第12話 信じたい子、信じて欲しい子
「暇だなぁ。」
病気が進んでいることが分かってから僕は療養を余儀なくされている。
お姉さんが近くにいた方が安心だからと寮生活のままでいさせてくれた。
「ふざけんなよ!!」
外から誰かの叫び声が聞こえた。
恐る恐るドアを開け共有スペースへ向かう。
「大丈夫ですか…?」
「!…成瀬先生、男子生徒二人が喧嘩を…。」
そこに居たのは色覚異常を持つ高平くんだった。状況を聞きたいが周りにいた生徒たちも気が動転しているようで泣き出す子もいた。
とりあえずこの二人をどうにか…。
「一旦落ち着いて貰えますか、何があったの?」
二人の間に入って言う。
「コイツがここ出ていくって…。」
「…もう決めたから。」
「なんでそうやって勝手に!!」
また言い争いが始まってしまった。
「どうして出ていきたいの…?」
一瞬こちらを気にかけるように見た後、
「…先生には関係ない。」
と言ってそっぽを向いてしまった。
「良ければ僕に話聞かせてくれますか、2人とも。」
「「…。」」
2人とも無言のままバツが悪そうな顔をしていた。
「君達、名前は?」
「
「
場所を座談室に移して話を聞く。
出て行こうとしていたのは佐倉くんで、それを止めていたのが若宮くんだった。
名前を聞く限りおそらく2人は僕の担当していたクラスの生徒だ。
授業で会ったことは無かったが名簿にある名前を覚えていた。
「佐倉くん、どうして出て行こうと思った?」
「……先生、だけになら。言える…ごめん若宮。」
小さな声だったが答えてくれた。
「…分かった、俺外す。廊下で待ってるから話せること全部話して。」
若宮くんはそれだけ言って席を立った。あれだけの喧嘩があったあとでもお互いを思いあっている様子が感じられた。
「仲良しなんですね、2人とも。」
「中学の時からずっと一緒にいるんで…。」
微かに口角を上げ嬉しそうに言った。
「ずっと一緒にいたけど、今は離れたくなった?」
僕の質問にこくっと小さく頷いた。
「言いたくないことは無理に言わないで大丈夫だよ。言いたいことだけ、ゆっくり教えて下さい。」
「……付き合ってるんです、俺ら。」
俯いたまま答えた。
「そうだったんだ…。」
「中学の時から…だったんですけど、周りのヤツらに虐められるようになって。若宮がいつも庇ってくれてたから…標的が若宮一人なってて。」
苦しそうに言った。
「…最近になってまた呼び出されるようになったんです。本人はなんでもないって隠してるけど…殴られた跡とか何度も別れろって連絡が来てるの見つけて…。」
話が進む度涙が零れていた。
「だから…離れたくて。」
ここを出て行きたいと言っていた理由はそこにあったようだ。
「『離れたい』…は本心?」
俯いて涙を流していた佐倉くんがゆっくりと首を横に振った。
「本当はこの先もずっと…一緒に居たい。だけど…、俺のせいで若宮が幸せになれないなら……それは嫌だ。」
お互いを思いやることですれ違ってしまったことが喧嘩の原因だったのかもしれない。
「若宮くんに直接、伝えてみませんか。今の佐倉くんの気持ち。」
「…怖くて…出来ない。」
こんなに愛し合っている2人にはすれ違って欲しくないと思った。
「人に自分の気持ちを伝えるのはとっても難しいし、怖いことだと思います。」
僕はこれまで何度も味わってきた。その怖さを。
「だけどもっと怖いことを知ってる。」
「…何。」
「伝えられなかったことの後悔です。」
どれだけの時間が経っても伝えることが出来ない、届かないことが僕には沢山あった。
「後悔…したの?」
いつか死んでしまうからと言えなかったこと、相手に気を使わせてしまうからこそ言えなかったこと。
「もっとみんなに愛を伝えておきたかったなって。きっと彼らはちゃんと受け取ってくれるのに、勝手に伝わらないと気持ちを無碍にしました。」
僕は知った、伝えることの意味を。
「伝えることは、相手を信じることだよ。」
伝えることはただの自己満足なんかじゃない。相手を信じて、自分を信じて、未来のための大切な一歩だ。
「…信じます、若宮を。」
決意を固めた表情をした。
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【人物まとめ】
成瀬 綾人…僕、病気、余命ゼロ日、向日葵の目
お姉さん…僕の母の姉、小学科の職員
高平くん…色覚異常、親へのトラウマ
若宮 冬弥…虐められている
佐倉 優太…同性愛者、出ていこうとしている
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