奥遠の龍 ~今川家で生きる~
浜名浅吏
『元服編』 享禄元年(一五二八年)
~転生の章~
第1話 ここはどこ?
「なあ
学校に行く通学路で歴史好きの友人
信也の言っている特番は、昨晩放送された『桶狭間の戦い』を特集した番組のことだと思われる。
もちろん見たと答える宗太も少し興奮気味である。
一緒に登校していた友人の
桶狭間の戦いはなぜ起こったか?
色々な説を紹介していたが、
その後、松平元康がどのような活躍をしていたのかが語られた。
最後は、織田信長の巧妙な心理戦に引っかかり、油断していた今川義元が打ち取られた。
たいたいそんな内容の番組だった。
宗太、信也、友江は幼馴染で、いつも三人で遊んでいる。
母親の話によると、ベビーカーに乗って公園に連れて行ってもらったのが最初の出会いらしい。
そこからとなると十六年の付き合いということになる。
くだらないことで笑い合い、もちろんくだらないことで喧嘩もしてきた。
最初に戦国史にハマったのは宗太だった。
二人ほど運動神経の良くない宗太は、よく本を読んでいた。
その中に織田信長の伝記があった。
それをきっかけに豊臣秀吉、徳川家康と興味が広がり、気が付けば東西の名将に詳しくなった。
その後宗太は戦国時代のゲームにハマりこんだ。
最初は織田家ではじめ、気が付けば誰も知らないような大名でプレーするようになっていた。
するとすぐに信也が同じゲームにハマった。
二人で天下を統一しようと言って、宗太が
気が付けばそれ以来、二人は明けても暮れても戦国時代の話ばかりしている。
そんな二人に友江は少し置いてけぼりになっていた。
そこで他の女の子たちと遊ぶとならないのが、友江の不思議なところである。
友江は二人の会話を辛抱強く聞くことで、徐々に戦国時代に詳しくなっていった。
今ではすっかり同じレベルで三人で話ができるようになっている。
「実際あそこで今川義元が討たれなかったらさ、今川家ってどうなってたんだろうな」
信也のその疑問は、大昔から多くの人が抱いていた疑問だっただろう。
歴史に「たら、れば」は無い。
だからこそそこには夢幻の妄想の余地がある。
友江は女性であり、そこはそれなりに夢というものがある。
家格の関係でそれなりに有利なことがあっただろうから、上洛くらいはできたんじゃないか。
その意見に信也は真っ向から反対だった。
仮に織田家に勝利できたとして、恐らく美濃の斎藤家には勝てなかったと思う。
結局織田が斎藤になっただけで途中で頓挫していたはず。
そう信也は言った。
義龍死後の斎藤家の体たらくを考えたら、ありえないでしょと友江は笑い出した。
「宗太はどう思う?」
友江がそう言って宗太の方に顔を向けた。
私に賛同してくれるよねという無言の圧を強く感じる。
歩道の信号が青に変わり、横断歩道を四分の一ほど歩いた時だった。
キキキッというタイヤの軋む音が周囲に鳴り響いた。
宗太が何かを言おうとしたその先に、白の高級車が猛スピードで交差点をこちらに曲がってくるのが見えた。
運転席の老人は携帯電話でどこかに電話をしているらしい。
どう考えても交差点を曲がろうという速度ではない。
あっ……。
助手席の老婆と目が合った。
車は三人を捕らえてガードレールに押し付け、さらにそのまま歩道に乗り上げブロック塀に激突。
どういうわけか痛みを感じない。
宗太は不思議な感覚に襲われた。
痛いのではなく感覚が無い。
隣を見ると友江は白目をむいて口から血を吐いている。
信也は完全に意識が無いらしくぐったりしている。
車はそんな状況でまだ前進しようとしている。
車内の老夫婦はエアバッグで覆われ姿が見えなかった。
……息ができない。
徐々に意識が遠くなっていくのを感じる。
宗太は全身から力が抜けていくのを感じた――
****
真っ白な風景の後、三人で遊んでいた日々のことを、幼い頃から順に思い出した。
この思い出は何だろう?
三人で遊んでいる映像の後で、覚えの無い映像が流れた。
一人の和装の男性が木刀を構えてこちらを見ている。
自分も木刀を持ち、その侍に打ちかかって行くのだが、軽くかわされてしまった。
それでも諦めず何度も打ちかかった。
するとそのうちの一打がかなり良い太刀筋だったらしく、その男性は必死に木刀で避けようとした。
その勢いで眉間にもろに一打を受け地面に倒れ込んだ。
誰の思い出なのだろう?
少なくとも自分の思い出では無さそうだが――
****
――気が付くと布団の上に横になっていた。
もしかしてあの交通事故から助かったのだろうか。
右手の感覚はある。
左手の感覚もある。
両脚の感覚もある。
目に入る映像は木の板の張られた天井。
そこからして病院では無さそうである。
ここはいったい?
体が萎えて上手く動かせず横になっていると、近くで女性の悲鳴のような声が聞こえた。
女性は恐る恐るといった感じでにじり寄ってきて、顔を覗き込んできた。
おばさんといったら失礼なくらいの年齢の女性。
髪をかき上げて後ろで結っている。
和装ではあるが少し薄汚れていて細い帯で縛っている。
その帯には前掛けのような布が差し込まれている。
時代劇の撮影か何かだろうか?
自分の姿を見ると、その女性は大慌てで部屋から出て行った。
「殿様! 奥方様!
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