第22話 年頃の娘はおらぬか?

 堀越治部少輔様は見附みつけ館というところを本拠地としている。

見附(現磐田市)は曳馬と懸川のちょうど中間に位置しており、大昔は遠江国の国府が置かれていた地である。

つまり遠江の政治の中心地ということである。


 見附館の北に匂坂さぎさか六右衛門の匂坂城があり、北東に久野三郎の久野城がある。

南東には小笠原信濃守の馬伏塚まむしづか城、小笠山というそこそこ高い山に福島上総介の土方城。

そこからさらに東に行くと父兵庫助の堤城がある。


 近くには中川という川が流れており、平城ではあるものの中川の水を利用して掘をめぐらせている。

二つの城を合わせたような独特な形をしていて、周囲には櫓もあり見た目以上に攻めづらそうな城に思える。

特に大量の鉄砲で立て籠られたらかなり厄介そうだ。


 ……まあ鉄砲なんてまだ誰も知らないと思うが。


 周囲には田畑が広がり、すぐ南は東海道。

非常に民家も多く二俣と違いかなり栄えていて純粋に羨ましい。



 城の南方の大手門をくぐり、南の館を超え東西に長い建物を二つ超えた先に本丸御殿がある。


 天野安芸守、天野小四郎と共に本丸御殿に入ると、堀越様の家人の案内で小さな部屋に通された。

天野安芸守と天野小四郎、和田八郎二郎と二人の家人の六人でああでも無いこうでも無いと喋っていると、廊下を歩いて近づいてくる足音が聞こえる。


 中の確認をするでも声をかけるでもなく突然戸が開く。


「おう、皆早いのう。聞けばもう来ておるというでな。部屋を教えてもらったのだ」


 何の遠慮も無く父兵庫助が部屋に入ってきたのだった。


 兵庫助は今回、近侍として遠戚の松井惣左衛門尉を連れてきている。

実は惣左衛門尉は以前井伊谷に挨拶に伺った際に兵庫助の近侍で来ていて、その時に紹介してもらっている。

五郎八郎よりも少し上の人物で、背が高くかなり男前の人物である。

……笑い上戸なのが玉に瑕なのだが。


 惣左衛門尉は八郎二郎を見ると元気にしておったかと声をかけた。


「わしが言いつけた通り、毎日武芸を欠かしておらぬであろうな? 少しでも欠かせば胆力が弱り、五郎八郎様をお守りできぬようになってしまうぞ?」


 真面目な顔で当然でございますと言う八郎二郎に、五郎八郎の笑いも引きつった。

正直、八郎二郎が二俣に来て武芸に励んでいる姿など、ついぞ見た事が無い。


 惣左衛門尉も察したのであろう、兵庫助に別の近侍を付けた方が良いかも知れんと進言した。


「八郎二郎は武芸ではなく事務作業の方で役に立っていただきますので」


 五郎八郎が必死に援護すると惣左衛門尉はげらげら笑い出した。


「殿、今のお聞きになりましたか? 八郎二郎が事務作業だそうですよ。勉学をさせても本を枕に寝ている姿しか、それがしは見たことがありませんでしたが」


 兵庫助も左様左様と言って笑い転げている。

天野安芸守と天野小四郎も、八郎二郎の背をバンバン叩いて笑っている。


 ……じゃあ何で八郎二郎が僕の近侍だったんだろう?



 惣左衛門尉たちが笑い転げていると、楽しそうで何よりだと井伊宮内少輔がやってきた。

隣で大沢左衛門佐も嬉しそうに笑っている。


 二人の話題は本日の参加者。

福島上総介、久野三郎、勾坂六右衛門、高根城の奥山金吾正きんごのじょう

自分たちも含めて遠江の国人ばかり十人。

かなりの大人数である。


 どう考えても、ただ単に香道だけでこの人数はありえない。

これだけの人を集めた以上は、主目的はその後の宴席にあるのだろう。




 井伊宮内少輔たちが言い合っていたように、堀越治部少輔の主目的は『組香』では無かった。


 大部屋に集められると、堀越治部少輔は良い香が手に入ったからおすそ分けだと四つの香を焚き始めた。

それを皆に聞いてもらい最後に結果を発表。

十人も国人がいるというに当てられた者は誰もいなかった。

堀越治部少輔は、誰も風流が解せぬとみえると笑いはしたものの、少しつまらなそうであった。

ちなみに五郎八郎は唯一全問不正解で、治部少輔は逆に大喜びで大笑いしていた。



 早々に香が片付けられると、まだ陽も高いというに宴席が始まった。

各々の家人たちは別室で治部少輔の家人たちが相手をしており、国人は国人たちだけで堀越治部少輔と一献交えるという感じであった。


 大部屋からは手入れの行き届いた庭がよく見え、酒好きの者たちは風流だと言い合って酒が進んでいた。


 不意に堀越治部少輔が年賀の時の話を始めた。

あの時、福島上総介の毅然とした態度に五郎八郎が感服していたと話題を提供した。


「いやはや誠に残念な事でござる。本来であれば、今頃わしは五郎八郎殿の舅であったはずであるに」


 五郎八郎は未だ一人身であるのだが、実は福島上総介の娘の一人紅葉を娶る予定だったのだ。

残念ながら流行り病に倒れてしまい縁談は消滅してしまったのだが。

上総介は未だにその事に後ろめたさを感じているらしい。

出席者に誰か年頃の娘はおらぬかと大声で尋ねたのだった。


 天野安芸守が五歳で良ければと言うと、天野小四郎がうちの娘は六歳だと張り合った。

それを聞き匂坂六右衛門が、出戻りだが二六歳の娘がいるがどうかと言い出した。


 堀越治部少輔がもう少し釣り合いの取れそうな娘を推挙せんかと笑い出すと、大沢左衛門佐が手を挙げた。


「もしよろしければなのだが、それがしの姪を貰ってはいただけないだろうか?」


 大沢家は鎌倉の政権が倒れてから堀江に領土を得た国人で、古さで言えば、松井家よりもちょっとだけ古い家らしい。


 遠江を斯波家と今川家で奪い合った際に大沢家は今川家に付いた。

その時に斯波家側に付いた曳馬城の大河内備中守という者を攻めている。

曳馬城自体は城に穴を掘って水源を枯らすという離れ業で落城させているのだが、大沢軍はその作業から目を反らせる為に力攻めをすることになった。

その際に大沢左衛門佐は二人の弟を亡くしている。


 弟のうちの一人には忘れ形見とも言うべき娘がいた。

名はすずな、齢十一。

父が討死してから一門の者が引き取って育てたのだが、それなりの年齢になったというに、ここまでこれといった縁談話が無く心配していたのだそうだ。


「父を知らずに育ったせいか、かなり内気な娘ではあるが、気立ては良く器量も中々だと思う。もし興味があるようなら一度兵庫助殿に堀江に来ていただけたらと思うのだが如何だろうか?」

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