第29話 なんでもできるんだね…

「……。ねえ、竜胆さん」


「…なんだい。宮沢さん」


「今度、料理教えてくださいっ」


「…いいけど。なんで?」


「なんで、って」


 目の前の食卓に並んだオシャレな朝ごはんたちを眺める。


 竜胆さん作、ウィンナーインのふっくらキツネ色に焼きあがったフレンチトースト。

 

 その周囲には引き立て役を負った色鮮やかなサラダたちが囲っている。


 他にも透明なガラス容器に入ったフルーツ&ヨーグルトや体が温まりそうなスープまでついていた。


 それらは眺めているだけで涎が出てきそうだった。


 というかウィンナーインのフレンチトーストって初めて見たかも。すごい。こんなの見せられたら誰だって教えを乞うてしまうよ。


「宮沢だっていつも自分で弁当作ってんだろ。料理できるってことでは?」


「そうっ、それだよっ!逆に言えばその程度なんだよっ」


「あ、はい」


 ビシッと竜胆さんを指差し力説する。


「…竜胆さんはいつもお料理はどうやって作ってるの?」


「ん?どうやってって…。まぁそりゃ冷蔵庫の中身にあるものを確認してこれ作ろうかなぁってなんとなく決めて、後はテキトーにぱぱっと…」


 わぁお。できる人の模範解答が返ってきた。


 ほれ見ろと僕はパチンッと指を鳴らす。


「そこだよっ、僕と竜胆さんの差はっ!所詮お弁当専用の料理しかできない僕とは違ってその竜胆さんのこなれてる感が羨ましいよっ、憧れちゃうよ」


「憧れるのはやめま、」


「ん?」

「あ?」


「……」

「……」


「こほんっ。…とにかく、いつか教えてね。お願いします」


「まぁ…宮沢がそこまで言うなら了解した」


「…」

「…」


 会話が終わっちゃった。


 こんな風に僕たち、いや主に僕に落ち着きがないのは訳があって。


 なんとなく昨夜の件を引きずって気まずい状況なのだ。


 昨晩自身の心の内側を明かした。それが一晩経ったことによってじわじわと己を蝕んできているのだ。主に羞恥心と罪悪感で。


 僕はこの状況を打破するため何か話題はないかと熟考する。


「あ…」


 そういえば今日の僕は昨夜と同じ過ちは犯さないと、お風呂上がりだがワイシャツ一枚ではなく制服をきっちりと着込んでいる。


 もしまた竜胆さんのシャツを借りていたら、「じゃーんっ、見て。好きな男の子のカノシャツ姿だよ。昨日はあんまり見られなかったでしょ?お礼の意味も込めて今はいっぱい見ていいんだよ。ほらどーぞ」とか言って竜胆さんを誘惑して話が盛り上がっていたかも…いや何言ってんだ僕。てんぱりすぎて頭でもおかしくなったのか。


 じゃあ、こういうのはどうか。先程まで入浴していた僕は少ししか拝めなかったけど、料理中の竜胆さんがふと見せた真剣な横顔にドキッとしたことやエプロンをしている姿が普段とは印象が異なってなぜか萌えたとか、そういう話とかする?


「~~っ゛」


 いやいやっ、そんな話題を出したら僕がただフェチズムの変態さんだってバレるだけじゃん。さらにこの場に居た堪れない空気が流れるわ。自分のコミュ障ぶりに頭を抱えたい気分だった。


「っ…」


「どうした?」


「な、なんでもないです…」


「ふーん、そっか」


 チラッと顔色を伺うと竜胆さんと目が合ってしまった。どうしよ。


「り、竜胆さんって何でもできるよねっ」


 結局、僕は苦し紛れに何の身にもならなそうな無難な話題を切り出した。


「…そうか?…んや、俺にもできない事だらけだよ。もどかしく感じることばっかりだ」


「へ、へえ…竜胆さんでもそんなこと思うんだ…」


 純粋に意外だった。僕の中では竜胆さんは何でもそつなくこなすイメージが昨日のうちに形成されていた。


「でもお料理の件もそうだけど昨日だって泣いてる僕を慰めてくれたじゃん?…あれとっても男心を理解していたっていうか、すっごく頼り甲斐が、」


「おい」


「あっ」


 竜胆さんに指摘された遅れて気づいた。


 昨夜の件を思い出させる話題を提供する、つまり自ら地雷原に特攻してしまっていることに。


「はぁー。宮沢ってこういうの下手だよな。顔にもすぐ出てわかりやすいし」


 我慢できないといった様子で、僕は竜胆さんに笑われる。


「むぅ…」


 竜胆さんの意地悪。


 わざわざ言わなくてもそんな事自分自身が一番わかってるし…


 頬が自然と膨らんでしまう。


「…そんなこと言う人にはお弁当作ってあげないよ?」


 プイッとそっぽを向いて抗議する。


 実は昨晩のうちに今朝ここで(学園の屋上で約束した通り)お弁当を作ることにしていた。


 そのため竜胆さんはコンビニで食材の購入も済ませて来てくれていた。


「じょ、冗談だ。そういう下手な所も宮沢の良さっていうか、可愛いと、俺は思うぞ」


「ふ、ふーんっ」


 そういうストレートな言葉はやめて頂きたい。


 頰が熱くなるから。


 はぁー。パタパタと手で熱を持った部分を扇ぐ。


「はぁ…わかったよ。じゃあほらこの余ったウィンナー一つでどうだ?」


「……」


 竜胆さんは僕のことを餌で釣れば機嫌を直すチョロい男だと思ってないかい?


