第23話 綺麗な世界に住んでいる子



今日はあまり気分が優れなかったため気分転換のために外に出ていた。

院内にある広い庭では入院中の子供達が遊んでいたり散歩をする人の姿があったりする。


「成瀬先生…!」


心地よい風に気分がすっきりしていたところ、見覚えのある声に振り向いた。


「お久しぶりです、先生。…お見舞いに来ました。」


その子は色覚異常の目を持つ高平 咲くんだった。

「ありがとう、高平くん…久しぶりだね。」

嬉しさに思わず笑みがこぼれた。


「今日は1人じゃなくて、」

高平くんはそう言うと後ろにいた女性の手を引いた。


「咲の母です。先生には園でよくお世話になっていたそうで…。」

「…はじめまして、成瀬です。」


驚きつつも軽く挨拶する。

以前、高平くんの家事情については僕の教育係だった八神さんから話を聞いていた。

親御さんとの関係は悪く、大好きな絵を描くために寮で生活していると。


「咲が先生に会いに行くと言うので私もお話してみたくて。」


職員内で心配されていた『毒親』なんて姿はそこにはなく、子供思いの優しそうな人だった。



「先生のおかげで自分の気持ち正直に伝えられました。今は好きなだけ、絵を描いてます。…だからありがとうございます。」

「僕は何も、でも…良かったです。」


まっすぐとこちらを見つめる瞳が澄んで見えた。



「あ、先生に持ってきたお見舞い車に置いて来ちゃった…ごめんなさい、取って来ます!」


来てくれてすぐだったのに慌ただしく駐車場の方へ走って行ってしまった。心做しか園にいた頃より表情が豊かになっている様な気がする。

「…。」

ただ、お母さんが寂しそうに高平くんの背中を見つめていたのが気になった。



「僕、咲くんの絵とても好きなんです。」

「…どうしてですか?」


「見ているだけで…温かくなるんです。咲くんは僕には見えていない、綺麗な世界に居るんだなって。」


高平くんにしか作れない世界が好きだった。


「私はその世界を壊そうとしていました…。折角の綺麗な世界を。」

どこか辛そうに言った。


「咲に言われたんです。『普通にはなりたくない』って。『先生が間違いじゃないって言ってくれた』って。」


それまで普通に囚われ続けていた高平くんに僕が伝えたこと。

普通じゃないことは間違いじゃない。全部君の大切な個性だと。


「普通じゃないことはいけないって勝手に思ってました。色覚異常のあるあの子は…綺麗な世界を持ってる。だけど同時にだって。」


その言葉に高平くんのお母さんは『毒親』なんかじゃなかったと気づかされた。


「咲のこと大切に思っているつもりだったんですけど、それがあの子を一番傷つけていたなんて…母親失格ですね。」


「咲くんもきっとお母さんのこと大切に思ってます。だから、母親失格なんて言ってあげないで下さい。」

「…はい。」


それは本当に些細なすれ違いだった。


普通の世界でみんなと同じように生きて欲しい。

自分のいる世界で自由に生きる姿を見て欲しい。


「咲に独りで生きていく強さはありますか…?」


震えた声で僕に聞いた。

高平くんは強くて優しい子だと思う。人を思いやれる子だ。何度も何度も助けられた。



だからきっと、





「咲くんには、と生きていく強さがありますよ。」




独り、という言葉はどこか違うと思った。

確かに周りとは違う世界に住んでいる。

とても綺麗で繊細で、儚い世界。


でも取り残されてなんかいない。



「あの子は…強くなったんですね。知らなかったな。」


涙ぐんでいたがどこか嬉しそうだった。






「咲が先生のこと嬉しそうに話してた理由、分かった気がします。この頃また園に戻ってきて欲しいって、ずっと言ってました。」


「嬉しいです…。」



余命三ヶ月。

足も手も自由に動かせなくなった。

毎晩眠れない日々が続いた。

痩せこけていく自分の体を大きめの服で隠した。


僕に残された時間も、日に日に増えていく憤りも誰にも言えなかった。

大切な生徒達にも、心配性な叔母にも、飛び立った初恋の人にも、優しい幼なじみにも。


でも、独り寂しく居なくなる訳じゃない。



居なくなる一秒前まで僕の元気で生きる未来を想像していて欲しいと思ったから。



「良ければ、お話させて下さい。」

「…ありがとうございます。」

未来で、会えるように。




「園にも…来て欲しいです。みんな待ってますから。」

「高平くん…。」


駐車場から戻ってきた高平くんが息を切らした様子で言う。

手にはキャンパス版を持っていた。


「これ、頑張って描いたんですけど…受け取ってくれますか?」

「…!」


そこに描かれていたのは僕だった。

黄色や淡い桃色で彩られた絵からは優しい雰囲気とどこか儚さを感じた。


「綺麗です…ありがとう。僕には勿体ないな。」


心がふわりと温かくなった。






「…ありがとう、」






ごめんなさい。





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【人物まとめ】

成瀬 綾人…僕、病気、余命半年

高平 咲…色覚異常を持つ

高平 恵子…咲の母親

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