『花倉の乱(顛末)編』 天文五年(一五三六年)

~思案の章~

第38話 城が陥落した

 三の丸が落ちた時点で敵は士気が挫けていると誰しもが思っていた。

だが実際はその逆で、そこから城兵たちは死兵となって必死に抵抗を続けた。


 小笠原軍も飯尾軍も天方軍も、もちろん松井軍も日に日に被害が大きくなり、疲労の色も濃くなっていった。

五郎八郎は何度も城将である福島豊後守に降伏を呼びかけているのだが、ここまで返答はもらえていない。



 五郎八郎は毎日のように堤城に帰って、戦況を花倉城を取り囲んでいる雪斎禅師に報告している。

雪斎禅師からも返信は来ており、どうやら向こうもかなり苦戦しているらしい。

とにかく福島上総介とその子孫次郎、孫九郎が獅子奮迅の活躍をしており、下手に攻めると向こうの士気を上げさせるだけという状況なのだそうだ。

また、方の上城は福島越前守という者が上総介の嫡男常陸介と共に堅守しており、順調にはいっているが時間がかかっているという報告を受けているそうだ。




 このままでは悪戯にこちらの被害が増すばかり。

何とかしなければ。

土方城から少し離れた砦に築かれた陣幕内で連日そんな事を言い合っていた。


 ここまで攻め手の総大将は堤城の松井兵庫助が務めていた。

兵庫助の方針は、この城のどこから攻めれば敵に打撃を与えられるかというもので、三の丸から本丸後背を攻めてみようとか、四方から同時に攻めようとか、そんな一斉攻撃の方針ばかりであった。


 久々に軍議に参加した五郎八郎に天野小四郎が何か良い策は無いかと尋ねた。

五郎八郎は無言で一同の顔を見渡すと、これしかないだろうと呟いた。


「一週間。とにかく城を攻め続けましょう。各隊順番を決めて、攻める時間はまちまちで。とにかく昼夜関係無く一日中攻め続ける。こちらは十分に休息を取り万全の体勢で攻める。敵の士気の高さを逆手にとって疲労を溜め込ませましょう」


 五郎八郎の案に一同は頷いた。

力攻めが駄目なら根競べ。

非常にわかりやすいし、数で劣る城兵にとってこれほど嫌な攻められ方は無いであろう。


 ではまずは先鋒は我々がと言って、飯尾豊前守と天方山城守が立ち上がった。

二人が陣幕を出て行くと、天野小四郎がぽつりと呟いた。


「五郎八郎殿だけは敵に回したくないな。一週間も寝かせてもらえずに攻められるとか、気が狂いそうだ」


 小笠原信濃守と兵庫助が同感だと言って五郎八郎から目を反らした。



 当初の目算では一週間と言っていた。

だがその目算にはそこまでの疲労が計算に入っていなかった。

攻め続ける事三日。

早くも敵の迎撃の手が緩んできた。


 そして四日目の朝、露骨に敵の抵抗が弱くなった。

その時攻めていた天野小四郎の隊と二俣城の兵を率いていた薮田権八の隊がほら貝を三回吹き鳴らしてきた。

これは軍議で決めていた総攻撃要請の合図である。

ほら貝を聞いた諸将は、兵庫助と五郎八郎を残し、我先にと陣幕を飛び出して行った。



 そこから一時が過ぎ、本丸の城門がついに破れた。




 五郎八郎は事後を兵庫助に託し、先に堤城に帰ってこの事を花倉城へ報告した。

書状には、もはや彼らには見附城か井伊谷城くらいしか逃げる城は無く、城を脱出できるように包囲を少し解いてあげたら簡単に落ちるのではないかと進言しておいた。




 本丸の城門突破から土方城の接収まで、なんと半日もかかってしまった。

その手間取った時間の分双方に犠牲者が出てしまった。


 あの後、二時ほどの攻防の末、城将福島豊後守、副将福島淡路守が自刃。

ところがその後、本丸御殿では最後の抵抗が行われた。

福島上総介たちの家族だけは守り通さねばと兵たちが頑張ったのである。

降伏を呼びかけても問答無用で斬りつけて来るし、怪我を負っても動ける間中刀やら槍やらを振って来るので、中々奥の間に進入できなかった。


 やっと抵抗する者を排除して奥の間に進んだ時には、奥方たちは自害して果ててしまっていたのだった。



「奥方たちは逃がしてやろうと思って自刃する前にと急いで制圧させたのだがな。その事がかえって考える時間を奪い自滅の道を選ばせてしまったらしいな。結局生き残りはわずか三名だけだったよ」


