第19話 僕に似合う言葉
「久々に来たな、ここ。」
僕の車椅子を押しながら藍原が呟く。
病気のこともありお墓参りに来るのは久しぶりだった。
「花の水くんでくるな。ちょっと待ってて。」
「ありがと。」
藍原が車椅子のストッパーをかけ水をくみに行く。
「久しぶり、母さん、父さん。」
ため息混じりにそう言った。
当たり前に返ってきていたはずの返事はもう聞こえない。
『変わらない人でいなさい。』
ふんわりとしたそよ風に優しかった母の教えを思い出す。
『これから沢山の人と関わっていく上でどうしても相手の嫌なところが見えてくることがある。』
『そういう時、変わらずそばに居続ける強さを持ちなさい。』
━━━それが『愛』だ、と。
「…信じてくれてありがとう、僕の強さを。」
僕は変わらない人になれただろうか。
「水くんできた。花貸して。」
「ありがと。」
手が動かしにくい僕に変わって藍原が水切りをしてくれた。
「藍原、僕変わったんだよね。」
「うん。」
母さんから変わらない強さを教えて貰った。
だけど同時に、
「…今は世界が、綺麗に見える。」
変わってから見えた世界の美しさを知った。
「良かったな。」
二本の線香に火を灯して僕の横に座る。
線香から経つ煙が微笑むように揺らいだ。
「藍原、ありがとね。色々。」
「…なんもしてねーよ。」
ふっと笑って流される。
「…成瀬、」
「何?」
「…お前は何も変わってない。これまでも、これからも、俺らと笑って生きる。何も変わらない。」
「…。」
俯いているせいで顔が見えないけど、多分泣いている。
「なんで成瀬なんだろうな…。」
「…そうだね。」
病気と分かった時何度も思った。
普通に生きていただけの僕が、なんで、と。
「でも、僕でよかったと思う。」
「…え?」
病気になって気づけたことが沢山あった。
人を大切にできた。
時間を大切にできた。
思い出を大切にできた。
だけど、辛いことも沢山あった。
誰にも助けを求められなくて、
当たるとこもない、
頼るところもない、
苦しいことがいっぱいあった。
「こんな思い、みんなにはして欲しくなかったから。…僕でよかった。」
『死にたくない』と思う自分をこんな言葉でしか救えないと思った。
「どこまで優しいんだよ。」
苦笑いをしながら藍原が立ち上がり車椅子を押す。
優しさなんて言葉が僕に似合うのだろうか。
「みんなのおかげだよ。」
優しさに溢れた人達ばかりだったから。
「帰るか、なんか奢る。」
「じゃあ駅前のアイス食べたいな。」
他愛もない話をした。
母さん、父さん、
「…あと少しだけ。」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
【人物まとめ】
成瀬 綾人…僕、病気、余命ゼロ日
藍原 理人…僕の幼なじみ
僕の両親…五年前通り魔に殺される
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます