第11話 城に嫌がらせをする

 五郎八郎たちは相津そうづ村から天竜川を一気に北に行軍し、谷山ややま村から気田けた川に沿って東に進路を変え、小川おがわ村へと向かった。


 そこの河原で一旦休憩をとることにした。

ここまでかなりの強行軍で来ている。

だがここまで来れば領家りょうけ村はすぐそこである。


 ここからは敵を観察しつつ、兄上の本隊を追った天野軍の退路を事前に塞ぐという工作を行わないといけない。


 ただ一つ問題がある。


 天野家の犬居城は秋葉山あきはさんの裾野を利用した山城である。

城下町の犬居村は秋葉寺の門前町でもある。

つまり今から我らが閉鎖しようとしているのは秋葉寺への参拝路『秋葉街道』なのである。


 秋葉街道は、懸川かけがわからの道と、曳馬ひくまからの道の二通りがある。

我らが封鎖しようとしているのは西の曳馬からの街道。

だが二本あるから大丈夫なのではない。

道が険しいから二本も必要なのである。

つまりこれから行うことは純粋に迷惑行為ということだ。


「落とした倒木は、後で割って薪として使ってもらいましょう」


 弥次郎が笑いながらそう言って、竹筒に入れた川の水を口に流し込んだ。




 丁度良い機会なので、斥候が戻るまでの間、天野家について、弥次郎に知っていることを教えてもらうことにした。


 天野家は鎌倉に政所まんどころが置かれた時、その設立に功があった家らしい。

その時全国にバラバラに所領を貰い、その一つがこの秋葉山。

その後、後醍醐帝が鎌倉を攻めた際、二代目の室町殿と新田殿に呼応して天野家も鎌倉入りしたのだとか。

つまり天野家は松井家よりもずっと古くからこの地に土着しているということになるだろう。


 実は天野家は本家と分家に別れていがみ合っているらしい。

今回攻めてきた本家は『犬居城』を居城としており、分家は犬居城よりも北西の『秋葉城』を拠点としている。

分家は直接秋葉寺を、本家は門前町を押さえて銭を取っているのだそうだ。

そこからすると天野家は金銭的にかなり余裕のある家ということになるだろう。


 二つの家がいがみ合うようになったのは、斯波家と今川家が遠江の支配をめぐって争った時から。

斯波家は北の信濃しなの(長野県)の国人に働きかけて北から遠江を攻めさせた。

それを天野軍が今川方の軍として、山中大滝という地で見事に打ち破ったのだそうだ。


 ただその時の天野軍というのが分家の秋葉城の軍であった。


 当然そうなると今川家としては本家より分家に褒賞を与える。

そこから犬居城の本家は松井家の領土を掠め取ってやろうと度々侵攻を行っているのだそうだ。



 つまり他家の領土を攻めることで本家のうちらは凄いんだぞと誇示したいということなのだろう。

何ともはた迷惑な話だ。




 そこに斥候の一人が息を切らせてやってきた。


 斥候が伝えてきたのは思った以上に酷い状況であった。

北領家村では村民の多くが殺され死体が散乱している。

女性も多くは殺され、若い女性は死よりも惨い目に遭っている。

子供たちも容赦なく殺害されている。

まさに地獄絵図のよう。


 どうやら天野軍はほぼ全軍で城を出ているらしく、かなりの人数が確認できる。

既に一通り略奪を終え南領家村へと移動している。



「その軍の中に、当主の安芸守の姿は確認できるかな?」


 五郎八郎の問いかけに斥候は首を傾げた。

自分たちは安芸守という人を見た事が無いので判断が付かないと、顔をしかめてしまった。


「もしいたとしたら、どうだというんです?」


 弥次郎はそう五郎八郎に尋ねた。


「城に嫌がらせをする。攻め落とさなくても城の近くで火を起こすだけでも良い。城が攻められてると思わせられれば、士気を落とすことができると思うんだ」


 五郎八郎の説明に、作戦が変わってしまうと弥次郎は反対した。


「変わらないよ。この工作はあくまで敵の士気を下げて降伏の決断をしやすくするためのものなんだから。早く降伏してくれれば双方余計な犠牲を出さずに済むと思うんだ」


 五郎八郎の説明に八郎二郎がなるほどと言って頷いた。

弥次郎も少し考え込み何度も小さく頷いた。


「わかりました。ではこうしましょう。これからそれがしが一軍を率いて天野軍を見に行きます。もし安芸守を確認できたらすぐに五郎八郎様の下に伝令を走らせます」


 五郎八郎様は残りの軍を率いて犬居城の方へ。

街道の封鎖が完了したら再度伝令を送りますので、工作をおこなってください。

城兵が城から出てくるかもしれないので、くれぐれもお気をつけて。


 弥次郎は軍から一部を引き抜いて北領家村へと向かって行った。




 一方の五郎八郎たちは小川村から気田川に沿って北東に森の中を進んでいる。

途中ちょっとした谷があり、そこを東に突き切ると目の前に気田川の上流が見えてくる。

その向こうに犬居村が見える。


 そこから少しだけ北の下流に行き、そこの木陰で弥次郎の伝令を待つ事になった。

この場所は、犬居城からはちょっとした死角になっているらしい。


「初陣というに五郎八郎様はずいぶんとどっしりされてますね。私などは先ほどから震えが止まりません」


 八郎二郎がそんな情けないことを言ってきた。

五郎八郎はクスリと笑った。


「そんなこと言うとまた弥次郎に尻を叩かれるよ?」


 五郎八郎の冗談に周囲の兵たちがクスクスと笑い出した。

大声を出すなと厳命しているので、兵たちも必死に笑いを堪えているらしい。


 虚勢をはっている五郎八郎ではあるが実は震えが止まらないのだ。



 しばらくして弥次郎から伝令がやってきた。

伝令の報告は『安芸守見たり』であった。



 五郎八郎と八郎二郎は顔を見合わせ頷くと全軍に渡河を命じた。



 犬居城は本丸と二つの曲輪からなる山城である。

正門たる大手門は秋葉街道に面している。

その大手門の西には一本の尾根が突き出ていて、秋葉寺の山門は尾根を挟んだ反対にある。


 五郎八郎たちは渡河を終えると秋葉寺の山門の前を通り、その尾根の木々の中に隠れて柴を集めながら次の伝令を待った。

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