第15話 もう後戻りはできない…
母のおかげで社会復帰を果たした僕は女性不振を克服する為に高校では積極的に女の子とコミュニケーションを取るという目的があった。
「あっ」
ところが高校の入学式の日にあっさりと根本的に解決の道を見つけてしまう。
「綺麗な人…」
当時僕と同じく新一年生だった朱里ちゃんに一目惚れしたのだった。
あの頃の彼女はまだ黒髪で今より地味な風貌をしていた。それでも潜在的なオーラは隠せないというか。アイドル顔負けの美顔、高身長かつ女性らしい丸みも帯びた体型、他の新一年生達では決して出せない大人っぽい雰囲気。
すれ違う生徒たちも十人中八人くらいは振り向いて彼女の事を二度見していた。
「…あの子となら」
他の女の子とは違って朱里ちゃんは特別に見えた。もちろん容姿的な意味合いだけではなく、僕はこの子となら上手くいくかもしれないと謎の信頼を寄せていた。
「…庵のことが好きですっ、私と付き合ってくださいっ!」
知り合って一か月、僕は校舎裏で朱里ちゃんから告白を受けていた。
朱里ちゃんは桜色に頰を染めながら、目を真っすぐ見つめてきて、僕の返答を待っていた。
背筋をピンと張り、震える両拳を無理矢理押さえ込むようにグッと握り込み、誰が見てもわかるくらい緊張していた。
その姿はいつもの落ち着いた雰囲気とは違って、なんだかギャップがあって自然と朱里ちゃんは真剣なんだなと思わせてくれた。
「…こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
でもまあ最初から答えなんて決まっていた。僕は嬉しさから少々涙を流しながら朱里ちゃんに『僕も好きだった』『ずっと気になっていた」』旨を伝えた。
そしたら朱里ちゃんはパァって花が咲いたような笑顔を浮かべて、もう気持ちが抑えられないとばかりに僕のことを勢いよく強く抱きしめた。
「必ず幸せにするからっ」
今でも当時の事は鮮明に思い出せる。好きな人にこんな愛の言葉を囁かれて、僕も内心では飛び上がって踊り出したいくらい嬉しくてもうどうにかなりそうだった。
「……」
「竜胆さん?」
一旦お話の区切りが訪れたから僕は竜胆さんの反応を確かめてみたが、先程とは打って変わって竜胆さんは一言も発さず、場がしんと静まり返っていた。
「…なんだよ、話を続けてくれ」
「えっ、う、うんっ。わかった」
何かを必死に押し殺したような竜胆さんの声を聞いて、僕は慌てる。続きを話す為に急ピッチで頭中でお話の順序を組み立てていく。
「それで、えっとね…」
付き合ってみて僕は再度実感することになった。やっぱり朱里ちゃんはすごいって。地味で平凡な僕とは異なって、彼女は文武両道、成績優秀、常に皆の模範となり、先頭に立っていた。
「カッコいい…」
大財閥の一人娘という事もあるためか顔も広く、人脈は校内だけに留まらない。
他校にも友人が複数いて実際に外で遊ぶ時に僕にも何人か紹介してくれた。その際に『この子が私の自慢の彼氏くん』と紹介してくれてとてつもない幸福感と優越感に満たされたのを今でも覚えている。
「こんなに幸せでいいのかな…」
女性不振の中で出会ったカッコよくて優しくて完璧で究極な女の子。もう僕にはこの人しかいないと思うようになるのは必然だった。
「このままじゃ…」
でも次第に僕はこのままうかうかしてられないと強迫観念に襲われるようになった。彼女は人気者で僕以外の人間とも関わる時間が多い。僕よりもいい人を見つけて、僕はあっさり捨てられる、そんな最悪の未来が訪れるかもしれない。
そんな未来を回避する為に僕は地味な自分から脱却し、少しでも彼女と釣り合いが取れる、さらには彼女の好みの人間に近づけるように自分磨きを始めた。
しかし、そのせいもあってかまさか彼女があんなことをする人だったなんて当時の僕はまだ知らなかった。
「……」
「宮沢、どうした?」
「…ううん、なんでもないよ」
「そうか…」
「…うん」
この先を話そうとするとどうしても口が重くなってしまう。でもいつまでも黙っているわけにはいかない。
「……」
心のどこかでここからが核心の部分だと予感しているのかもしれない。話せばもう後戻りはできないと感じる。
正直こわい。
でも、覚悟を決めなければならない。今日竜胆さんに全部話すって決めたんだ。
ふぅぅぅと僕は一度大きく息を吐き出した。
そうしてからお話に綻びが出ないように遠い過去を思い浮かべるようにしながらゆっくりと語り始めた。
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