 甘く見られたものだ。僕が食欲に負ける人間だと思われちゃ敵わない。


「二つで許してあげる」


「お、おぅ。…これでいいんだ」


 ボソッと竜胆さんが「チョロい、心配になるぜ」と呟いたのを耳が拾った。


 失礼な。もぐもぐ。


「じゃあ、僕からお返し」


「なにくれんの?」


 僕は予め狙いを定めていたブツを箸で掴み、竜胆さんの顔の前で待機させる。


「はい、あーんっ」


「!?」


 竜胆さんは驚愕の表情で固まり、口をパクパクさせている。


 開いたり閉じたり入れずらい。何かのゲームかな。


「お口開けたままにしてよ」


「い、いやっこれは流石にっ」


「なに?僕のあーんじゃ食べられないっていうの?」


「ちがっ、そういう意味じゃ」


「だったらなによ?」


 竜胆さんは「関節が…」どうとか何かをブツブツ呟いていた。…関節?


 だけどやがて決心がついたのか、まるで戦場へ赴く覚悟を決めた兵士のような表情を浮かべ、口を開けて来いと合図した。


 …いやこれただあーんするだけだよ?


「ま、いっか。はい、あーん」


「あー、んっ」


 もぐもぐ咀嚼中の竜胆さん。


「…どう?美味しい?」


 嚥下したタイミングを見計らって、感想よこせ、よこせと催促する。


「あ、あぁ…なんだかいつも以上に…。うん、すごくおいしかった…」


「そ、そっか。それはよかったよ」


 涙を流す勢いで悟りを開いたような表情を浮かべる竜胆さんに若干引いてしまう僕。


「じゃ。はい次」


「!?」


「そんないちいち驚かないでよ…」


「でもっ、こう何度もサービスがあるとつい勘ぐっちまう。…なんでだ?」


「…そ、そんな細かいことは気にしなくてもいいじゃんっ。ほら口開けてよ。さあさあっ」


 ピクピクッと痛いところを突かれ眉間が動いた自覚があった。どうかバレていませんように…


「ぁ?…宮沢もしかして、お前…」


「ぎくっ」


「自分の嫌いなもん、俺に寄越してねえか?」


 正解!


「好き嫌いは良くないぞ?…ほら食え。トマトくらい可愛いもんじゃねえか」


「むむむむりむりむりむりっトマト農家さんには申し訳ないと思ってるけどむりなものはむりっ!」


 ブンブン首を横に振り拒否する。


 ふいに小学生だった頃のトラウマが蘇る。


 あの時は給食に出されて食べざる負えなかった。


 口内に入れた時のぐちゅっと潰れる触感、溢れ出す酸味…


 あぁ、思い出しただけで少し気分が…


「あーん」


「!?」


 今度は僕の方が驚く番だった。


「ほら口開けろよ。おいしいぞ」


 竜胆さんはこちらにカットトマトを差し出しながら、テーブルに片肘を付きにやにや余裕そうに眺めてくる。


 その様子に若干ムカつくが、いやムカつくからこそ僕は眠っていた負けず嫌いを発揮してしまう。


「はむっ!」


「おっ、えらい」


 一思いにかぶりついた。


 そして食感が伝わる前に一気にゴクッと飲み込んだ。


「っ…」


 飲み込んだ後に、これ関節ではなく間接キ…と気づきそうになったところで僕の意識は暗転した。


「…………はっ、ただいま僕。今一瞬意識飛んでた」


「っ、おい大丈夫かよ。そんなに苦手だったんだな。なんかわりぃことしたか?」


 慌てつつ少し申し訳なさそうな表情を浮かべる竜胆さん。


「うへぇ…くちのなかが、なんはへん…」


 うぇ〜と舌を出し、もうこれ以上は食べられないとアピールする。


「っ…」


 バッと慌てて明後日の方向を向く竜胆さん。ん?


「…軽率にそんな顔見せんなよ」


 ?


「そんな顔って?」


「なんかえrじゃねえっ、とにかく次からは気をつけろよなっ」


「え〜」


 とめちゃくちゃな竜胆さんだった。


 しかし気が付けば、昨夜の件でなんとなく二人の間にあった気まずい空気が霧散していたのだった。

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