最終話 貴方がいないこの世界を、

なんでこうなった…ッ?


「和月先生!ストレッチャー持ってきました!」

「急いで運ぶ!血液とオペの準備お願いします!」


院内で稀に見る騒ぎ。

和月ら医師達はある少年を救うため尽力していた。



「なんでこんなこと…ッ!」


駄目だ、この子は絶対僕が助けなきゃ。

そんな思いとは裏腹に吹き出る血は止まる気配を見せない。



「いっちゃ駄目だッ━━━━!!」












「…すみません、遅れました!診察行ってきます!」


目覚めの悪い朝から一転、忙しい日。

最近ずっとこんな夢を見る。

目が覚めてからも流れる血の感覚が手に残っていて気分が優れなかった。


多分これも、



「和月さん、おはようございます。」

「…おはよう。」


君がさいごにここを選んだからだ。


「大丈夫ですか?」

「…え?」


そんな目で見ないで。

何処までも澄んだその瞳は僕には痛い。


「少し元気ないかなって、勘違いだったらごめんなさい。」


真っ直ぐな視線をこちらに向ける。




「大丈夫だよ、それより自分の心配ね。今日は調子どう?」

「今朝隣の部屋の子が来てくれて、元気貰いました。」

机の上にある折り紙を嬉しそうに触りながら言った。

「ピンク色の帽子とお揃いねーって、リボン作ってもらっちゃいました。こっちはてんとう虫と、ペンギンだそうです。」

「あはは、可愛いなぁ。」

おそらく入院中の子供達が遊びに来たのだろう。

この頃検査の数値も良くないためあまり無理はして欲しくないのだが、愛おしそうに沢山の折り紙を見つめる姿を見てそれを止めることは出来なかった。



君は本当に、暖かい人だ。


「和月さんも自分の心配して下さいね。」

「うん、ありがとう。」

急に言われて反応に困った。


それから軽く診察を済ませた後病室を出て業務に戻った。






「言えるわけないよなぁ…。」

ほとんど人が来ない屋上のベンチで呟く。


病院から飛び降りた子を助けようとする夢。

止まらない血を浴び続ける夢。

何度も何度も叫ぶ夢。

ただ怖さを感じているだけじゃない。


心配と不安。



顔はぼやけてよく見えなかったが、






『いっちゃ駄目だッ、!!』




あれは確かに、君だった。



「どうしてこの名前なの……。」



ただの夢だって、そう思えばいい。


だけど綾人くんは本当に消えてしまいそうだった。

さっきまで普通に話していて、僕の心配をしてくれて、折り紙を持って嬉しそうに笑っていた綾人くんが、次の瞬間には消えているんじゃないかって。


そんなことあるわけないのに。


一日、一分、一秒。

着実に綾人くんのいない未来が近づいている。

十年弱続いた『余命0日』に僕は縋り過ぎていたようだ。




「和月さん…、?」

「…なんでッ…ここ……。」


そこには車椅子に乗った綾人くんがいた。

何処までも澄んだ真っ直ぐな目。

どうしてそんな…悲しそうなの?


「君は本当に…、、」


綾人くんを見た瞬間自然と涙が溢れた。


医者が患者さんの前で泣くなんて最低だ…。

急いで顔をそらそうとするが涙が止まることは無い。


「…大丈夫、……大丈夫だよ。」

車椅子を僕のすぐ隣に止めて、ただ背中をさすってくれた。

「ごめんね…ごめん、…。」



情けない姿を見せて、

生きる未来を信じられなくて、

助けられなくて、


ごめんね。




「謝る必要は無いです。大丈夫。」


綾人くんは何度も「大丈夫」と言った。

まるで全ての意味を理解しているように「大丈夫」、と。


「辛いことは人に話して半分こしましょ。」


「…人にまでこの辛さは感じて欲しくないな。」

つい言ってしまった。


子供の頃から辛いことを話すのが苦手だった。誰にも言わないで独りで解決できると強がっていたから。

楽しいこと、嬉しいことは人に話してする。

辛さも同じように共有されてしまうから。



「それでも、和月さんのこと助けたいです。」



強さを感じる言葉だった。



「…ありがとう。」


僕にも一緒に悩んでくれる人がいるんだって…それだけで心が軽くなった。





「最近ね、夢を見るんだ。」

「…夢?」


綾人くんは最後まで僕の話を聞いてくれた。

僕が言葉に詰まった時もゆっくりでいい、と優しく言った。


「怖くなった。十年弱、一緒に生きてきて…普通の友達みたいに休みの日遊びに行ったり、連絡取って…。」


そんな当たり前が無くなる日が来るかもしれないって。




「綾人くんが一番辛いはずなのに、…僕は何も出来なくて。何のためにいるのか分からないよね…ごめんなさい、本当に。」

「…。」


それまで表情を変えなかった綾人くんが俯く。

こんな弱気な僕に失望しただろう。


一息の呼吸の後、顔を上げた綾人くんの目には涙が溜まっていた。





「僕も…怖いですよ。毎日朝が来るたび安堵する生活も…もううんざりって思ったこと、何回もあります。」




初めて聞いた綾人くんの気持ち。



「だけど僕が、和月さんの夢に出てきた子のようにならなかったのは…









和月さんやみんながいてくれたからです。」





白い肌に光る涙が綺麗だった。




「『何のために』なんて、言わないで下さい。ただ一緒に生きてくれたことに…僕は沢山、救われた。」


「…そっ…か…。」


顔は涙で濡れていたけど笑みが溢れた。

君はいつも僕に優しい言葉をくれる。




「ありがとう、綾人くんと出会えてよかった。」

「…こちらこそ。和月さんに会えて幸せでした。」
















それから二日後、綾人くんは眠るように息を引き取った。



最期は病院に入院していた子供達に見守られ、惜しまれながらの事だった。

皆、綾人くんのことが大好きだった。


無邪気な子供達は綾人くんが目を覚まさないことを不思議に思っていたのか、何度も起きて、と声をかけていた。

僕は最期まで綾人くんの右手を握り声をかけていた。



「幸せに…なってね、ありがとう…さよなら。」

「またね、…ありがとう、綾人くん。」



、何処かできっと会えますようにと。


綾人くんは最期に一筋の涙と、永遠の微笑みを残して逝った。




君が残した、言葉、心、声、優しさ。


そのどれもが僕の生きる強さになった。




君がいないこの世界を生きる強さをくれて、



本当にありがとう。












第1章 『僕が住んでいた綺麗な世界』 完

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【人物まとめ】


和月…綾人の主治医

成瀬 綾人…病気、余命半年



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