第3話 拝啓、言葉を信じてくれた貴方へ

和月先生に成瀬 綾人の言葉を届けて二日後、二人目の日付がやって来た。


『四葉園で出会った人』


そんな言葉で枠組みされ何人かの名前が書いてあった。


調べてみるとどうやら四葉園は病院から割と近くにあるフリースクールらしい。

ここに通っていたのだろうか。

先生に外出の許可を貰って向かう。


いつもの散歩のコースから少しそれたところに『四葉園』と書かれた建物を見つけた。

事務の人へ事情を話すと中へ案内してくれた。

今は丁度休憩時間らしく、楽しそうに話す生徒の声が聞こえている。



「何か用?」


教室に入れず立ち止まっていると一人の生徒に声をかけられた。

ピアスを沢山開けた子だった。

確かに、三十路の大人が外でうろうろしていれば怪しく思割れても仕方ない。


あれ、この子。




「…平河 大和くん?」



二人目のページにあった言葉を思い出して言った。



「そうだけど、何。」


淡々と答えられるが俺への疑いの目がさらに強くなったかのように距離を置かれてしまった。


「突然ごめんね。成瀬 綾人さんから預かり物をしてて、届けに来たんだけど…。」


慌てて弁明する。


「…成瀬の?」

「これ…なんだけど。」




本の二ページ目を開く。




“ピアスが似合う貴方へ”




「…何だよこれ。」



嬉しそうにふっと笑った。

風が吹いたみたいにふわっと表情が変わる。それは思わず頬が緩んでしまったような懐かしい笑顔だった。



「次俺授業取ってないから、こっちで見せて。」

そういうと大和くんは空き教室に案内してくれた。

心做しか先程より表情が柔らかくなっている気がした。


「オレンジかコーヒー。」

「え?」

「飲み物、どっち。」

「…コーヒーで。」


案外優しい子なんだと少し驚いてしまった。


「成瀬の友達なの?」

二人分のコーヒーを注ぎながら言う。


「友達…だったのかな。俺、認知症で成瀬くんとの記憶全くないんだ。」

「…そーなんだ。」


素っ気ない返し。

なぜ俺に頼んだのか、そんな疑問だけが膨らんだ。


「平河くんは成瀬くんと仲良かったの?」

「…先生だったし、色々話聞いてもらった。」

「先生…だったんだ。」


勝手に生徒だと勘違いしていた。



「これ開いていい?」

そう言って本に手をかける。

「コード読み取ってみて。」


QRコードを読み取り動画が表示される。

平河くんは一息深呼吸をして再生ボタンを押した。





『平河くん、久しぶり。成瀬です。』

「…。」


何も言わずじっと動画を見つめる。


『多分僕は、園に戻れないまま居なくなると思います。ごめんね、何も言えなくて。

本当は何度か園に行こうとしたんだけど、別れの言葉を言ったら本当に会えなくなる気がして行けなかった。ごめんなさい。』


「…俺は会いたかった。」


ぽつりと横で呟く。



『ただ生きたい、を信じてくれてありがとう。沢山の景色、見られたかな。これから先も沢山見ていくんだろうね。』


『信じてくれたのに先に居なくなってごめん。生きていてくれてありがとう。』



ごめんねの数だけ沢山のありがとうがあった。


『もし日付通りに届けられてたら今頃卒業の時期だね。もう進路は決まった?』


桜もきっと綺麗だろうな、と窓を見つめる。


「成瀬にも見て欲しかった。」


寂しそうに外を見つめた。

二年経った今、温暖化で開花時期が早まり丁度綺麗な桜が風景を彩る。


『見てみたかった、平河くんの未来。

楽しそうに笑うところも、さりげなく誰かに優しくできるところも、本当は誰よりみんなのことをよく見てるところも。全部見ていたかった。』


悔しそうに涙を溜める姿を見て胸がきゅっとなる。


『でもね、知ってて欲しいんだ。

これから先沢山の選択があって、壁があって、楽しいことばかりじゃ無いかもしれないけど。

間違いなんて絶対無いってことだけ、覚えていて欲しい。』


『僕は一緒に生きられないからさ、僕の言葉を平河くんの心の片隅に置いておいて欲しいな。』


美しい笑顔だった。

「…忘れられるわけないでしょ。」

愛しそうな笑顔だった。



『あ、最後にもう1つ。僕からのプレゼント受け取ってくれる?このメッセージと一緒に封筒入ってるから開けてみて。』


本に挟まれていた封筒を開ける。


「…ピアス?」


シンプルなモチーフのピアスでワンポイントにキラキラとした宝石が付いていた。


『気にしてるかなと思って言えてなかったんだけど、ピアスしてるのかっこいいし似合ってるなって思ってた。』



『平河くんは自分が思ってる以上に魅力的で優しい人だよ。』


『沢山の優しさをありがとう。また、ね。』



そこで動画は終了した。


「…なんで最後がそれなんだよ。」


くすぐったそうに耳元に手をやる。

大粒の涙を隠すように笑っていた。




「成瀬くんってどんな人だったの?」

和月先生の時と同じように聞いてみた。




「水みたいな人。」

「水?」


「誰が相手でも柔軟に包んでくれる。自分の水が黒くなってても綺麗でしょ、って笑ってるような。そんな人。」



「一番身近にいて、何も知れなかった人。」




何処か遠くを見つめ涙を流す。


水という物質は未だに解明されていないことが多くあると言われている。

一番身近にいて、何も知らない。


「成瀬のこと、もっと知ろうとすれば良かった。」

「…大丈夫。」

不意にそんな言葉が出た。


成瀬 綾人のことは忘れてしまったけど、彼が伝えたいことがわかる気がする。




「今知ってる事だけでいいから、ずっと覚えてあげて。きっと力をくれる。」

「…あはは、あんた成瀬に似てんね。」


俺では無い誰かを見つめるように目をじっと合わせた。

「久々だわ…この感じ。」

「どんな感じ、?」


「優しい言葉で包まれたなって感じ。」


子供っぽいくしゃっとした笑い方。

耳に付いたピアスがシャラシャラと揺らいだ。



ただ、綺麗だなと思った。










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【人物まとめ】


星名 皐月…若年性アルツハイマーを発症

成瀬 綾人…皐月に遺言を託す

和月 悠里…成瀬の主治医、医院長

平河 大和…ピアスを沢山開けた子、自傷癖がある

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