第9話 顔が見えない子
「すみません、凪ってどこに居ますか?」
昼休み中、教室である生徒に声をかけられた。
「凪…甲斐崎さん?」
僕の問いにこくりと頷く。
甲斐崎さんは耳の聞こえない子。よく恋愛相談に来てくれる明るい人だ。
「教室後ろのドアの前で平河くんと話してますよ。」
「…平河くんってピアスあけてる子?」
「そう。僕呼ぼうか?」
「ううん、大丈夫。ありがとうございました。」
彼女、
ピアスや髪色、眼鏡などの特徴がある人なら少しは見分けられるらしいがそれ以外の人は全て同じように見えてしまうのだと教えてくれた。
「凪、前の授業のノート見せてくれない?」
「…良いよ!ちょっと待ってて。」
甲斐崎さんは相変わらず文字起こしアプリを使いながら普通に会話をしていた。
そんな二人の姿を確認しながら授業の準備をする。
「……ぇ?」
不意に景色が歪み、身体を不気味な浮遊感が襲った。
「先生、大丈夫ですか…?」
「ッ…。」
甲斐崎さんに用を済ませた羽乃さんに声をかけられた。
薬の服用は忘れていないはず…。今までこんな急に症状が出てきたことなかったはずなのに…。
「大丈夫です。忘れ物しちゃったから取りに行ってくるね。」
流石にここでは心配をかけてしまうと思い、浮遊感に耐えながら教室を出た。
そこからはもう、記憶が無い。
目が覚めると養護室にいた。
「……なんで?」
自分の身に何が起こっているのかはよく分からなかった。
「先生起きてたんだ…。良かった。」
そう言いながら仕切りのカーテンを開いたのは羽乃さんだった。
「さっきまで
妃は僕の祖母の名前だった。普段は小学科の方にいることが多いのだが僕が倒れたという知らせで飛んできたらしい。
いつまでもそんな元気さを持っていて欲しいものだ。
「来てくれてありがとうございました。授業戻って良いよ。」
「ここに居ます。」
即答に驚く。時計を確認すると残り15分で授業が終わってしまうところだった。
「寝過ぎちゃったな…ごめんね。」
「勝手に私が残ってただけだから。目覚めて良かったです。」
「もしかしてずっと居てくれたんですか?」
「…目覚めた時1人だとあれかなって。」
羽乃さんは優しい人だ。顔が見えなくても人の動きや言葉をよく見てる。
僕も見習いたい。
「…病気、そんなにやばいんですか。」
神妙な面持ちだった。確かに病気は着々と進行を進めている。
近いうちにまた病院行かなきゃな…。
「大丈夫だよ。」
「…大丈夫って言う人は大抵大丈夫じゃないです。」
不安そうな目でこちらを見つめていた。相貌失認の症状で僕の顔は見えていないはずなのに、しっかりと目を見ていた。
隠す必要は無いかと思い静かに口を開く。
「…僕、中学生の初めにあと半年しか生きられないと余命宣告を受けました。」
「…え。」
みんなの前では病気だとしか言っていなかったため驚いていた。
「大丈夫…じゃないですよね。」
「正直…悲しいです。大好きな人達に会えないのも好きなご飯を食べられなくなるのも。」
「だけどもう、沢山楽しませてもらったので。」
苦し紛れの言い訳だったと思う。
「私の前では泣いていいですよ。見えないから。」
冗談っぽく言った。
宣告を受けてから1度も泣いたことは無かった。
どうせ死ぬ。どうせ忘れられる。
そう思ったから。
だけど、
この世界を生きていくほど、綺麗な世界に気づいてしまうのが怖かった。
「まだ沢山やりたいことがあります。だから泣かない。」
泣けない、とは言いたくなかった。
「…そっか。」
安心したような笑顔だった。
「じゃあさ、先生。私の相談も聞いてくれますか?」
「うん、もちろん。」
「先生のこと、好きです。」
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【人物まとめ】
成瀬 綾人…僕、病気、余命ゼロ日
甲斐崎 凪…耳が聞こえない子
羽乃 美織…人の顔が認識できない
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