第5話 救済

「ソフィア、着替えは終わったかい?」

「あぅぅ……うぁ……(も、もう少々お待ちください……はい、大丈夫です!)」


 看守室を制圧した私達は、『彷徨う死体リビング・デッド』と化した看守たちを牢獄側の区画へと放逐すると、早速室内を探索して……真っ先に服を着た。


 服を、着た!(非常に大事な事だから二度言った


 『死人』と化した事で暑い寒いと言った感覚を気にする事はなくなったものの、裸に麻袋を腰に巻いただけの姿、というのは……知的存在の尊厳的な意味で流石にどうかと思うのだ。

 ソフィアにも看守から奪った上着を着せてはいたが、淑女がいつまでもそのような格好をしているのもどうかと思うし、妹の可憐で魅惑的な姿をいくら死者とはいえ異性の目の前に晒したくなどない。

 故に、可及的速やかに何か着る物は無いかと探してみたのだ。

 『彷徨う死体リビング・デッド』と化した看守達から剥ぐ、という選択肢は無い。

 上着ならともかく、そんな物を可愛い妹に着せたいとは思わないし、私としても他人が着ていた服をそのまま着るというのは出来れば御免被りたい。何だか加齢臭とかついていそうで嫌ではないかね?この際、男物でも良いから洗い立ての着替えは無いかと探した結果、驚いた事に何着か発見する事が出来た。


「おぉ、なかなか良いものだね、その姿を見るのも久しぶりだ」

「うぁぅ……(似合いますか?)」

「あぁ、可愛いよソフィア。

いつか見せてもらったドレス姿も最高だったが、そのメイド姿も実に良い。

そんなに見目麗しいメイドに世話をされたら、つい一夜の過ちを犯してしまいそうだ」

「あぅぅ……あぅぁ……(もぅ、兄様ったら!)」


 看守達の着替えらしきものと、収監されている囚人達から取り上げた着衣が出てきたのだ。その中にメイドから取り上げたものだろう、メイド服らしきものが数着あったので、ソフィアに着せてみた。囚人達から取り上げたらしき服は、生憎と洗濯されていないものばかりだったので肌着類は諦めた。

 その辺は城を出てから探せばいいだろうと、そう思う。

 回収したメイド服だが、流石は帝城で働くメイド用のお仕着せというべきか、デザインもいいし、布地もしっかりしている上に何より気品がある。恐らくは取り上げた際に看守たちが買い取り屋に売り払おうと取っておいたものだろう。

 が、帝城勤務の者の衣服には専用の紋章が縫い付けられている為、下手に転売などしようとすると罰せられる。その為、側から買い取りの要望が出るまで看守側が保管していたのだろう。この手の品は裏社会の者が欲するから、高く売れるのだと聞いた事がある。

 着衣を選ぶにあたり、上級貴族の令嬢であれば「メイド如きの服なぞ着れませんわ!」等と大騒ぎするのだろう。だがソフィアは騎士爵家令嬢という庶民に近い貴族位という事もあって、メイド服に忌避感など持っていないし掃除洗濯料理も含め、家事全般何でもこなせる。

 もちろん邸宅で彼女はメイド服を作業着に愛用していた。

 来客時にメイドとして対応してくれた事もある。

 そういえば主家の馬鹿息子がソフィアを庶民メイドと勘違いして手を出そうとしたこともあったな……。奴にもその内痛い目を見せてやらねばなるまい。うちの可愛い妹に色目を使う奴は問答無用で折檻だ。今度奴を見かけたら拉致った件も合わせ、死ぬより酷い目に合わせてやるとしよう。


