



 だが、やめてくださいとハッキリ言う事はできなかった。二人の勢いに押されているのもあるが、小谷先生の時と同じで自分の意思に反して喉から上手く言葉が出てこないのだ。



「にひひっ、だいじょぉぶ。だいじょぉぶ。変なことはしないネ〜」



 A子は安心させるように僕の頭をヨシヨシ撫でてくるけど、正直全然安心できない。もう触らないでほしい。怖い。



「お姉さんたち良いホテル知ってるんだヨ」



「ほらあそこ行こーよっ、クッソ慰めてあげるww」



 二人は獲物を前にした肉食動物のようだった。弱者側の僕の反応を面白がり、見下し愉悦の笑みを浮かべていた。



「ぃ゛っ…」



 絶対に逃さないと意志を感じる、左右からのホールド。皮膚が食い込み、鈍い痛みが腕に走る。



 うっ、こういう強引なところ…なんだか最近の朱里ちゃんに似て…



 え? 



 僕は今なにを?



 朱里ちゃんがこんな人たちと似てるわけがないのに…



「…ちがう」



「ン?」



「あ?」



 朱里ちゃんがこんな人たちに似ているわけないっ



「ちがうちがうちがうちがうちがうッ」



「どしたネ?」



「クッソ頭パーになっちゃったw?」



「んん゛ぅっっ」



「ワッツ!?」



「シッッツ」



 突如降って来た火事場の馬鹿力を利用して僕は二人の拘束から離れて、豪雨の中へ飛び出した。



 また僕の中で脆くひび割れそうな感覚がする。



 怖い。今考えそうになった事をその場で置き去りにするように、僕はただ必死に転びそうになりながらも全速力で駆け抜けた。



「悪い子ネっ!待つネっ!」



「おいっ、待てや!クソ逃げんなっ!」



 すぐさま二人が後ろから追ってきて、僕を捕まえようとしてくる。



 大通りまで出られればっ!



 必ず誰か一人くらいは頼れる大人の人がいるはずだ。諦めず走り抜ければきっと助かる。



「はぁっ、はぁっ、んっ、はぁっ、はぁっ」



 しかし僕に根本的な体力がなくすぐに息が上がってしまう。早くも脹脛に乳酸がたまり足が重くなってきた。



 これじゃあたどり着けない…



 絶望感に視界が黒く染まっていく。こんな事なら普段からもっと運動しておくべきだったと今更僕は後悔し始める。



「にひひっ遅いネっ。これならっホテルに連れ込んでっヒィヒィ鳴かせてあげるネっ!」



「あ〜あっホテルでクッソお仕置き確定っwww」



 予想よりもはるか近くで聞こえた二人の声に戦々恐々振り返ると、既に二人との距離は二メートルもなかった。



 あ…もう無理だ…



 やっぱり僕なんてダメダメなんだ…



 朱里ちゃんがいないと何もできない…



 二人から伸びてくる手に恐怖を覚え、ぎゅっと固く目を瞑り、覚悟を決める。



 その時、



「あ」



『もし宮沢が頼ってくれるなら俺がお前の力になりたい。だから一人で無理だけはしないでくれ。』



 脳内でリンドウさんの言葉がよみがえる。



 まだだ…!



 諦めずに僕は反転し二人に背中を向ける。そして二人から距離をとる為に再び走り出そうと前のめりの姿勢をとった。



「リンドッ…」



 ドンッ



「ングッ」


 

 走り出した瞬間、僕は目の前の物体?に気づかず顔面から衝突し、尻餅をついて倒れ込んでしまう。



 痛い…と鼻頭とお尻を押さえながら、僕は昨夜と似たシチュエーションにデジャブを感じていた。



 もしかして…



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