第12話 勝鬨をあげろ!

 弥次郎からの伝令の前に、五郎八郎たちが放った斥候が帰って来た。


 どうやら犬居城は、ほぼもぬけの殻らしい。

このまま乗り込んでも、もしかしたら落とせるかもしれない。


 斥候の報告を聞き八郎二郎は色めき立った。

どうせなら落としてしまいましょうと五郎八郎に提案した。


「いや、やめておこう。ここで城を落としてしまうと、さすがに作戦が変わってきてしまう。むしろ後から実は城が落城寸前でしたとわかる方が、彼らの心胆を寒からしめることができると思う」


 なるほどさすが五郎八郎様だと、八郎二郎は手を叩いて感心している。

ここにいる彼らを自分の功名の為に失いたくない。

それが五郎八郎の本音なのだが、今は胸にしまっておくことにした。



 暫くして二人目の伝令がやってきた。

伝令の報告は『工作されたし』。


 五郎八郎は火を付けるよう八郎二郎に命じた。

八郎二郎は火打石で松明に火を付けると、柴に火を付けてまわった。


 ある程度燃えたのを見て、五郎八郎は土をかけ煙だけを上げるように命じた。

山火事になると秋葉寺に被害が及ぶかもしれない。

そうなれば松井家に怨嗟が向くことになりかねないからである。



 火を消し終えると八郎二郎は、城から打って出てくるかもしれないから隊列を整えろと兵たちに命じた。

枝を城側にして丸太を何本も敷き、その手前で三列横陣で城を凝視して待機。

以前テレビの番組で見た『逆茂木さかもぎ』というものを作らせてみた。


 暫くすると、遠くの方でズシンという何か重いものが落ちたような音がした。


「五郎八郎様、どうやら敵は籠城戦の準備をしているようです。この隙にここを離れてしまいましょう」


 八郎二郎の進言に五郎八郎も頷いた。


「静かにかつ素早く! 弥次郎の隊と合流する。城の動きを随時気に掛けること。もし打って出て来たら……気田けた川を挟んで布陣する」



 気田川はそれなりに水深がある。

さらに流れも早い。

五郎八郎の率いる隊で、馬に乗っているのは五郎八郎だけで、他は徒歩である。

渡河をするのに、五郎八郎は馬に跨っているだけで馬が必死に泳いでくれる。

だが他は皆、重い鎧を身に付けて川を泳がねばならない。

当然泳げない兵も多数いる。

そこで数人泳ぎの達者な者に先に綱を持って川を泳いでもらい、泳げない者はその綱を持って泳いでもらう。


 渡河を終えると、一旦隊列を整え犬居城の状況を見続けた。

どうやら本気で籠城の準備を整えているらしく、城門を閉めきって場内で慌ただしく兵が動いているのが見える。


「そうだ! ここでたきぎを燃やしたら城が燃えているように見えないかな? 兵たちも服を乾かせるし一石二鳥かも」


 八郎二郎は五郎八郎の案を面白いと言って喜んだ。

さっそく取り掛かりますと言うと、河原の流木を集めて火を付けた。

さらに兵たちに流木を集めさせ、薪にじゃんじゃんくべていった。


 河原から綺麗に流木が無くなると、後方から大勢の人の声が聞こえてきた。


「八郎二郎、急いで弥次郎たちに合流しよう。あの少人数では大軍相手ではひとたまりも無い」


 河原を離れ北領家村に入った一行は、その凄惨な光景に目を反らした。

そこから五郎八郎は険しい表情でじっと黙っている。


 さらに南領家村に入った。

そこには北領家村と全く同じ光景が広がっていた。


「何でこんな酷い事ができるんだよ……」


 五郎八郎が呟いた。

八郎二郎が何やら声をかけたのだが、五郎八郎はじっと前を睨みつけて黙っている。



 ぐわっ、ぎやあ、そんな多数の断末魔の叫び声が、山の奥の方から響き渡ってくる。

五郎八郎は自然に馬を急がせた。

周囲の兵たちもそれに合わせて進軍速度を上げていった。



 どうやら相手にもこちらの軍が見えたらしい。

挟撃だという叫び声が聞こえる。

もう駄目だと泣き叫ぶ者もいる。


 障害物を前に五郎八郎は兵たちを扇状に配置。

弓を構えさせた。


「木を超えて来る者を一人残らず射殺せ!」


 五郎八郎は冷静に攻撃の指示をした。

領家村の状態を見るまでは、兵たちに罪はなく、降伏を促し一人でも犠牲を少なくと考えていた。

だがあの惨状を見てその考えは吹き飛んだ。



 狂乱。

前方のみならず退路と思っていた道にも、松井家の家紋「九枚笹」の染められた柿色の軍旗がはためいている。

崖上の井伊隊は、容赦なく、かつリズミカルに矢を浴びせかけている。

天野軍は逃げる事も敵わず、前から後ろから、さらに上から、一方的に矢を射かけられている。

兵たちは死んだ兵を盾にして何とか矢を凌いでいる状態である。

騎兵の馬も全て地に倒れている。


「うわ! 城が! 城が燃えている!!」


 天野軍の誰かがそう叫んだ。

その言葉を聞き絶望感が天野軍を支配した。


「降る!!! 矢を止めてくれ! 降参だ!」


 天野軍の中からそう叫ぶ声が聞こえると、天野の兵たちは次々に武器を捨てた。




 山城守の本隊が障害物の大木を退け、天野軍の総大将である安芸守を捕縛した。

「三階松」の描かれた空色の旗が、そこかしこに散乱している。

他にも指揮官がいたようだが、どうやら討死してしまったらしい。

横見藤四郎が縛られた安芸守を引き立てている。



 山城守の本隊と五郎八郎の分隊が合流した。


「勝鬨を上げよ!」


 五郎八郎の顔を見て山城守が満面の笑みで叫んだ。


「えい、えい」


「「「おお!!!」」」


 横見藤四郎の音頭に兵たちが雄たけびをあげた。

五郎八郎も叫んだ。

八郎二郎も大声で叫んでいる。

崖の上で井伊隊も大声で叫んでいる。



 僕たちは勝ったんだ。

勝鬨でそれを実感した。

人がたくさん死んだ。

領家村も天野軍も。

これから何十年もこんなことが続くのか……


「これが戦国時代なのか……これが……」

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