 コホン、話を戻そうか。


 身体がまだ自由に動かないソフィアは、まだきちんと服を一人で着られない。

 故にボタンがちぐはぐだったりリボンが歪んでいたりもするが、その辺はさり気なく直してやれば済む事だ。余り露骨に指摘したり手伝ったりすると、悲しませてしまうからね。

 ちなみに私は看守の制服を拝借した。

 若干サイズが合わないが、所詮は他人の服だから仕方がない。

 可能であれば城から抜け出した後に宿から荷物を回収したいが……既に処分されているだろうな。


「さて、着替えも済んだし、そろそろ動こうか」

「あぅ……(先程から監獄側でずっと声が上がっておりますが)」

「まぁ、当然だろう。

彷徨う死体リビング・デッド』をけしかけたのだからね。

牢の中に押し入れる程の知恵はなくとも、人間からすれば化け物だ。

恐怖で悲鳴のひとつも上げたくなるだろうさ」

「うぁぅ……あぁぅ……(外の衛兵たちが勘づいたりはしませんか?)」

「安心しなさい。

もし気付いているなら先程看守を始末した時点で大騒ぎになっているよ。

そうでないという事は、ここの衛兵たちは怠慢だと、そう言う事さ」

「あぅぁ……(なるほど!流石は兄様です)」


 先程の騒ぎで衛兵が現れなかったのは、看守室に通じる城の地下通路の先に衛兵が居ないか、相応に距離が離れていて音が届かないか、もしくは職務怠慢で気付いていないか、そのどれかだろう。

 交代の者が現れる懸念もあるが、現れたらその場で始末すれば済む。看守室内を彷徨う怨霊悪霊の様子からして、人の気配は周囲にはなさそうだというのもある。

 いずれにせよ、事を起こす為の時間はまだあると、そう言う事だ。

 私は看守の使っていたと思しき剣と、壁にかけられた鍵を手に取ると、妹を促す。


「それでは行こうか」

「あぁぁ……(はいっ、兄様!)」


 看守室を出ると沢山の恐怖に震える声が通路中に響いて……いなかった。

 ガンガン!と鉄格子を叩く音と、アーアーウーウー唸る声は良く響いてくるが、それだけだ。

 もしや『彷徨う死体リビング・デッド』達が牢内に入り込んで囚人達を喰らってしまったのか?と思いもしたが、牢に近づいてみて状況を理解する。


「「「「……」」」」

「ふむ、奥に引っ込んで震えていただけか」

「ひっ!?」「な、なんだアンタらはっ!!」

「ば、馬鹿っ、声を出すなっ!」

「だ、誰か来たのかっ!?」

 ヴァアァァァァァ……!

      ヴァアァァァァァ……!   ガン!ガン!ガン!!

「「「「「ヒイイイイイ!!」」」」」


 囚人達は牢の奥、石壁に張り付く様に鉄格子から距離を取り、なるべく『彷徨う死体リビング・デッド』の興味を引かぬ様に、声や物音を出さない様に震えていただけだった。


 私達に気が付いて声を上げた途端、その声に反応した『不浄なる者アンデット』達に怯え縮こまる様は、猫に追われて壁際に追い詰められたネズミの様で若干憐れみを誘うが、情けを掛ける気はない。


 牢は通路の左右に4つづつ、計8つ。

 私達が入れられていた石牢は看守室を出た先の突き当りを右であったので、ここは左側を進んだ先にある区画、という事になるな。一つの牢には複数の囚人が男女ごとにまとめて入れられている。彼等が何者で、どのような経緯でここに居るのかなど正直どうでもいい。

 私達にとって大事なのは、彼等が道具として役に立つかどうか、それだけだからね。


「さて諸君、突然現れた『不浄なる者アンデット』に散々脅かされて、さぞ肝が冷えた事だろう。

きっと何が起きているのか理解も出来ないだろうが、状況を把握できないまま理不尽な目に合わされるというのは流石に哀れだと思うので、諸君から質問を受け付けようと思う。

答えられる事に関しては答えよう……さぁ、何でも聞き給えよ」


 囚人達の怯える視線を一身に受けながら「何か質問は無いか」と問うたところ、一人の体格のいい男がこちらを睨みつけ、問いかけてきた。


「あ、アンタは何者だ!?

