第17話 君が教えてくれたこと
「…ここか。」
待ち合わせ場所は小さな古民家カフェ。
学生時代の彼女の行きつけだと聞いた。
「…成瀬くん?」
突然名前を呼ばれて振り返るとそこには彼女がいた。
「久しぶり、びっくりした?」
「え、うん。…声初めて聞いた。」
彼女の耳に目をやると補聴器のようなものが着いているのに気づいた。
「ちょっと前に手術して補聴器つけたら聞こえるようになったんだ。びっくりさせたくて言ってなかった。」
いたずらっ子のような笑顔も自由奔放なところも全く変わっていなかった。
「その杖どうしたの…?」
「病気で動かしにくくなっちゃって。」
包み隠さず伝えることにした。
中学の時に余命を宣告されたこと、もう少しでこの世からいなくなること、会うのはこれが最期だということ。
あと、
「君にはたくさん、勇気を貰った。」
ということ。
「ごめんね、今から旅立つって時に。ほんと自分勝手でごめん。」
彼女は最後まで僕の拙い言葉を真剣に聞いてくれた。
「私も勇気、貰ってたよ。」
まだ湯気のたつココアを一口飲んで言った。
「成瀬くんは…貴方だけは私を受け入れてくれてたから。」
どこか寂しさを感じた。
「声が聞こえなくてもさ、雰囲気で分かっちゃうんだよね。めっちゃ嫌われてるなーって。でもずっと平気なフリしてた。好きじゃないお笑いなんか見てお前らの声なんて一言も聞こえてないです!ってアピールしてた…。」
学生時代いつも見ていた彼女の姿だったはずなのに。
「…そうだったんだ。」
僕は何も知らなかった。
「騙され続けてくれてありがと、ね。」
返す言葉がなかった。
「もし僕が君の本心に気づいてたら…救うことはできてたのかな。」
「どうだろうね…。」
誰にも分からない問いだった。
「だけどさ。」
「知らないでいてくれたことが救いだったよ。」
「そっか…。」
彼女は学生時代から『可哀想』を嫌っていた。
耳が聞こえないからと音楽の授業で先生の補助が着いたり、独りだから話しかけてあげようという周りの雰囲気を煩わしそうに断っていた。
「同情なんかじゃない本当の友達は成瀬くんだけだったから。本当に…本当にありがとう。」
お礼を言わないといけないのは僕の方だったのに深々と頭を下げられてしまった。
「もう会えないんだね…。」
頭を下げたまま声を震わせて言った。
顔は見えなかったがきらきらと雫がテーブルに光っているのが見えた。
「…ごめん。」
勇気をくれて、助けてくれて、笑わせてくれて、憧れをくれて、希望をくれて、思い出をくれて、
「沢山の綺麗な世界を、ありがとう。」
「…居なくなんないでよ……。」
彼女の目からぼろぼろと溢れる涙を見るたび心が締め付けられた。
「大丈夫だよ。」
「お願いだから…。」
懇願するようにぎゅっと僕の手をつかみ俯く。
「大丈夫、」
「…なんで、成瀬くんが……。」
聞いている僕の方が苦しくなるようなか細い声。
「無理だよ……。」
「…大丈夫。」
そっと彼女の頬に伝った涙を拭う。
数秒間静かに見つめあっていた。
この時間が一生続けばいいのに、なんて今の僕には贅沢な言葉かもしれない。
でも、
「君は僕より強い。僕が居なくてもきっと大丈夫だから。」
弱い僕にはそんな言葉でさえ、支えになるから。
「…大丈夫って言いながら泣かないでよ……。」
「あはは、ごめんごめん。」
二人ともふっと吹き出して笑っていた。
一度だって泣いたことなんてなかったのに。
「僕の幸せを願ってくれてありがとう。絶対僕より…幸せになってね。」
「うん、成瀬くんも絶対私より幸せになってね。」
最後にそんな言葉を交し店を出た。
一度も振り返ることなく寮に戻る。
心做しか足取りが軽い。
「あ、綾人おかえり…!大丈夫ッ…?」
寮に戻ると心配そうに僕を見るお姉さんがいた。
「すみません…なんか、止まんなくて…。」
「…一緒に部屋戻ろっか。」
僕の目は涙で溢れていた。
死ぬことなんて怖くなかったはずなのに、
身体が動かなくなることなんて諦めていたはずだったのに。
彼女は僕にたくさんのことを教えてくれた。
嫌われる勇気、恋、綺麗な世界。
そして、
「人との別れって…こんなに辛いんですね……。」
別れの残酷さを。
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【人物まとめ】
成瀬 綾人…僕、病気、余命ゼロ日
彼女…中学時代の同級生、耳が聞こえない、僕が好きだった人
お姉さん…僕の叔母、小学科の職員
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