第7話 拝啓、支えてくれた貴方へ

俺は今とある結婚式場に来ている。


「本当に良かったんですか…?俺なんかが代わりに出席させて貰って…。」

「勿論です。綾人も喜んでると思うんで。」


そう言って大きく笑うのは四番目の送り主である藍原 律あいはら りつさんだった。


届ける日は丁度藍原さんの結婚式の日だった。




“幸せになる貴方へ”



今日の式の招待状と共にそんなメッセージが添えられていた。


「星名さん、お待たせしてすみません。」


式終了後正装のままの藍原さんが来た。

式の前では多分泣いてしまって大変なことになるからと、終了後渡すことになっていた。


「おめでとうございます、お疲れ様でした。…心の準備、大丈夫ですか?」

「はい、お願いします。」


緊張した面持ちのまま再生ボタンに手をかけた。




『藍原、久しぶり。』

「…綾人。」


心做しか初めて見た動画より痩せている気がした。



『結婚おめでとう。元気…してる?』

「お前が言うなよ、」


苦笑いしながら言った。

幼なじみの仲を感じさせる良い素っ気なさがある。


『結婚式、行けなくてごめんね。約束したのに嘘ついてごめん。…どうしても見てみたくて、嘘ついちゃった。』


「…嬉しかったよ。」


『でも、ありがとう。いつも僕のこと気にかけてくれて。大学のこととか親のこととか、病気のこととか。僕には抱えきれなかったことほとんど持ってもらってた気がする。』


『僕、藍原に何かできてたかな…。』



悲しそうな、悔しそうな顔。



『自己犠牲の優しさの話、したの覚えてる…?

1人が負担を背負ってもう1人を幸せにするんじゃなくて、2人で幸せになるって。』


『僕、意地悪なこと言ったなって反省した。藍原の自己犠牲の優しさに縋っていたのは僕の方だったって。…ごめんね、』


「謝んなよ…。俺だって沢山助けられてた。」


苦しくなった。

どれだけ伝えても、もう成瀬に届かない。

成瀬のごめんに対するいいよが届くことはない。

切なくなった。


『僕ね、藍原と出会えてよかったって思う。藍原が幼なじみで本当に良かった。

わがままかもしれないけど…藍原も同じ気持ちでいてくれたら嬉しいな。』


小さく上がった口角と対照的に悲しそうな目をしていた。



『藍原のこと話してたら会いたくなってきちゃうな…。』



躊躇うように目を瞑ったあと、



『……死にたくないよ。』


一筋の涙と共に静かに言った。



初めて聞いた、言葉。



『もっと生きたかった、、結婚式行きたかったな。』


溢れ出るように言葉が出る。

頬が夕日に照らされきらきらと光った。


藍原さんはぐっと涙を堪えるように真っ直ぐと成瀬を見つめている。





『藍原と出会えてもっと生きたいって、思えたんだ…。

すごく苦しかったし悲しかったけど、それ以上に…嬉しかった。』


「…うん。」


『君には絶対、幸せになって欲しい。この先どんなことがあるか分からないけど…藍原の優しさはきっとずっと残り続ける。』





『僕の分まで幸せに、なんて言わないよ。』


ひと息吸う。






『僕は十分すぎるくらい、幸せだった。』



今にも壊れそうな儚い笑顔だった。



気づくと俺の目からも涙が溢れていた。


「…良かった。」






『出会ってくれて、ありがとう。照れくさくて普段言えなかったけど、』





『藍原と生きられて良かった。ありがとう。またね、』






動画が終了した。






「…これ良かったら。」

「ありがとうございます、」


持っていたハンカチを藍原さんに渡す。

言葉一つ一つが胸をぎゅっと締め付けるようなメッセージだった。




「こんなの式の前に見せられてたら大変なことなってたわ、」


ははっと笑って言った。

嬉しさと悲しさの混じる複雑な気持ちと、それに勝る温かさがあった。



「成瀬さん、どんな人だったんですか?」


「綾人は…。」



少し悩みながらふと何かを思い出すように言った。


「いつか一緒に見た、花火みたいな人。



自分の命を燃やして沢山の人の心に残って」








「この先も一生…忘れたくない人だな。」






「…そうですか。」


忘れたくない、絶対忘れてはいけなかった人。



俺も覚えていたかった。









君が燃やした命に映る、儚い思い出を。









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【人物まとめ】

星名 皐月…若年性アルツハイマーを発症

成瀬 綾人…皐月に遺言を託す

藍原 律…成瀬の幼なじみ



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