城は、国は一体どうなったってんだ!?」

「おぉ、この状況で会話をするだけの度量がある者がいるようで何よりだ。

君の度量に敬意を表し、答えよう。

城も国もどうにもなっていない。

どうにかしてやりたいと思ってはいるが、今のところ、ここの看守たちが『不浄なる者アンデット』となった程度で国も城も至って平穏そのものだよ。

……実に不愉快な事に、ね」

「そう、か」


 皆怯えて会話が成立しないかもしれないと、そう思っていたのだが分からないものだね。

 元兵士らしき屈強そうなその男は、私達を見て怯えの色は見せていたものの、臆す事無く話しかけてきたのだから正直、驚いた。

 こうした気概のある人物は好きだ。

 私は数多の戦場で多くの戦友、盟友を亡くしているからか、いかなる状況でも不屈の意志で生き残りそうなこの手の人物を、特に好ましく思う性分だ。


 だから、興味が湧いた。


「貴殿、名は?」

「化け物に名乗る名など無い!」

「うぁぁ……あぁぅ……(この男っ!兄様に失礼な事を!)」

「あぁ、ソフィア、落ち着きなさい。

彼が言う事はもっともだよ、今の私達は『生者』からすれば化け物だ。

それに人に名を問うのならば、まずこちらが名乗らねばね。

改めて名乗ろう、私はノア・ノルドハイム。

帝国北方領フェルステマン辺境伯家の『銀狼騎士団』に所属していた元騎士だよ」

「ノア・ノルドハイム……?

まさか、『極北の黒い死神』、『ティルティア死神の愛し子』ノルドハイム卿っ!?」

「うっ、それらの二つ名は出来れば忘れて欲しいのだが……」


 主家の命で戦場に出る度、私は毎回激戦区に送り込まれた。

 そして、多くの仲間を死なせつつも、どういうわけか殆ど傷を負う事無く敵を打ち破り生きて戻った。私が強いというわけではない、何故かそういう結果が付いて回るのだ。頭に矢を受ければ幸運にも兜を飛ばされる程度で済み、剣で斬られても鎧が弾け飛ぶ程度で済んだ。

 降りかかる『死』はいつも私ではなく仲間達を連れて行く。

 それ故に、不本意な事ではあるが『死と安寧を司る女神』ティルティア様に愛されし者、死をばら撒く死神の使徒、などと呼ばれるようになったのだ。ノルドハイム家特有の、黒目黒髪という死や闇をイメージさせる容姿だったのもいくらかは影響しているかもしれない。


「私を知るという事は、貴殿は北方出身の者かね?」

「はっ、帝国北方貴族グスタリフ子爵家の5男で、レイオットと申します。

貴族位も持てぬただのいち兵卒なれば、ノルドハイム卿には大変失礼を」

「いや、構わないさ。

貴殿の言う通り、今の私も妹もただの『化け物』だからね。

それにしても貴殿は……見たところ職務に忠実な人物に見えるが、何故囚人に?」

「そ、それは彼が私を庇ったが故にございます!」

「ルシア!」


 隣の牢から会話に割り込む声があった。


「レイオット様はとある貴族様からしがないメイドである私を庇い、そのせいでいわれのない罪を被せられて投獄されたのです!

レイオット様には何の罪も無いのです、何卒、なにとぞご慈悲をっ!」


 必死に訴える女の声に隣の牢を覗けば、幾人かのメイド達が牢の奥で丸くなって震えていた。その内の一人と、目が合う。彼女は恐怖に身を震わせると「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げ、失禁した。

 ……私は何も見ていない態を装い、彼女に声をかける。


「貴女がルシア嬢かな?」

「ひっ、は、……あ……」

「あぁ、分かった、怖がらせてすまないね」


 声を上げた女性に視線を向ければ、怯えた様に身を震わせ後ずさりした。

 どうやら彼女がルシア嬢なのは間違いないようだ。

 だが、彼女を含めた幾人かのメイド達の、あの腹は……。

 なるほど、なるほど……、そういう事か。

 ……外道共が。

 『不浄なる者アンデット』に堕としてやっただけでは足りなそうだよ、どうしたものだろうね。


 私とレイオットの会話を、他の囚人たちは黙って聞いていた。

 黙って聞いているだけで誰も口を挟んでこないのは、怯えているからなのか関心を引きたくないからなのか、もしくはその両方か。

 当初の予定では、囚人たちを全員『不浄なる者アンデット』に堕として城内に放ち、衛兵達が混乱している隙をついて城を脱しようと思ったのだが……レイオットと会話した事で別の選択肢も出てきた。


(レイオットの様な臆さぬ人物をただの『駒』として使い捨てるのはもったいない。

この帝国を崩壊させるのならば、『不浄なる者アンデット』をただ闇雲に増やして叩きつけるよりも、この国に恨みを抱く『生者』を味方に引き込みじっくりと攻める方が効率的だ。

さて、彼以外にも使えそうな人物は居るかな?)


