第13話 もう逃げられない…
「おじゃまします…」
約三十分歩いて僕は初めてリンドウさんの家を訪れていた。庭付きの小綺麗な一軒家だった。
リンドウさんはここで一人暮らしをしているらしい。
ちなみに『リンドウ』さんは『竜胆』さんと書くんだと表札を見て初めて知った。カッコいい。
「あっ…」
玄関でずっと繋がれたままでいた手が離れてしまう。残念に思ってしまうのはきっと朱里ちゃんに悪い。
でも、どうしてもあの手を見ると温かさを意識してもっと触れていたいと思ってしまう。家を飛び出した時はこれからどうしようと寒くて震えていた僕だったけど、今は心体共にポカポカだった。
「ほらっ。まずはこれで身体を拭け」
竜胆さんが慌ててバスタオルを持ってきてくれた。
竜胆さんのお陰でポカポカなのは確かなんだけど、流石にこのままでいると風邪を引きそうになるくらい僕の髪や服は濡れていた。
もしかしなくとも下着も…ぐしょぐしょだった。気持ち悪い。
とりあえず僕は髪にタオルをトントンと当てていき優しく水気を取っていく。そして竜胆さんに貸してもらっていたスカジャンを脱いだ。
「っ、み、宮沢。前…」
「え?」
最初竜胆さんが目を逸らして動揺する理由が分からなかったけど、視線の跡を辿っていくと僕の胸元に注がれている事に気づく。
「あ」
制服を着てきたことによって良くない結果を生んだらしい。シャツが透けているという実感がジワジワ襲い掛かってきて、頰が段々と熱くなってくる。
「あ、あの。あんまり見ないで。その、恥ずい…」
「あ、あぁっ。悪いっ」
要所を手で隠しながらそう言うと、竜胆さんは後ろを向いてくれた。
その隙に僕は服の下に手を差し込んで肌の湿りや下着に染み込んだ水分をサッとタオルで拭き取っていく。
「……」
改めて自らの肢体を見下ろすと、ほんと見事に下着が透けていた。朱里ちゃんに喜んでもらう為に派手な色を選択したのがよくなかったのかもしれない。
拭き取った後にぶわっとバスタオルを広げて自らの肩にマントのように覆い被せた。
「み、宮沢。もう大丈夫か?」
「あ、うん。ごめ、はっ…くしゅっっ」
「…よくないな。宮沢、風呂入っていけよ」
「えっ」
・
「はふぅぅ…」
まさか自分が朱里ちゃん以外の女の子の家のお風呂に入る事になるなんて思ってもみなかった。
チャプッ
自らの胸に手を当ててみると、いつもより心臓の鼓動が早い気がした。
「はぁ…」
僕には朱里ちゃんという素敵な恋人がいるのにきっとこんなこと許される筈がない。
「でも…」
ぶくぶくぶくっ
目を瞑ると今日起こった色々な出来事がフラッシュバックする。
自然と思い浮かぶのはあの印象的な笑顔、触れられると温かくてドキドキするあの大きな手、頼りになるカッコいい背中など主に竜胆さんの事だらけだった。
だって、仕方ないじゃん…
竜胆さん、優しいんだもん…
正直惹かれているものはあると思う。僕もそこまで鈍感じゃないから分かる。
だけど、それは別に恋愛的な意味ではない。尊敬とかたぶんそういうものだ。だから朱里ちゃんを裏切るような事には決してならないはず。
「竜胆さん…」
ぽつりと自らの体内に溜まった熱を排出するように呟いた。
「宮沢ぁー。着替えここに置いておくぞー?」
「ふにゃぁ!?」
ドンッッ
まさか竜胆さんの事で頭を悩ませていたら本人が脱衣所にやってくるとは。
焦って動いて浴槽に背中をぶつけた。痛い…
というか今の聞かれてないよね?もし名前を呼んでいた事がバレていたら僕は恥ずか死する自信がある。
「おいっ!今ドンッて凄い音がしたぞっ。どうした?大丈夫か!?」
「あ、う、うんっ。大丈夫、大丈夫。…ちょっと身体ぶつけちゃっただけ」
「…そうか?まあ宮沢が大丈夫っていうなら」
もしかして竜胆さんが入ってくるのでは?と一瞬身構えた自分が恥ずかしい。まるで期待しているみたいじゃないか。
こういうのはよくない、よくないぞと戒めながら僕はパタパタと決して湯のせいだけでは無く熱くなった頰を手で扇いだ。
「なあ…」
うわっ!
思ったよりも近くで竜胆さんの声が聞こえてきてビクッとしてしまう。
扉を一枚隔てた向こう側に竜胆さんのシルエットが浮かぶ。こちらに背を向け腰を下ろしているようだった。
「…やっぱり俺じゃダメか?」
「え?…なんの話?」
「メッセージの件」
「あ…」
僕は自室で受け取った先程のメッセージの内容を思い出す。
『なんか悩みがあるなら言えよ。』
「…俺は、お前の力になりたいんだ」
『夜遅くにすまん。ただどうしても気になって。俺の勘違いならいいんだが、』
「…つっても突然話せっていうのは難しいのは百も承知だ。分かってる。でもなっ」
『宮沢お前大丈夫か?一人でなんかでけえもん抱え込んでねえか?…昨夜宮沢とあそこで会った時も感じたけど、もう限界って面してたぞ。』
「心配なんだっ。宮沢の事が…こんな事しか言えないけど」
『別に話す相手は俺じゃなくていい。誰か頼れる奴に相談とかできねえか?それができねえってなら、もし宮沢が頼ってくれるなら俺がお前の力になりたい。だから一人で無理だけはしないでくれ。』
「宮沢にとって、俺じゃ力不足か?」
「……」
僕は目を瞑り、静かに今日の出来事を振り返る。
「ふっ…」
思わず自嘲の笑みが漏れてしまう。既に答えは出ているじゃないか。
「ふぅ……」
僕はゆっくり深呼吸をした。僕にもついに向き合う時が来たんだとなんとなく察する。
これまで気付かないフリをして逃げてきた。そのツケが今回ってきたのだ。
別にここで話さないという選択をして逃げてしまってもいい。だけど、それをしてしまったら何か取り返しのつかない事が起こりそうな予感がした。
たぶん竜胆さんともこれっきりになるだろうという事も。
竜胆さんを信用できないか?
…そんなわけないじゃん。むしろこんなに優しい人、僕は知らない。
だったら何を躊躇っている?
…それは、
話すんだ。この信用できる人に。
…迷惑じゃないかな?
本人がここまで話を聞きたがっている。迷惑になるわけがない。むしろここで黙られた方が辛いだろうな。
…
今日たくさん助けられた事を思い出せ。この人なら必ずお前の力になってくれる。
「……」
「…やっぱり。俺じゃ、ダメかな」
ちょうど自分との対話を終え結論を出した時、項垂れた竜胆さんの力無い声が聞こえてきた。いけない、いけない。
「いいよ、竜胆さん」
「っ、」
向こう側から竜胆さんが身じろぎする音が聞こえた。
もう一度改めて僕は深呼吸した。
「上手く話せないかもしれないけど…聞いてくれるかな?」
「ぁ、あぁっ。もちろんだっ」
こうして覚悟を決めた僕は自らの過去を竜胆さんに語ることとなった。
そしてそれは朱里ちゃんとの長い戦いの幕開けでもあった。
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