第6話 実験

「おぃぃ……あぁ……あぅ……(兄様、大変美味しゅうございました。少しだけですが、なんだか身体に力が漲るような気がしますわ)」

「やはり『生命』を啜る事が『死人』の肉体に活力を与える、という考えに間違いは無さそうだね。

どれだけの『生命』が回復の為に必要かは分からないが、沢山食べて早く元気になろう」

「あぃ……(はい!)」


 可愛いソフィアに有象無象の男の『生命』を啜らせるのが何となく嫌だったので、彼女にはとりあえずメイド達を『食事』として与えたのだが、満足してくれたようで何よりだ。シスコン兄の醜い嫉妬と笑ってくれても構わんよ?事実なのでね!(開き直り)

 元看守と新しく『彷徨う死体リビング・デッド』になった者は、適当に同じ牢に押し込んでおいた。当然中の者は『彷徨う死体リビング・デッド』に襲われ、それはもう凄まじい悲鳴が上がっているが知った事ではない。私達が殺した者と『不浄なる者アンデット』が殺した者、殺した者の違いで何か変化が生じるかを確認する為だからね。その為の尊い犠牲になったのだから喜んでもらいたい。


「ふむ、やはり『生命』を啜った亡骸とそうでない亡骸では、違うのだね」

「あぅぁ……えぉ……(あれは亡くなられた方の霊が留まっている、のでしょうか?)」

「どうやらそのようだね。

私達が啜っている『生命』は、その者の『魂』を啜っているのと変わらないという事なのかな。

『魂』を失い抜け殻になった骸に雑霊共が寄ってくる、と。

それに対して『彷徨う死体リビング・デッド』に殺された者の肉体には本人の『魂』が苦しそうに、消えずに残っている様に見える。

不浄なる者アンデット』は聖職者共に『不浄なる者』と称されているから、彼等に殺される事で『魂』なり『生命』が穢されて、悪霊怨霊に近い状態にされてしまうのかもしれない。

死して『魂』を穢され、肉体から離れられずに苦しんだ末に『不浄なる者アンデット』と化す、そういう仕組みで『不浄なる者アンデット』達は数を増やすという訳か」


 『彷徨う死体リビング・デッド』に殺された者の亡骸には、苦しみ藻掻く本人の魂が亡骸と重なり合う様に存在しているのが見える。その『魂』は藻掻き苦しむ度にどんどんと表情が醜く歪んでいき、黒く歪んだ瘴気の様なものを放ち始めていた。


 ある程、あれが『魂』が穢れていく、という事なのだろう。


 人の身で『魂』を見る事など出来るわけもないので、長い事『不浄なる者アンデット』が生まれる為の条件や過程などは謎とされてきた。

 死者死霊を魔術的に扱う魔導士『死霊術師』ならこういった事に詳しいかもしれないが、彼等は教会から『死者を冒涜する存在』として粛清対象とされている為、表に姿を現す事など滅多にない。対『不浄なる者アンデット』の専門家ともいえる教会の聖職者たちにしても、『対策』は研究していても『魂』や『生命』が変質する様を観察したりはしないだろうからね。

 故に、こうした学びの時間は非常に貴重だ。

 城からの脱出を優先しないといけない為、悠長に時間を費やしていられないのが残念ではあるが。


 『彷徨う死体リビング・デッド』に殺された者達は『彷徨う死体リビング・デッド』になるのか?それとも別の『不浄なる者アンデット』となるのか?『不浄なる者アンデット』化するまでどの程度かかるのか?

 それらの『観察』を私はソフィアに任せる事にする。

 研究素材はまだ他にもあるのだ。

 私は私に出来る実験をさっさと済ませる方が効率は良いだろう。


「それでは彼等の観察は任せるよ、ソフィア」

「あぃ……おぅぁ……あぅ……(はい!お任せくださいな)」


 震える囚人たちを相手に、私は時間の許す限り『試してみたい事』を試し続けた。




……


………



「う~む、結論から言って、私はまだまだ『死人』の力を上手く引き出しきれていないのだなぁ」

「うぁ……あぅぅぁ……うぅ……(落ち込まないでくださいませ兄様、つ、次がございますわ!)」


 囚人相手に実験した事、それは以下の事柄だ。




・『彷徨う死体リビング・デッド』以外の『不浄なる者アンデット』を生み出せるか?

 ↓

生み出す事は可能。

『生者』から『生命』を吸い、「雑霊」を憑依させる→『彷徨う死体リビング・デッド

『生者』から『生命』を吸い、「悪霊」等を憑依させる→『甦りし屍ゾンビ

適当に殺した者に「悪霊」等を憑依させる→『甦りし屍ゾンビ

その辺の骨 (全身が一式揃っている物に限る)に「悪霊」等を憑依させる→『蠢く骸骨スケルトン


 ……と、大体こんな結果になった。


 ちなみに『甦りし屍ゾンビ』は凶暴性の増した『彷徨う死体リビング・デッド』と呼ぶべき存在だ。中身が「悪霊」「怨霊」の類である事が影響しているのだろう。『生命あるもの』に対する執着が凄まじく、その分力も強いようだ。牢内に居ながら他の牢に居る生者達に襲いかかろうと鉄格子につかみかかり、破壊しようと暴れていた。

 『蠢く骸骨スケルトン』は骨に「悪霊」等を憑依させた骨版『甦りし屍ゾンビ』だ。

 私達の収監されていた部屋以外にも大量に人骨が転がっていた為、それらを使ってかなりの数を生み出す事が出来たのは幸いだと言える。

 肉が無い為、腕力は『甦りし屍ゾンビ』程ではないが、動きは速く、また肉が無いせいで可動域を無視した動きを見せる等の特徴があり、武器を持たせると非常に厄介な存在になる。『蠢く骸骨スケルトン』もまた『甦りし屍ゾンビ』並みに『生命あるもの』に対する執着が強いようで、鉄格子を抜け出して他の牢獄の生者に襲いかかろうと暴れていた。一体だけ鉄格子を抜けることに成功した個体が居たが、威圧したら大人しくなったので実験に支障は出なかった。『蠢く骸骨スケルトン』が生み出せるのが分かった事で、戦力は確実に増えたと言える。


