第26話 カトリは主に侍りたい

<side カトリ>


 先日、私とルシアは子供を出産いたしました。


 ある程度覚悟はしていたのですが、私にとって「アレ」は自分の子というより、「異物」でした。

 いわれのない罪で収監され、悪意に晒され続け望まぬ妊娠をさせられ、腹から這い出た「異物」……それが、私にとっての「子ども」だったんです。

 腹を痛めて産んだ子を、愛してあげたい……そういう気持ちが無いではありません。


 ですが、無理でした。


 初めて「アレ」を見た時、私は「アレ」を「赤ん坊」だと認識できなかったんです。

 私達を弄び続けたあの看守達が、ひとつに集まった肉の塊が悍ましい声で私を嘲笑っている……そんな風に見えたのです。だからこそ、「アレ」を「自分の子」だと思えず、思いたくも無かった。

 産婆さんには散々叱られましたが、仕方ないではありませんか。


 あんな化け物に触れる?抱き上げて乳を飲ませる?


 無理です。


 そんな事になれば、発狂してしまうだろう事は容易に想像出来ました。

 ……いえ、違いますね。

 私は既に狂ってしまった。

 人である事に嫌悪を感じ、偉大なる『人外』の主人を持って、その方に仕える事に喜びを感じてしまった。『生者』である事の意味は、あの方がそれを望んでいるから。『生者として』使える事を望まれているからお仕えしているだけで、叶うなら今すぐにでも『死者』となってあの方たちに侍りたい。

 だからこそ、あんな悍ましい『生者』が私の中から這い出てきたという事実を受け容れたくない。

 悍ましい、声を聞くだけで、見るだけで気が狂いそうになる。

 ルシアが「アレ」を引き取ってくれると言ってくれた時、少しだけホッとしたのは、微かに残った『親』の情なのかもしれません。一緒に子供を出産したルシアに全てを押し付けるのも申し訳なかったので、彼女の産んだ子の世話は私も手伝わせてもらっています。どういう訳か、『他の子』には嫌悪感も忌避感も感じないのですよね。自分から這い出た「アレ」だけが、どうにも受け入れられないというのがよく分かりません。


 で、出産も済ませた事で私も身軽になったわけですし、再びご主人様にお仕えせねばと意気込んでいたのですが……


「……は?今何と?」

「だから、お前とルシアは最低ひと月は主様たちに近づく事を禁ずる、だそうだ」


 私達の出産の報せと、私の勤務復帰の報告をしに行ったレイオットが告げたのは、余りにも残酷な宣告でした。私はもう不要と判断されたのかと思って、一瞬ナイフで自害しかけてしまいましたよ。理由を聞くまで死ぬわけにはいかない、と思って思い留まりましたが。


「な、何故ですかっ!」

「主様曰く、子供を産んだばかりで身体が弱っているだろうから『休暇』、だと。

きちんと身体を休めて万全な体制で仕えて欲しいからってのと、別に頼みたい仕事があるんだとさ」

「くっ、流石はご主人様、なんてお気遣いの出来る方っ!

それで、頼みたい仕事とは?」

「本当にお前忠誠心高いなぁ……。

あ~、ほら、例の騒ぎが収拾つかなくなってきて、困った皇帝が大神殿から『祓魔師エクソシスト』の応援を呼ぶって話があったろう?」

「『祓魔師エクソシスト』……あぁ、教会の犬共ですか。

もう帝都に到着したのですか?」

「いや、まだ到着はしてないようだ。

主様達は、連中が帝都入りする前に帝都を出るって言ってる」

「なんですって!?

それじゃあ私もお供を……」


 意気込んでそう言った私に、レイオットは呆れた顔でこう言いました。


「カトリ、さっきの話をもう忘れたのかよ?」

「あ……そう、だった……!

あああああああああああああご主人様あああああああああああああ!

私を置いて行ってしまわれるのですかっ!?

私はもう不要なのですかっ!?

私が『生者』だからお傍にいては駄目だというのですか!?

ならいっそこの命を……」

「だあああああ!何してるんだお前って奴はっ!

お前には仕事がある、って言っただろう!?」

「はっ、そうでした。

早く内容を言いなさい」

「疲れる奴だなぁ、お前」

「そんな事はどうでもいいのです!

はやく!ご主人様からの!指示!ヨコセ!」


 レイオットから伝えられたのは、今後のご主人様たちのご予定と私達にやって欲しい事。

 その内容を聞いて、私はご主人様に見捨てられたわけではない事を理解し、ホッとしました。

 確かに、は『生者』でなければ難しい。


「私達の役目は、かなり重要になりますね」

「まさか教会も、『生者』に協力者がいるだなんて思わないだろうからな。

不浄なる者アンデット』には万全な対策を打っているだろうけど、『生者』に対しては対策が甘いってのには同意する。

むしろ、ここまで先を読んで俺達を仲間に引き込んだ主様の才覚が恐ろしいよ」

「やはりご主人様は素晴らしいわ。

私達を無為に傷つけた帝国に二度と立ち直れない程の痛みと屈辱を与えつつ、私達を見捨て、助けてくれなかった『この世界』を存分に冒涜できるんですもの。

ご主人様にご満足いただけるよう、十全に仕込みはさせてもらうわ」


 私達に与えられた指示は、端的に言えば『情報操作』と教会への『妨害工作』。

 それ以外にも幾つかあるけれど、主となるのはその辺り。

 それもすぐに見える形の、直接的なものではなく……ご主人様たちが仕掛けたような長期戦。

 市井に混じっての情報の流布や調査は、『不浄なる者アンデット』には不可能な事。

 つまり、私達にしか出来ない事。


 それに……私個人に対しても、指示があったのよ。

 しかも、ご主人様からのお優しい伝言付きで……!


「ふふふ……体調が落ち着いたらボアレスに来て、地上拠点の確保をして欲しい、ですか!

ふふふ……ふふふふふ……!

『合流できる日を楽しみにしてる』、って言ってもらえた……フフフ……アハハハハハ!

レイオット、その言葉を真っ先に伝えてくれればよかったのに!

あぁっ、ご主人様ッ、ご主人様っ!」

「はぁ、最初に伝えたら興奮しすぎて話の内容聞き漏らすと思ったから……って、駄目だこりゃ」


 何か誰かのぼやき声が聞こえた気がしますが、知りません。


 ご主人様が求めてくれる、ご主人様に侍られる、それだけが嬉しくて、幸せで、他の事なんて正直どうでもよくなってしまいますので。


 あぁ、ご主人様、愛しのご主人様!


 カトリは全力であなた様のご期待にお応えいたします。


 帝国に報いを!


 ガイウスに恥辱に満ちた最後を!


 そしてあなた様方に……永遠の忠誠を!


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