第17話 二俣はお前が継げ
葬儀は滞りなく執り行われた。
葬儀には天野家のような近隣の国衆方々も焼香に訪れてくれた。
さらには各村々の庄屋たちも焼香に訪れた。
庄屋たちは領民を好いてくれていた山城守を慕っていたようで、涙を流す者も多くいた。
葬儀が終わり、いよいよ家督をどうするかという事が話し合われることになった。
座長は祖父の山城入道。
父の兵庫助、二俣城の家人たち、それと松井家の親族が天龍院の伽藍に集められた。
当然五郎八郎もそこに混ざっている。
ところがいざ話し合いをしようと言う段になって、兵庫助が夕様の様子を見に行ってくると席を立った。
すると山城入道が五郎八郎を呼び、お前は千寿丸の様子を見に行ってこいと命じた。
渋々、五郎八郎は八郎二郎を残し一人で千寿丸の元へと向かった。
千寿丸は乳母である弥次郎の妻にあやされて静かにお昼寝をしている。
弥次郎の妻は『絹』という名である。
絹は五郎八郎の顔を見ると少し寂しそうな笑顔を向けた。
こうして兄上の葬儀を終えてしまうと、いよいよ兄上とはお別れだという気分に否が応でもさせられる。
きっと絹もそういう思いなのであろう。
「五郎八郎様は、祝言はいつ頃になりそうなのですか?」
絹は五郎八郎の顔を見て優しく微笑んだ。
「いつも何も、まだ相手も決まってませんよ。兄上か父上が探してくれるものと思っていましたが、こんなことになってしまって……」
五郎八郎が照れくさそうに笑った。
「そうでしたか。以前お噂に上がっていた方は、嫁ぎ先が決まってしまいましたものね。困りましたね」
絹の言葉に五郎八郎は何を言っているんだろうという顔をしている。
すると絹は、朝比奈様の妹御の事だと言って笑い出した。
「静様とおっしゃいましたか。あの方は先日、福島様の御三男、孫九郎様に嫁がれたそうですよ?」
ご存知ありませんでしたかと絹は尋ねた。
全く知らなかった……
話を聞く限りでしかないが、もしかしたら静は自分が知っている女性かもと思っていた。
できれば一度顔を見ておきたかったと五郎八郎は悔やんだ。
どうも考えていることが顔に出ているらしい。
絹は残念でしたねと言ってクスクス笑っている。
五郎八郎を呼ぶ声がする。
「五郎八郎様、ご隠居様がお呼びです。伽藍までお出でください」
戸を開け八郎二郎が頭を下げた。
伽藍に行くと、先ほどの者たちが綺麗に整列して座っていた。
正面上座に山城入道、その左隣に兵庫助。
そこから少し下がって母上、義姉上が座っている。
山城入道が五郎八郎を手招きする。
少し下がったところに座ろうとすると、そこではないと叱責された。
山城入道が座れと命じたのは、山城入道の右隣の席であった。
その席はちょっとと躊躇していると、兵庫助がさっさと座らんかと小声で叱責した。
それでも躊躇していると、今度は母上と義姉上から早くなさいと叱責を受けた。
五郎八郎は渋々山城入道の右隣に腰を下ろした。
「五郎八郎。ここにおる者の満場一致で、そなたに二俣の城を任せることにした。異論は許さん。これは先代当主であるそれがしの命じゃ」
山城入道の声は、隠居とはとても思えない非常に力強いものであった。
その圧も手伝い、五郎八郎の額から雫が一滴滴り落ちる。
「私がここの城主、家督は千寿様という理解で合っていますか?」
五郎八郎の発言は多少願望も含まれていただろう。
だが山城入道は、そんな面倒な仕切りにするわけがないだろうと怒り出してしまった。
「二俣の松井家はそなたが継ぐのだ。千寿は元服したならば、その際に堤を任せる。それくらいまでなら兵庫も持つであろうからな」
山城入道が冗談を飛ばすと、そんな簡単にくたばってたまるかと、兵庫助が笑い出した。
「夕殿のたっての希望であるから、千寿の養育はそなたに任せる。それと、夕殿は実家の久野には戻らず、落飾してここに残るそうだ」
よろしくお願いいたしますと夕が深々と五郎八郎に頭を下げた。
「幸いにもそなたの兄が残した家人たちがおる。近くには源信もおる。何かと不安ではあるだろうが、その者たちによく相談しこの城を守ってみせよ」
最後に山城入道は何か聞きたいことはあるかと五郎八郎に尋ねた。
「あの……私の意向というのは?」
それを聞いた兵庫助と家人たちが笑い出した。
義姉上もくすくすと笑っている。
山城入道も、あははと乾いた笑いをしている。
「馬鹿たれが! そんなもの知るか! どうしてもこの仕切りが気に入らんというなら、堤のそれがしの庵まで来い。じっくりと聞いてやるから」
まるで山城入道のその一喝を合図にしたかのように、藤四郎がかわらけを運んできた。
山城入道は銚子を手にし五郎八郎のかわらけに酒を注ぐ。
「さあ、くっと行け。呑んで覚悟を決めよ」
五郎八郎はかわらけを手にしたまま一同を見渡した。
皆、五郎八郎に視線を注いでいる。
目が合うとどの者も、うんうんと小さく頷いている。
最後に義姉上と目が合った。
義姉上はひと際大きく頷いている。
五郎八郎は、かわらけを口に付け一気に酒を飲み干した。
「五郎八郎様、よろしくお願いいたします」
最初に藤四郎がそう言って平伏した。
それに続いて、一同がよろしくお願いいたしますと声を揃えて平伏した。
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