第8話 僕にしか出来なかったこと
「失礼します。成瀬です。」
「咲くんこちらにいますよ、お話済んだら呼んでください。」
養護の先生が部屋を出ていった。
カーテンの仕切りの向こうに高平くんの姿が見える。
「僕のせいで苦しい思いさせちゃって本当にすみませんでした。」
ベッド脇の椅子に腰かけ深々と頭を下げた。
「…大丈夫です。間違えた僕が悪いので。」
淡々とした答えからこの子の中に植え付けられたトラウマが伝わってきた。
「絵描くの好きだったんです、前までは。」
含みのある言い方だった。
「親にその色は普通じゃない、とか色々言われて。今ではただの色使いの練習でしか描いてません…。」
「こんな苦しい思いをするくらいなら目なんて見えなければ良かった。」
苦しそうな笑顔…。
諦めきれない何かがそこにあるような気がした。
「だからあの鯨も捨てといて下さい。間違えたので。」
「なら貰ってもいいですか?」
「…先生になら間違えてない絵を描きます。」
間違えてない、は青い鯨のことだろうか。
「…高平くん。」
「はい。」
「間違えてなんかないと思います。」
きょとんとした顔でこちらを見つめていた。
正しさを強要された高平くんに僕の言葉は響くんだろうか。
少し不安になりながらも、ちゃんと伝えたいと思った。
「高平くんの絵はひとつも間違ってないよ。優しくて、暖かくて。それは間違いなんかじゃない、高平くんの個性だ。」
「…僕は間違えたくない、普通になりたいんです。」
弱々しい口調だった。
普通になりたい、僕もよくそんなことを思っていた。
「僕も思ってました。普通になりたいって。」
「だったら…。」
「だけど、普通じゃない方でしか出会えなかったことも沢山あったから。」
「…。」
まっさらな死ぬまでにやりたいことリストを見て笑ってみたり、
病室で遺書を書いて泣いてみたり、
何気ない朝が続くことに幸せを感じられた。
こんなこと、きっと僕にしか出来なかった。
だから、
「普通じゃないのは間違いじゃないです。」
「…間違いじゃなかったんだ……。」
高平くんの両目からは大粒の涙が零れていた。
「そこのスケッチブック、取って貰えますか…?」
涙を拭いながら言った。机に置いてあったスケッチブックを渡す。
「…綺麗。」
思わずそう呟いた。
紫色の犬や赤色の猫、緑のペンギンなどが描かれていた。
「これ、親に見つからないように描いたものなんです。…僕の世界にいる生き物たちです。」
心做しか誇らしげな表情に感じた。
「綺麗な世界に住んでいるんだね…。」
羨ましい、そう思った。
「これからもっと見せて下さい、高平くんの世界。」
「…はい。」
なんのしがらみもない綺麗な笑顔だった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
【人物まとめ】
成瀬 綾人…僕、病気、余命ゼロ日
高平 咲…色覚異常を持つ、親へのトラウマ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます