第4話 襲撃

「マイトの奴、随分と遅いな」

「囚人相手に楽しんでるんじゃねぇか?」

「おいおい、確か女の方は死体だって話だろ?」

「男の方は陛下のお手付きらしいからな、そっちじゃねぇの?」

「マジかよ!陛下のお手付きって言うくらいなら男でもイケるか?

はぁ~、俺が行けばよかったぜ」

「おいおい、お前男でもイケるクチかよ!?

まさかっ!俺のケツも狙ってたりしねぇだろうな!?」

「バーロー、んなわけあるかっ!」


 その日看守室に詰めていた看守は、全部で4人。


 その内の一人、マイトは先日投獄された囚人の生死確認の為に看守室を離れている。

 現在帝城内には10の牢獄があり、全部で18人の囚人が収監されている。

 内、重犯罪人用の石牢が2つ、残りは鉄格子で区分けされた多人数用の牢獄となっていた。

 収監されている犯罪者は政治犯が2人、横領で捕縛されたものが3人、残る13人は全て皇帝の不興を買った使用人、メイド、兵士達であり、全員に「獄死」が決定している。行政側に「死罪」と定められた犯罪者に人権などあるわけがない。飢え死にだろうが暴行による死傷だろうが、死亡すれば担当部署に「囚人が死亡した」と報告がされるだけで、どの様な理由で死亡したかまで問われる事はない。それをいいことに、看守たちは囚人相手に気晴らしの拷問や性的虐待を日常的に行っていた。死んでも構わない罪人相手となれば、人は何処までも残酷になれる。看守たちも「仕事」とは関係ない場所では良い父親であり、親孝行な息子であったりもするのだが……彼等にとって不幸な事に、『今』の彼等は、囚人たちの怨嗟の念を一身に受ける状況に置かれていた。


 仮に彼等が業務に対して忠実であり、囚人の人権を考慮する人徳者達であったとしても迎える結末は同じであっただろうが……。


 ガタン


「ん?なんだ?」


 ガタン ガタン


 看守室の扉が、唐突に、乱暴に揺さぶられた音に看守たちが眉を顰める。

 看守長であるデリックが椅子に立てかけてあった剣を手に取り、扉に一番近かったマイケルに「小扉から確認しろ」と合図を送る。ガタン、ガタンと揺さぶられる扉にゆっくりと近づいたマイケルは、小扉を開けて様子を伺い……見知った顔が扉を叩いていた事で「何だ、マイトかよ」と安堵し、そのままカチャリと鍵を開けてしまった。


 『彼』の虚ろな表情や、何故上着を着ていなかったのか、に気をとめる事もせずに。


「なっ、馬鹿野郎っ!」「えっ?」


 ヴァアァァァァァ……!


 バンッ!と激しい音をたて扉が開かれる。

 凄まじい勢いで飛び込んできたのは、かつてマイトだった「何か」であった。

 マイトだった「それ」は扉の一番近くにいた存在、マイケルを視界に収めると雄たけびを上げながらその喉元に襲いかかり、喰らいつく!


「がはっ!?ぐっ、げっ……」

「なっ!?『彷徨う死体リビング・デッド』だとっ!?

一体何処から沸きやがったっ」

「ちょ、な、なんっすかコイツはっ!!」


 『彷徨う死体マイトだったもの』に喉元に喰らいつかれ、叫び声も上げられないまま押し倒されたマイケル。

 デリックはすぐさま剣を抜き、『彷徨う死体マイトだったもの』に切りつけるが所詮は閑職の長程度の腕でしかなく、一撃で『不浄なる者アンデット』を仕留めるには至らない。残る一人であるアランは突然の惨劇に腰を抜かし、椅子ごと床にひっくり返ったまま起き上がれずにいた。


「クソっ!

アランッ、外に行って衛兵を呼べっ!」

「おっと、それは困るね」

「「なっ!?」」


 何とかマイトだった存在を押し留めようとするデリックと、彼の指示で慌てて立ち上がろうとしたアランは、突然自分達にかけられた平坦な声に驚き……「見て」しまった。

 ゆっくりと看守室に入って来る「それ」を見て、余りの恐怖に逃亡を、抵抗を諦めてしまった。


 それは人の形をした『死』、そのものだった。

 老人の様に総白髪の髪、屍蝋のような肌をした男にも女にも見える美しい存在。

 血が凝り固まったかのような赤黒い眼は明らかに人のそれではなく。

 瞳に揺れる蒼い鬼火が揺らめく度に、看守たちの心が恐怖と絶望に染まり、身が竦む。

 何故か腰に麻布を巻いただけのほぼ全裸ではあったが、その異様な姿さえも恐怖を掻き立てる。


 抗う?立ち向かう? 冗談じゃない!

 目の前にいるのは『死』だ、人間がどうこう出来るような存在じゃない! 


「「あ、あぁぁ……」」

「君達に逃げられてしまうと、大騒ぎになってしまうからね。

逃亡を諦めてくれたのは大変ありがたい。

そのお礼と言っては何だけど……楽に喰らってあげようね」


 白く美しく冷たい『死人』の腕が、ゆっくりと彼等に伸びる。


「その命、捧げよ__『生命吸収ドレイン・ライフ』」


 その人外、『死人ノア』に触れられた二人の命は、一瞬で、根こそぎ吸い尽くされた。



  ◆  ◇  ◆



「はぁ、これは……美味過ぎるなぁ」

「あぅぁ……(そんなに美味なのですか?)」

「あぁ、この味に慣れてしまうと人が『食料』にしか見えなくなる、そんな味だよ」

「うぁぉ……あぅぅ……(わたくしも食してみたいですが、不安になりますわねぇ)」


 今しがた命を啜った二人には、既に雑霊たちが纏わりついて『彷徨う死体リビング・デッド』になろうとしている。『彷徨う死体リビング・デッド』に喰らいつかれている男は、瀕死だけどまだ生きてはいるみたいだ。

 う~ん、ソフィアに食べさせるなら、このくらいが妥当だろうか?


「ソフィア、そこの男に触れてその『生命』の温もりを呑んでごらん」

「あぅぁ……(はい、分かりましたわ)」


 ゆっくりと伸ばされたソフィアの掌が、看守の足を掴む。


「あぉぁ……っ!?(『生命吸収ドレイン・ライフ』……えっ!?これ、はっ!)」


 ビクリ、と震えたその反応を見て私もすぐに理解した。


「美味しかったろう?」

「あぅぅ……!うぁぉ……!(はい!素晴らしく美味でした!これが、『生命』の味……)」


 何となくうっとりした様子で啜った『生命』の味を称賛するソフィア。

 どうやらソフィアも『人』の『生命』を啜る事に対して忌避感は感じていない様子だ。

 『死人』としては実に喜ばしい事だ。『人間』であった頃の常識に縛られていては、『人外』になった事の持ち味を生かしきれなくなってしまうからね。それは非常にもったいない。


「うぁぁ……(うぅ、もっと『生命』が食べたいです……)」

「これからいくらでも食べれるんですから、今は我慢しなさい」

「あぅぁ……(は~い)」


 余程『生命』の味が気に入ったのか、どこかソフィアは様子だ。

 この調子ではソフィアはすぐに『人』を『食事』としてしか見做さなくなってしまうかもしれないな。

 だが、それは少々よろしくない。

 『人』がただの『食料』になってしまったら、『怨敵』皇帝ガイウスもその辺の家畜共と変わらぬただの『食料』となってしまう。

 もしもそのような認識を持ったまま奴の前に立ったなら?

 私達は、家畜相手に己が尊厳を穢され、この身を犯され人間をやめた歴史上類を見ない程に愚かな『道化』、という事になってしまう。


 それでは『復讐』の意味も意義も失われてしまう。

 むしろ憤死してしまう!

 故に私は、ソフィアが致命的な錯誤に陥る前にしっかり諭す事にした。


「いいかい、ソフィア……」

「うぁ……(何でしょう、兄様?)」


 私の考えを彼女に伝えると、ソフィアは酷くショックを受けた様子だった。


「あぅ……あぅぁ……うぅ……(な、なんて事!わたくし、余りに考えが足りませんでしたわ……!)」

「気にする事はないさ、ソフィア。

『人間』を止めたのだから『常識』も変わる。

ただ、変わった『常識』に振り回されて『目的』を見失わない様にしようね、というだけの事。

それさえ忘れなければ、私達の『復讐』は実に有意義なものになるだろうさ」


 そう、『復讐』は有意義でなくてはならない。


 奴は『皇帝』、常人に持ちえぬ『全て』を持つ者。

 私達の怒りを、憎しみを、悲しみを、恨みを、荒ぶる感情のまま叩きつけたところで、あの男には痛痒すら感じぬに違いない。むしろ「良い余興である!」などと言って喜ぶ気さえする。奴を喜ばせる為する『復讐』など、一体何の価値があるというのか?


 ならばどうする?


 決まっている。


 奴の喜ぶ事は


 決して奴の好敵手にはならず、ただ苛つかせ、不快にさせ、不満を抱かせ、憎しみを煽り、それでいて奴から全てを奪い、損ない、失わせ、削り取り、その誇りも財産も矜持も名誉も穢し貶め辱め!己の愚かさを存分に思い知らせたうえで心の底から絶望させるっ!

 私達が受けた以上の苦しみと辱めを存分に与えてやるっ!


 ……それを、その過程から結末までをっ、『復讐』する意味がない!


 奪ってやる!壊してやる!失わせてやる!


 故人曰く『人に剣を向ける者は、己も斬られる覚悟をせよ』という。


 覚悟しろガイウス!


 貴様が安穏としていられる時間は、そう長くはないぞ?



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