 そう言えば『彷徨う死体リビング・デッド』に殺された亡骸は、『甦りし屍ゾンビ』になった。意図的に「悪霊」等を憑依させるのよりかなり時間がかかったが、自然発生するものよりははるかに早い時間で『不浄なる者アンデット』となった。これは恐らくだが、私やソフィアといった『死人』が近くに居たせいだと考えられる。『不浄なる者アンデット』を生み出せる存在が近くに居れば、その周辺の亡骸や魂が少なからぬ影響を受けるのは当然だろう。検証を続けていくうちにその辺りはもっとはっきりしたことが分かる、そう思う。


 他にも『不浄なる者アンデット』を生み出せそうな感覚はあるのだが、あくまでも感覚が在るだけで具体的な方法が浮かんでこない。とはいえ、牢内に溢れかえる……まではいかなかったが、ある程度の数の『不浄なる者アンデット』を生み出す事は出来たのだから成果はまずまず、と言ったところか。

 出来れば今も周囲を飛び回っている悪霊・怨霊といった類の『霊体』型の『不浄なる者アンデット』を生み出せれば最高だったのだけれどね。そうすればガイウスを直接叩く算段も出来たのだが。


 まぁ、大量に『不浄なる者アンデット』達を生み出した成果か、若干複雑な命令も出来るようになったから今はそれで良しとしたい。


 私達の様に意思ある『死人』を人為的に生み出すのは、今の私にはまだ難しそうだ。




・『不浄なる者アンデット』に対し『無念喰らいリグレッティア』を使ったらどうなるか?

  ↓

肉体が崩壊し、欠片も残らず塵となる。

彷徨う死体リビング・デッド』も『甦りし屍ゾンビ』も『蠢く骸骨スケルトン』も、生命無き亡骸に「霊」が入り込んで生まれたもの。ならば瘴気や怨念、悪霊怨霊を喰らって力とする『無念喰らいリグレッティア』を直接『不浄なる者アンデット』に使用したらどうなるか試したところ、喰らった個体は一瞬で『塵』と化してしまった。

 ほんの微かに、それこそ摘まんだら吹き飛んでしまう程度の『塵』に、である。

 流石にこの結果には驚かされたが、納得もした。

 以前戦場跡に沸いた『不浄なる者アンデット』の群れを、教会の聖職者たちと退治した事があったが、その際に聖職者が使用した神聖術『死霊祓いターン・アンデット』を受けた『不浄なる者アンデット』達が、ことごとく塵となった光景を覚えていたからだ。

 『不浄なる死者は土に還れ』とは『死霊祓いターン・アンデット』の詠唱として使われる聖句であるが、「倒される」のではなく「滅んだ」『不浄なる者アンデット』は、塵へと還る定めにあるのだろう。


 恐らく私達『死人』も、滅ぼされる時は……。


 まぁ、その時はその時、かな。

 今はこの城を脱する方法を考えよう。

 どの程度役立つかは分からないが『駒』はそれなりの数は用意出来そうだ。




・『不浄なる者アンデット』にどの程度の指示を出せるか?


 これは『不浄なる者アンデット』を生み出せば生み出す程、複雑な命令を聞かせられるようになっていくのではないかと思われる。

 理由としては、最初に生み出した『彷徨う死体リビング・デッド』達には「あっちに行け」「おとなしくしろ」「動くな」程度の簡単な命令しか出来なかったのが、『甦りし屍ゾンビ』や『蠢く骸骨スケルトン』を生み出し続けていくうちに、何となく「もっと深く意思の疎通が出来る」ような感覚が生じたからだ。

 それを実感したのは牢の隙間から抜け出して囚人を襲おうとした『蠢く骸骨スケルトン』を止めた時だ。牢を抜け出した時点で威圧して止めたのだが、その際にただ「止めた」というより、「支配力が上がって止めた」という感覚があったのだよね。それで、その『蠢く骸骨スケルトン』に「罰としてその場で逆立ちしろ」と命令したところ、頑張って命令を遂行しようとしていたので己の成長に気付けたわけだ。

 ちなみにこの『蠢く骸骨スケルトン』、頑張ったが逆立ちは無理だった。

 しょげていたように見えたのはきっと気のせいだろう。




 それから幾つかの『試し』を終えた私は、ソフィアを連れ看守室に戻る事にした。

 生み出した『不浄なる者アンデット』共は、牢の中でまだ大人しく待機していてもらう。


「あとは帝城内の情報と……策が要るな」

「あぅぁ……おぁぉ……(ようやく打って出るのですか?)」

「もう少し準備が要るかな。

ここは帝城、私達は地の利がない敵地に居るのだよ。

ガイウスに仕掛けるにせよ、ここを抜け出すにせよ、準備が要るからね。

レイオット達の協力が素直に得られればいいのだが……」


 看守室に彼等を行かせてから結構な時間が経つ。


 城の衛兵達がなだれ込んでこない事を考えると、彼等が逃げたり私達の存在を衛兵たちに告げたりはしていないだろう事は予想できる。

 が、それで彼らが協力してくれるかどうかは分からないからね。


 「死んでも構わない」という気持ちは本当だろうけど、それが私達の味方になるという意味だと簡単に信じるほど、私はお人よしではない。


 それでは改めて、彼等の真意を確認しに行くとしようか。



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