 堤城に戻った兵庫助は五郎八郎にそう報告した。


 生き残った三名は上総介の娘で福島淡路守の妻の鉢、孫九郎の妻の静、駿河守の叔父である福島豊後守の娘の仙。

多くの女性たちが自害する中、鉢が泣き叫ぶ仙に止めを刺すよう静に命じていたらしい。

最終的には鉢が静の止めを刺してから自害して果てようという流れであったのだろう。

だが、静はどうしても幼い仙の止めを刺す事ができなかったらしい。

鉢に喚くように早くしろと急かされ、匕首を持ったまま震えている所を踏み込まれてしまった。



「あの三人をどうする気だ? 最初の話では女性たちは解放してそれぞれ縁のある家に返そうと言っていたよな。鉢と仙には縁のある家など無いし、返すと言ったら静を朝比奈家に戻すくらいだぞ?」


 当初の予定では当然鉢や仙のような身寄りの無い者が出るだろうから、身を寄せる家のある者に委ねようと思っていたのだ。

だが、先ほどの話からすると、このまま朝比奈家に三人を送ってしまった場合、鉢が静と仙を殺害してしまうかもしれない。


「鉢殿は落ち着いたらこっそり見附城に送り届けましょう。静殿は朝比奈家に送り届け、仙殿は本人の希望でどちらに従うか決めさせれば」


 五郎八郎の提案に兵庫助は首を傾げた。

見附城に送っても持て余すだけなのではないだろうか?

話によると堀越治部少輔は兵と共に家人を送っただけで自身は見附城にいると聞く。

であれば、今後の追及を反らす為にも福島家とは縁を切っておきたいと考えるのでは無いだろうか?


「そんな薄情な態度を取るようであれば堀越治部少輔の人望が消え失せるだけの事ですよ」


 五郎八郎はそう言って城の窓から茜色に染まった空を眺めた。




 三日後、五郎八郎の元に雪斎禅師から書状が届いた。

書状を読み終えた五郎八郎は静かに手紙を畳んで兵庫助に手渡した。

兵庫助は手紙を読み始め安堵した顔をする。


「全て終わったようだな」


 書状には、方の上城、花倉城陥落、今川駿河守、福島上総介自刃と書かれていた。

兵庫助はちらりと五郎八郎を見ると、ご苦労であったと言って書状を畳んだ。


「口添えを頼むとだいぶ方々から言われておるのだろう? どうするのだ?」


 折り畳まれた書状を兵庫助から受け取ると、五郎八郎は面倒そうな顔をして後頭部を掻いた。


「今見ていただいた通りですよ。駿府でこれからの事を検討するのだそうです。ですのでそこで遠江衆を擁護してきますよ」


 一体いつになったら二俣に帰れるのやら。

五郎八郎は不貞腐れた顔で窓の外に視線を移すと、萱の笑顔が見たいとぼそりと呟いた。


「代わりにそれがしが二俣に行って、萱を抱っこしてきてやろうか?」


 兵庫助は人の悪い笑みをして豪快に笑い出した。



 五郎八郎がさらに機嫌の悪そうな顔をしていると弟の八郎三郎がやってきた。


「土方城で捕縛された女性の一人が、兄上に面会したいと言っているそうなのですがいかがしましょうか?」


 静という女性がどうしても五郎八郎に目通りしたいと牢の中で言っているらしい。

しかもできれば二人だけで面会したいのだそうだ。


「わかった。別室に連れて来てくれ」

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