 レイオットの様に冤罪で囚人となった者なら、この国に深い恨みを抱いている可能性は高い。

 その上で私達の協力者になって動く人材を見出すとするならば……。


「……囚人諸君に問いたい。

貴殿らの中に、『不浄なる者アンデット』となってでもこの国に復讐を望む者は居るかね?

皇帝に、帝国に、一矢報いる為ならば死の安寧など望まない、そんな気概を持つ者達は居るかね?」


「い、いやだ!『不浄なる者アンデット』なんて冗談じゃない!」「ふざけるなっ!死にたいわけがないだろうっ!」「嫌っ!死にたくない!!」「やっぱりただの化け物じゃねぇか!最初から俺達を殺すつもりだったんだ!」「怖い怖い怖い怖い!」「ははは……もう終わりだ……」____16人の生者の内、13人が「死にたくない」と訴えた。


 だが……


「いっそ殺してください、生きているのは疲れました」「私はレイオット様を辱めたこの国を許しません、この命が復讐の刃となるのならば、どうか……」「俺は俺の矜持に則り選択をしたのだ、ルシア、お前が死してこの国に牙を剥こうというのなら私も付き合おう」


 「死んでも構わない」と、3人が訴え出た。


 ふむ、案外あっさりと『選別』は済んだようだ。


「ならば『死んでも構わない』という者は、一旦隔離しようか。

看守共、そちらで大人しくしているがいい」


 『不浄なる者アンデット』となった者達は、私が少し威圧するだけで簡単な命令程度は聞く。

 まぁ、「あっちにいけ」「こっちに来い」「大人しくしていろ」程度しか分からないようだが。

 一旦通路の奥に元看守たちを追いやり、私は「死んでも構わない」と申告した者の牢の鍵を開けた。


「死んでも構わないと言った者は出てくると良い」

「「「……」」」


 まず牢から出たのはレイオットであった。

 彼は牢から出ると私の前に跪き、無言で頭を垂れた。

 だが、彼にはやってもらわなければならない事がある。

 かなり辛い思いをさせるかもしれないが、それでも、だ。


「死にたいと申し出た女達が震えて出られないようだ。

……レイオット、君が介助してやってくれないか」

「っ!、かしこまり、ました」


 メイド達が入れられている牢に入っていくレイオット。

 彼はルシアの姿を見て、ほんの一瞬だけ身を震わせた後……彼女と、「死にたい」と申告したもう一人のメイドを連れ、牢を出た。


「……二人を連れてまいりました」

「結構、これより君達は『』だ。

これから少々刺激的な事があるから、看守室で待機していてくれるかな?」

「「「「「!?」」」」」


 その言葉を正しく理解した者達の反応は、実に愉快なものだった。


 騙したな、この化け物が、嘘つき、殺さないって言ったのに……等など。


 だが、私は一言も嘘は言っていない。


 ただ『問うた』だけだ。


 『死してなお皇帝に牙を剥く気概がある者は居るか?』と尋ねただけだ。


 『死にたくないものは殺さない』などと一言も口にしていない。


「さぁ、早く行くと良い。

これから忙しくなるのだからね、社会的に死んだ存在になったとはいえ、君達は『生者』なのだから」

「っ、わかり……ました」


 レイオット達が足早に去っていくのを見て「ふざけるな!オレも死にたくなどないっ!」とレイオットと同じ牢に入っていた男が逃げ出そうとしたが、鉄格子を抜け出る前に手を伸ばし捕獲。

 あえて他の囚人たちに見せつける様にその命を啜る。

 瞬く間に生気を失った男の亡骸を牢内に無造作に投げ捨てると、囚人たちが恐怖に息を呑んだ。

 亡骸に群がる雑霊達。

 程なく「それ」も『彷徨う死体リビング・デッド』と化すだろう。

 「それ」と同じ牢内の者の運命は……お察しだ。


「あぅぁ……あぅ……(愚か者ばかりで嫌になりますわね、兄様)」

「あぁ、本当に愚かだね。

『化け物』相手に『人間』のルールを求めるだなんて……本当に愚かだ」


 さて、『彷徨う死体リビング・デッド』は5体、牢は8つ、『獲物』は全部で12人。


 『食事』を楽しみつつ、私達に何が出来るのか……時間の許す限り試させてもらおうか。


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