第6話 【前編】僕の初恋の人は


「先生その子のこと好きだったんだ。」  

「何で?」

「…女の勘。」

ふふっと笑ってまじまじと目を見つめられる。

「好き…だったんですかね。」

僕は今まで恋愛というものにほとんど関わってこなかった。ありがたいことに告白されたことは何度かあったが、病気のこともありいつ死ぬか分からなかったため誰かと付き合うということはやってきた試しがない。

「…どんな人だったんですか?」

「かっこいい人でした。」

彼女はいつも一人だった。耳が聞こえないからと毛嫌いしている人も多かったと思う。

でもむしろ、彼女はそんな環境を謳歌していた。昼休みグループで昼食をとる人達を横目に一人大好きなお笑いを見て笑っていた。多分僕はそういうところが好きだったのだろう。

週に一度の委員会で話すようになって僕はさらに彼女の魅力に引かれた。甲斐崎さんのように言葉を発することはほぼ無かったが、言葉では表せない信頼がそこにはあった。


「…会ってみたいな、その人。」

「別の高校行っても何度か連絡は取ってたんですけど突然来なくなっちゃって。」

「…忙しくなったとか?」

連絡は高校一年生の春頃まで続いていた。今の生活についてとか、懐かしい先生の話とか。交換ノートのように時間がある時に長文でやり取りをしていた。

『前言ってたアニメ面白かったよ。ありがとう。』

既読もつかないまま無情にもそんな何気ない会話で終わってしまっていた。このアニメは彼女が一番好きなものらしく、もう二期が始まっているからと一話の再放送の時間を教えてくれた会話だった。


「…その人、先生の病気のこと知らなかったんですか?」

「うん、変な気を使わせてしまうのは苦手だったので。」

「…会ってみたいな。」

甲斐崎さんは遠くを見つめながらそう呟いた。僕も、そう思った。

「甲斐崎さんはいないんですか?好きな人。」

「……いる。」

少し顔を赤らめて言った。耳が聞こえないなんて恋を止める理由にはならないでしょ、と誇らしげに笑った。甲斐崎さんは僕が思っていた以上にかっこいい人だった。


「甲斐崎いる?」

ガラッと自習室のドアを開けて入ってきたのは本校の方に行っていたはずの平河くんだった。

「成瀬もここいたんだ。」

「うん、甲斐崎さんとお話してた。」

どうやら本校に行く前に荷物を取りに立ち寄ったらしい。

平河くんは持っていた鞄からノートとペンを出して書いたものを甲斐崎さんの前に出した。

『次の授業数学に変わった』

「……ありがと、分かった。」

「先戻ってる。」

それだけ伝えて部屋を出て行った。

「甲斐崎さんが好きな人、もしかして平河くんですか?」

「…気付いてないのアイツだけなの。」

むっとした顔だったけど幸せそうな笑顔だった。これが恋というやつなのだろうか。

「……。」

その言葉にふと思い出したことがあった。

「そういえば連絡が取れなくなった日の前日、偶然街で会って。」

「…なんか話したんですか?」

話したと言っても他愛もない話。久しぶりに会った友人がする、ごく普通の会話だった。

だけど、

「最後に手話で何か言ってたんです。僕には分かんなくて。」

周りに手話ができる人が他にいなかったため調べようにも調べられなかった。

「こんなのなんだけど。」

記憶を頼りに手話を再現する。

「………本当に合ってますか、それ。」

「合ってると思います。単純な動きで覚えやすかったから。」

何かまずい意味だったのだろうかと不安になる。




――『私より幸せになって』ですね。



「そーだったんですか…ありがとうございます。」

最後に会って四年程。ようやく意味を知ることができたのだった。



✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

【人物まとめ】

成瀬 綾人…僕、病気、余命ゼロ日

甲斐崎 凪…耳が聞こえない子

彼女…中学時代の同級生、耳が聞こえない

平河 大和…ピアスを沢山開けた子



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る